「まう! まうまーう!」
「うわわ! 捕まっちゃった……。本当に足が速いんだね、パナケアは……」
僕の背に飛びついてきたマンドラゴラ――パナケアは、満面の笑みを浮かべていた。
思ったよりもすばしっこいとナナも言っていたが、奇声も含め、この子の力はどこから出てきているのだろうか。
「そういえば、この子は雌雄の区別ってあるのかな? 見た目だけなら女の子っぽいんだけど」
「ごく普通の植物と同じで、雌雄同体だと思いますよ。区別する必要は無いはずなので、その時々に応じて行動してあげればよいでしょう」
ナナはそう言うものの、僕としては対応がしにくい。
パナケアは女の子だと思って、行動することにしよう。
「まう! まーう!」
「ナナのそばに連れてけって? りょーかい!」
背に張り付いていたパナケアが肩に移動してきたので、落とさないように肩車しながらの移動をすることに。
高いところにいられるのが嬉しいのか、彼女はきょろきょろと周囲を見回していた。
「まうまう! まうまう!」
「ふふ、楽しそうだね。じゃあ……コンフォルト!」
筋力強化魔法を自身に付与し、空に向かって大きく飛び上がる。
魔力は回復しきっていないが、この程度ならば問題はない。
「まうう! ううう!」
いきなり飛び上がったことにパナケアは驚いたらしく、僕の頭部を強く抱きしめてきた。
そんな彼女に、優しく声をかける。
「僕がいるから大丈夫。それよりほら、周りを見てごらん」
僕たちの眼下には、広大な森が広がっていた。
周囲に目を動かせば、アマロ湖やアヴァル山脈、遠景に集落も見えてくる。
「君が住んでいるのは足元の森だけど、他にもいろんな世界があるんだ。いろんな場所に、いろんな人や生き物が住んでいる。君も、いつかいろんな場所に旅立てるといいね」
森に住むモンスターだからと言って、他の世界を見ないのは勿体ない。
少しだけでもよいので、興味を持ってくれると嬉しいのだが。
「まうまう! まうまう、まーう!」
僕の期待通り、パナケアは興奮した様子で周囲の環境を見渡していた。
後は地面に落着するだけ。しばしの空中浮遊を彼女と共に楽しむとしよう。
「まう? まう! まー?」
「遠くに見える建物かい? あれは王都だね。色んな人が集まる――まあ、君で言う所の森だね」
森の木々に様々なモンスターたちが住むように、集落にある家々に様々な人が住む。
色々と異なる部分はあるが、人もモンスターも住処を作るという点では同じだ。
「そろそろ地面に落ちるよ。パナケア、しっかりつかまっててね」
「む!」
パナケアが抱き着いてきたのを感じつつ、落下態勢を整える。
可能な限り彼女に振動を加えないように、地面に生えている草花を傷つけないように落着しなければ。
「よーい、しょっと! はい、到着! 楽しかったかい?」
想定通りの着地に成功し、パナケアが地面に降りられるように中腰になる。
彼女は僕の肩から降り、興奮した様子でナナの元へ駆け寄っていった。
「まうまう! まーう!」
「そっか、色々見られて楽しかったかー。でも、私に教えてくれる前に、ちゃんとソラさんにお礼を言わなきゃダメだよ? ほら、言っておいで」
諭されたパナケアは、再び僕の元へと戻ってくる。
そして、満面の笑顔を見せながらこう言ってくれた。
「まう! まう、まう!」
「うん。僕も君と空を飛べて楽しかったよ。さあ、ナナの所へ行こう」
駆けていくパナケアの後を追いながら、ナナのそばに移動する。
彼女は草花を繋げ、小さな花結びを作っているようだ。
「まう? むう?」
「これ? パナケアちゃんにあげようと思って作ってるんだ。はい、できた。パナケアちゃん、おてて、出してみて?」
花結びを作り上げたナナは、差し出されたパナケアの右手にそれを結び付ける。
彼女は大喜びした様子で、僕にそれを見せてきた。
「まー! まう、まーう!」
「うん、とっても似合ってるよ。良かったね」
僕が褒めると、パナケアは地面に生えている花たちを一輪一輪調べ始めた。
何をするつもりなのだろうか。
「パナケアちゃん、一緒に作ろっか?」
「まう! まーう!」
どうやらパナケアは、花結びを作りたくなったようだ。
ナナに手取り足取り教えてもらいながら、彼女は花を結んでいく。
それは少しずつ形を変えていき、自身の腕を彩るものとは色違いではあるものの、同じ形となった。
「ま! あうあう!」
「え? 私にくれるの? 自分で作ったのに、いいの?」
パナケアは花結びをナナに差し出していた。
彼女の目的は、ナナにそれを作ることだったようだ。
「まう!」
「……ありがとう、大切にするね」
ナナはそれを受け取り、自分の手首にはめた。
喜ぶパナケアと、その様子を見て笑みを浮かべているナナ。
彼女たちの触れ合いを眺めていると、背後から森の主が巨体を揺らしながらやって来た。
彼の肩や頭部には、様々な生物たちがいついている。
その中には、なんとリトルタイガーの姿もあった。
「主様。もしかして、森の生き物たちを?」
「ゴアア」
僕たちがパナケアと遊び始めてからというもの、森の主はどこかへと行っていた。
森が落ち着いていつも通りに戻ったので、森のあちこちに住む生物たちを呼びに行っていたのだろう。
「まう……。あう……」
ナナの影に隠れ、森の主と共にいる生物たちを見つめるパナケア。
近寄って触れ合いたいみたいだが、奇声を無差別に発していたことに後ろめたさを感じ、一歩を踏み出せなくなっているようだ。
「大丈夫、ちゃんと謝れば許してくれるよ。私たちだけじゃなく、もっとたくさんのお友達が欲しいでしょ?」
「……む!」
ナナのアドバイスを聞き、パナケアはゆっくりと森の主に近寄っていく。
彼の肩の上には、果実をかじる小型のモンスターの姿がある。
そのモンスターはパナケアが近づいてくることに気付きはしたものの、逃げるようなことはせず、じっと彼女の行動を見つめていた。
そのモンスターの名はフルーツイーター。
げっ歯属のモンスターであり、身長は大人の手程度しかない小型のモンスターだ。
小さい体に反してジャンプ力が凄まじく、木々の枝を飛び渡りながら移動をする。
好物は名前の通り果実で、持ち歩いている姿を見かけることも。
「あう……。まう……」
パナケアは恐る恐る、森の主と共にいるモンスターたちに話しかける。
フルーツイーターも、じっと彼女の瞳を見つめて話を聞いていた。
「まう? あう?」
フルーツイーターはどこからともなく果実を取り出すと、パナケアにそれを差し出す。
彼女が受け取ったことを確認すると、再び果実をかじりだすのだった。
「分けてくれたんだし、食べてみたらどうだい?」
パナケアは果実を受け取ったものの、どうすればよいのか分からず立ち尽くしていた。
果実を見つめ続けるその背に、行動してみるよう声をかける。
「……あむ」
パナケアは果実を口に付け、ゆっくりと咀嚼を始めた。
そして、振り返って見せてくれた彼女の表情は――
「まう! まうー!」
様々な喜びが織り交ぜられた笑顔だった。
美味しいものを食べた喜び、許してくれたという安堵から出た喜び。
友達ができたという喜びが重ねられているのだろう。
「パナケアちゃん。今度はその子たちと遊んでもらったら?」
「まい!」
パナケアは一口で残りの果実を食べ終えると、森の主に群がるモンスターたちのそばに駆け寄っていった。
これで、彼女が寂しいと感じることは無くなるはずだ。
「……モンスターたちは、異なる種族同士でも一緒に遊んだりするんだね」
「お互いのことが、まだほとんど分かっていない状態なのに、すごいですよね」
モンスターたちも、知らない存在には恐れを抱くはず。
それでもこうして交流ができているのは、一定以上知ることができたからなのだろう。
「僕たちも当初の目的を果たそうか」
「そうですね。日が沈み始めちゃう前に……」
僕たちは薬草採取を開始する。
時折聞こえてくるモンスターたちの楽しそうな声に、笑みを浮かべながら。
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マンドラゴラ 植物系 マンドラ族
体長 標準 約 0.9メール 最大 約 1.5メール
体重 標準 約10.0キロム 最大 約45.0キロム
弱点 炎
生息地 肥沃な森林地帯
強力な滋養強壮効果を有す葉を頭に生やす、人型植物のモンスター。
非常に稀だが、肥沃な森林地帯の花畑等で姿を見られることがある。
成熟した個体は人と同じように会話をすることができ、仲良くなると葉を分けてくれることも。
先述した滋養強壮効果もあることから、製薬を生業としている者たちからは、羨望の的となっているそうだ。
人に友好的なマンドラゴラだが、低めながら危険性も有している。
種族全体の特徴として強烈な奇声を放つ能力を持っており、それを耳にした者は、放たれた距離によっては容易に昏倒してしまうほど。
特に幼体は所かまわず奇声を発することがあるので、決して近寄らないように。
距離さえ離せば、気絶することだけは防げるだろう。
その奇声も、成長するにしたがって少しずつ使用することがなくなっていく。
自身の生息地に住む他の生物と交流をしていくうちに、自身の奇声が周囲に多大な影響を及ぼすことを理解し、非常時以外は使用しないように心掛けるようになるのだ。
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