「――ということで、スラランとレイカちゃん。それとレン君の三名には、住民の皆さんに自己紹介をしていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「僕は大丈夫」
ユールさんの言葉に、レンは大きくうなずきながら、スラランはぴょこんと飛び跳ねる形で返事をする。
会議を始めた僕たちは、歓迎会内で行われる予定である、自己紹介についての話し合いをしていた。
「ありがとうございます。では、スラランの紹介はソラさんにお願いしますね。レイカちゃんはどうかな?」
「え、えっと……。私は……」
ユールさんから声をかけられたレイカは、動揺した様子で僕に顔を向ける。
そんな彼女に、微笑みを浮かべながらこう伝えることにした。
「大丈夫だよ。僕が必ずそばにいるから」
僕の言葉を聞いたレイカは、おどおどとしつつもユールさんにうなずいてくれた。
「ありがとう。無理はしちゃダメだからね?」
「はい……。でも、頑張るって決めたので……」
レイカはユールさんから目を離し、再び僕へ顔を向けてきた。
彼女は決して、ヒューマンと話せないわけではない。
少しずつ話す機会を増やしていけば、いずれ抵抗なく話すことができるはずだ。
「では、全員から了承を得られたことですし、当日の流れを説明させていただきますね」
ユールさんはテーブルに置かれた資料を一枚手に取る。
話を聞いている皆も同じ資料を手に取り、彼女の話に耳を傾けだした。
「予定日は二週間後の満月の日、場所はアマロ湖湖畔に設営予定の会場です。当日三時からスララン・レイカちゃん・レン君の歓迎会を執り行います」
スラランも大人しくユールさんの話を聞いている。
歓迎会が大切な機会になると、彼も理解しているのだろう。
「最初におじい様――村長のお話ののち、スラランとレイカちゃんたちの自己紹介になります。その後は満月祭本祭へと移っていきますので、ソラさんのお宅からも何かしらお料理のご準備をお願いしますね」
こういった祭事の折には、各家庭から料理を持ち寄ることになっている。
それぞれの家庭の味や技を知り、技術を磨く場としても利用されているのだ。
「会食の料理……。何が良いでしょうかね?」
「そうだねぇ……。最終的には会食になるわけだし、歩きながら食べられる料理が良いだろうけど……」
過去に行われた祭事を思い起こし、最適な料理を考える。
サンドウィッチであれば、歩きながらの食事も可能だろう。
もしくは小型のオムレツやハンバーグを作るのもいいかもしれない。
「会食……」
「美味しい食べ物……」
僕とナナが料理の話題を始めたせいか、レイカたちが興味を示した。
子どもらしい反応に、僕たちは優しい瞳で彼女たちを見つめる。
「……あ! いや、これは――そうです! 料理を食べることも、新しい知識を得ることになるじゃないですか!」
「食べて学ぶ。食育」
向けられた視線に気づいた二人は、慌てて言い訳をし始めた。
その反応もまた子どもらしいのだが、そこをいじるのは止めてあげよう。
「ふふ、そうだね。でもまずは、自己紹介をしっかり……だよ?」
「あ……。はい、そうですよね……」
レイカはしょんぼりと肩を落としてしまった。
会食ということは、周りに大勢の人がいるということ。
うまく自己紹介ができず、村人と壁ができてしまえば、美味しい料理を味わうことができなくなってしまう。
周囲の人の目が気になる彼女にとって、その状況は苦しいだけだろう。
「村の人たちが君たちのことを気に入ってくれれば、楽しく食事もできるさ。もしかしたらお祭りで気分が高揚しているせいで、面白い話を聞けるかもしれないよ?」
「なるほど。それは楽しみ」
言葉では大きな反応を示さないものの、レンはワクワクとした様子を見せていた。
村人がレイカたちのことを理解してくれれば、彼女たちは自由に行動することができるようになる。
会食の間に、彼女たちはヒューマンのことを知ることができるわけだ。
「では、次の――」
同時に、村人もレイカたちのことを理解したことで、ホワイトドラゴンのことを知ろうとするきっかけにもなっていくはず。
少しずつお互いの文化などを知っていくことができるだろう。
その最果てに、もしかしたら――
「――を、ソラさんにお願いします。よろしいですか?」
「へ? あ、うん」
ユールさんに声をかけられたため、反射的に適当な返事をしてしまう。
それを聞き、彼女は次の説明に入っていってしまったので、聞き返すことができなくなってしまった。
懸念点は他にないはずなので、本番の日に再確認する程度で問題はないだろう。
「それが終わり次第、会食及び満月祭に移っていくことになります。以上で歓迎会についての説明は終わりになります。……ふぅ! とりあえず肩の荷が一つ下りましたよ」
大きく息を吐き、いつもの調子に戻るユールさん。
彼女は両手を組んで天井に向け、体を伸ばそうとしていた。
「お疲れ様。ごめんね、急に色々お願いすることになっちゃって」
「いえ、いえ。こういうことをするのは好きなので、大丈夫ですよ」
そう言いつつ、ユールさんはお茶が入ったコップを手に取ってゆっくりと飲みだした。
気負っている部分もあるのではと思っていたが、どうやらそんなことはなさそうだ。
彼女も村長さん同様、準備段階から楽しむ性格なのかもしれない。
「さて、お話も終わったことですし……。そろそろ始めましょうかね……。ふふふ……」
コップをテーブルに置くと同時に、ユールさんの様子が一変する。
不気味な笑みを浮かべ、自身のカバンに手を入れる彼女の姿は僕から見ても恐ろしい。
当然、彼女のことを理解しきれていないレイカは、その様子を見て怯えだす。
だが、知っての通り彼女はスラランが大好きなわけで。
「お待たせ、スララン~! 私と遊びましょ~!」
カバンから抜き取られた手には、複数のおもちゃが握られていた。
スラランはそれらを見て、目を輝かせながらテーブルから飛び降りていく。
「このおもちゃが良いの? じゃあ、これで遊ぼっか! それ、それー!」
子どものようにはしゃぎながら、スラランと遊び出すユールさん。
その様子を見て、レイカは僕に小さくつぶやく。
「ゆ、ユールさんは良い人だって理解できたんですけど……。ちょっとだけ怖いです……」
「ま、まぁ、気持ちは分かるよ……」
さっきまで真面目に話し合いをしていた女性が、こうも豹変したら恐ろしくも思えるだろう。
「でも、君も同じようなところはあるよ? 僕の魔法研究を手伝ってくれる時とか、目がギラギラ光ってたし。ね?」
「ですね~。製薬中に質問をしてくる時とか、いつもより興奮してますし」
「ええ!? ほ、ほんとですかぁ……!?」
僕とナナの会話を聞き、レイカは大きくショックを受けていた。
夢中になっているかどうかなど、自分自身では判断がつかないもの。
もしかすると、僕も彼女のようになっていることがあるのかもしれない。
「そうそう。レイカたちは自己紹介の時に何を話すか考えないとね。自分の好きな物とか、興味がある物とか話してくれれば大丈夫なはずだよ」
レイカとレンは、僕の言葉に大きくうなずいてくれた。
僕もスラランの紹介文を考えなくてはならない。
何から話していくべきだろうか。
「ソラさん。僕たちの事情はいつ話せばいい?」
「当日に話す必要は無いよ。タイミングを見て僕が少しずつ伝えていくつもりだから。たくさんの人を一度に驚かせちゃうと、また同じことを繰り返しちゃう可能性があるからね」
レンの質問への返事を聞き、レイカは申し訳なさそうに体を縮めていた。
彼女たちは、この大陸に来てすぐにヒューマンの村に立ち寄ったようなのだが、その際に頭部を露出させたまま村の中に入ってしまったらしい。
そこをヒューマンに見られたことで驚かれ、それを呼び水にあっという間に取り囲まれて攻撃されてしまったそうだ。
「まずは君たちに慣れてもらうことから始めよう。ゆっくりやっていけば、きっと大丈夫。何か言われても、僕に任せておいて」
歓迎会の場では何も言われないかもしれないが、その後に僕がレイカたちの正体を伝えていく過程で、何かしらの追及はされてしまうかもしれない。
だが、レイカが再び心を閉ざすことを防げるのであれば、その程度なんてことはない。
「ソラさん。満月祭に持っていく料理を考えることと、食材の注文をしておきたいので、他に用事がなければ一緒にアマロ村に行きませんか?」
「お、了解。ユールさんもしばらくこのままだろうし、サクッと行ってきちゃおうか」
席を立ち、村に出かける準備を始める。
すると、レイカも席から立って僕のそばに近寄ってきた。
「ソラさん。ちょっとお願いがあるんですけど、いいですか……?」
「ん? どうかしたかい?」
レイカは僕の顔を見上げ、静かにこう言った。
「自己紹介をする時、私の手を握っていただけませんか……? そのほうが頑張れると思うので……」
胸の前で強く握りしめられた右手は、小さく震えているように見える。
だが、瞳は強く輝いており、決して諦める気はないと感じさせるものだった。
「うん、しっかり握ってる。一緒に頑張ろうね」
「……はい!」
いずれは一人で会話ができるようになってほしいが、最初からそれを求めるのは酷だろう。
それに僕は、レイカたちをお祭りに誘った身。
彼女たちだけを頑張らせるのは、あまりにも無責任だ。
「よし、じゃあアマロ村に行ってくるよ。留守番、よろしく頼むね」
「はい! 分かりました!」
レイカは僕から離れ、席についてレンと話し合いを始めた。
自己紹介の内容を二人で考えようとしているのだろう。
そんな彼女たちの様子を見ながらリビングを離れ、玄関前に移動する。
ナナは既に準備を終えていたらしく、少しだけ不安そうな表情を浮かべながらそこで待っていた。
「レイカちゃん。ちゃんと話せるといいですね」
「多分大丈夫だよ。もし失敗しそうになっても助け船を出すつもりだしね」
僕が焚きつけたことではあるが、レイカが頑張ろうとしていることはちゃんと伝わってきた。
ならば、するべきは心配ではないだろう。
「レイカはきっと自分のことを話せるさ。僕たちは、それを信じるだけだよ」
あの子の頑張りを信じ、その頑張りを褒めてあげるだけだ。
それが家族のはずだから。