「さて、薬草も採れたし、そろそろ帰ろうか」
薬草の群生地帯で目的の薬草を採り終えた僕たちは、帰宅する準備を始めていた。
そんな僕たちの様子を見て、パナケアは笑顔を浮かべながら駆け寄ってくる。
「まうまう! まーう!」
「ふふ、ご機嫌だね。もう夜になるから、僕たちは帰るよ」
見上げると、既に空は暖かな色に染まり切っていた。
これ以上この場に居続けて夜になってしまえば、森を抜けられなくなる。
家で待つレイカたちも、心配してしまうだろう。
「まう! まうー!」
「わっとと……。どうしたの、パナケアちゃん。飛びかかってきたりして……」
パナケアはナナの背に抱き着きつつ、森の出口とは反対側、森の主や他のモンスターたちが集まっている場所を指さす。
もっとみんなで遊ぼうと言っているのだろう。
「……ごめんね、パナケアちゃん。私たちもお家に帰らなきゃいけないんだ」
「むー……。あ! あう!」
ナナはパナケアを地面に降ろし、頭をなでながら言い聞かせる。
彼女は渋々といった様子で離れたものの、何かを思いついたらしく、今度はナナの胸めがけて飛びついた。
「……ううん、ダメだよ、パナケアちゃん。君のお家はこの森。ほら、主様も他のお友達も待ってるよ」
ナナはパナケアを抱いたまま、森の主たちに体を向ける。
彼らは静かに、僕たちを――パナケアのことを見つめていた。
「あう……。むー! むー!」
パナケアは強く首を振り、ナナから絶対に離れまいと強く抱き着く。
彼女にとって、ナナは最初に友達になってくれた大切な人。
ずっと一緒に居たいという気持ちが、強くなっているのだろう。
「……ふふ、ありがとうね。大丈夫、必ずまた来るから。その時は他にもお友達になってくれる子を連れてくるし、私たちのお家にも連れて行ってあげるね」
ナナはパナケアを撫でながら、静かに、ゆっくりと語り掛ける。
別に今日限りで会えなくなるというわけではない。
自宅からも近所なので、会いたいと思った時に会いに行くことはできるのだ。
「だから、良い子にしてて? じゃないと主様に怒られちゃうし、私たちも怒っちゃうぞ?」
「まう……」
パナケアは寂しそうな様子を見せてはいたものの、ナナの注意にコクリとうなずく。
その行動を見た彼女は、パナケアの頭を撫でるのを止め――
「ふふ、偉いね。じゃあ、良い子は思いっきり抱きしめてあげる。ほら、ぎゅー」
「まう~」
パナケアもまた、ナナのことを嬉しそうに抱きしめ返す。
ほんのわずかな出会いだったが、彼女たちの間には強い絆が生まれたようだ。
「じゃあ、主様や森のみんなと仲良くね?」
「まう!」
ナナに抱き着くのを止めたパナケアは、森の主たちの元へと走っていく。
そして、彼らのそばでこちらに振り返ると、大きく手を振ってくれた。
「また遊ぼうね! バイバイ、パナケアちゃん!」
「まうまー!」
ナナもパナケアに手を振り返しながら、ゆっくりと森の出口へと続く道を歩いていく。
僕は森の主たちに頭を下げてから、彼女の後を追いかける。
先行く小さな背が振り返ることはなく、少し寂しそうに揺れ続けていた。
空が暗くなり、星がいくつか輝きだした頃。僕たちは無事に森から脱出する。
ここに至るまで一言として話をしなかったが、口を開いて会話を始めることにした。
「本当は連れて行きたかったんだよね?」
「ええ。共にいて、ずっとあの子の成長を見ていたいです。でも……」
ナナは問いかけに対して足を止め、森へと振り返る。
彼女の表情は、寂しそうにも、何か期待を抱いているようにも見える複雑なものだった。
「あの子には見守ってくれる存在や、一緒に成長する存在、たくさんの仲間がいます。けれど、私があの子を連れ出してしまったら、その関係を引き裂くことになってしまう……」
ナナは左腕につけている小さな花輪に触れた。
彼女がパナケアに作り方を教え、あの子が作ってくれたものだ。
「また会える。それだけで私は十分です」
複雑な表情から一転、僕に向けてくれた笑顔はとても優しく、温かいものだった。
その表情に鼓動が高鳴るのを感じながら、僕たちが帰るべき場所に視線を向ける。
遠い丘の上に見える我が家からは、小さな光がこぼれていた。
「さあ、レイカちゃんたちも待っていますし、早く帰りましょう! 今日は森で採れた食材を使って、晩御飯を作りますからね!」
そう言って、ナナは僕の手を取り走り出す。
彼女の手の温もりは、森の中で握り合った時よりも温かく感じた。