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間章1

図鑑を作る者たち

「ほ~……。いつの間にやら、こんなにもたくさんの情報を集めてくださったとは……。ソラさんの職業って魔法剣士ですよね? 本職以外で、このようなことをされていたのですか?」

 とある日の昼下がり。僕とギルドマネージャーのエイミーさん、それにナナを加えた三名は、図鑑作成に関する話し合いを行っていた。


 現在、エイミーさんはモンスターの情報を記した資料に目を通している。

 僕たちがスムーズに情報を集めてくることに、彼女は疑問を抱いているようだ。


「魔法剣士になるためには、調査任務を受けないといけないんです。その後もちょくちょく調査任務に行かされるので、大抵の魔法剣士はこういった作業に慣れているんですよ」

 調査任務を行う目的は、情報を得るだけでなく、知るという行為を鍛えるためでもある。


 戦う職業に身を置く者として、何より必要なものは知識を得ること。

 モンスターへの知識や、地形への理解。そして、自分自身への理解。


 それらを得る練習および機会として、調査任務を行うのだ。


「なるほど……。我々も調査任務を行う時がありますが、大抵は専門の方たちにお願いしてしまうんですよね……。自分たちでやってみるのも一考の価値ありか……」

 エイミーさんは腕を組み、何やら考えごとを始める。


 冒険者ギルドの成長のために、僕たち魔法剣士ギルドを参考にしたい部分があるのかもしれない。


「まだ組織が成立して五年も経っていないんですし、そこまで重くとらえる必要は無いんじゃないですか?」

「え? ああ、いえいえ! 国営ギルドですから、他のギルドに負けないぐらいのものにしないといけないと思っているんです! 皆さんが安心して活動できる場所にしなければ、いつまで経っても成長しませんからね!」

 ナナとエイミーさんの会話の通り、冒険者ギルドは組織そのものが成立してから五年程度しか経っていない。


 成立にはモンスター大発生事件が影響しているのだが、それはまた別の機会に。


「それはそれとして、あの件の申請は上に通りました? かなり意気込んでいた様子でしたけど」

 エイミーさんに質問をすると、先ほどまで楽しそうにしていた表情を一変させ、苦虫をかみつぶしたような表情を見せた。


 どう見てもうまくいかなかったとしか思えないが、どのようなことを言われてしまったのだろうか。


「一応通りましたが、成功とはとても言えませんね……。戦いに生かすための情報を、もう少し多めにしてくれと言われてしまいました……」

「う~ん……。そう言われちゃいましたか……。基本的にこちらに任せるとは言われてたけど、必ずしも認められるわけじゃないよね……」

 やはり皆が納得できる文章を考えるとなると難しい。


 とはいえ想定内の範疇ではあり、無茶苦茶な要求とは思えなかった。

 エイミーさんが見せている表情と、教えてくれた内容が一致しない気がするのだが。


「レイカちゃんたちの種族、ホワイトドラゴンに関する情報もまだ提出はしない方が良いでしょう。上から何を言われるか分かったものじゃありませんので」

 ぶっきらぼうに言い放つエイミーさん。


 なぜ彼女は、こんなにも急に不機嫌になったのだろう。

 上層部と彼女との間で確執があるのだろうという想像しかできず、脳内が疑問符で埋め尽くされる。


 別の場所から引き抜かれたという話をしていたが、何か関係があるのだろうか。


「え、えっと……。お二人は何のお話をされているのですか? 図鑑関連のお話ということは分かりますけど……」

 会話内容や、豹変したエイミーさんの様子から、ナナも疑問を抱いたようだ。


 そんな彼女に体を向け、エイミーさんにお願いしていたことを説明する。


「エイミーさんは、冒険者ギルドの上層部と僕との間で、図鑑作成方針の仲介とかをしてくれているんだ」

「方針……。だから退治の情報とか、ホワイトドラゴンの情報やら言っていたんですね。……それにしても」

 ナナは得心が言ったという表情を見せたものの、なぜかその表情を不満げなものへと変えていった。


 何か気に障るようなことを言ってしまっただろうか。


「ソラさんに隠し事をされたみたいで嫌だったんですね~。良いですね~、乙女らしくって」

「ふえぇぇ!? な、何を言っているんですか! ちょ、ちょっと! ニヤニヤ笑顔にならないでくださいよぉ!」

 エイミーさんの指摘に、ナナはこれ以上ないほどに慌てだす。


 彼女が不満げな表情を見せた理由を知り、気恥ずかしくなるのと同時に、後ろめたさを感じてしまう。

 なので、慌てる彼女を落ち着かせるためにも謝罪をしたのだが。


「べ、別に謝らなくても……! ただ、ちょっと寂しく感じてしまっただけですから……!」

 言いつつ、そっぽを向かれてしまった。


 これはそのうち、機嫌を取らなければいけなさそうだ。


「いいですねぇ、想い合う男女って感じで……。それに比べて私なんて……ハァ……」

 大きくため息を吐き、エイミーさんは額をテーブルに付ける。


 彼女は彼女で苦労をしているようだ。


「あー……エイミーさん? そう言ったお話の代わりにはならないと思うんですけど、ここに来たときは実家にいる時ぐらいの気分で行動してみませんか?」

「え? どういうことですか?」

 ゆっくりと上げられた表情には、疑問符が浮かんでいた。


「エイミーさんも、モンスター図鑑を作る仲間なんです。仕事だなんて思わずに楽しくいきましょうよ。気楽にのんびり……」

「私が……仲間……?」

「同じ秘密を共有している間柄でもありますし、まだ短いとはいえここまで協力してきたわけですから、仲間と言っても良いと思うんです。いかがでしょうか?」

 エイミーさんは腕を組み、真剣な表情で思考を始める。


 難しく考えるようなことではないと思うのだが。


「ソラさん……。いま、私の前でそれを言うんですか……?」

「し、仕方ないじゃないか……。機会としては一番良さそうだったし……」

 ナナが口にした不満に言い訳を返しつつ、エイミーさんの様子をうかがう。


 僕たちの会話に気付くこともなく、考え続けているようだ。


「ハァ……。私も賛成していた手前、不満を口にするのはお門違いですよね……。でも今度、美味しいスイーツを食べに連れて行ってもらいますからね」

「はい……。分かりました……」

 これは手痛い出費になりそうだ。美味しいスイーツの情報も、仕入れておかなければ。


 図鑑とは関係のない会話をしていると、突如エイミーさんが椅子から立ち上がった。

 彼女は音もなくテーブルを迂回して僕たちに歩み寄り、動きを止める。


「あ、あの~……。え、エイミーさん?」

「ど、どうされました……?」

 エイミーさんの謎の行動に不安になり、二人そろって声をかける。


 彼女は口を開くことはせず、代わりに両腕を大きく広げた。

 その行動に恐れを抱いてしまい、体をこわばらせていると。


「ありがとう、ソラ君! ナナちゃん! 私にそういうことを言ってくれたのは、君たちが初めてだよ~!」

 やっと口を開いたかと思うと、エイミーさんは思いっきり僕たちのことを抱き寄せた。


 当然ながら、抱きしめられた僕たちは大きく慌ててしまう。

 それを気にすることもなく、彼女はさらに言葉を続けた。


「私ね、ちっちゃいころからずーっと! 志を同じにって奴なのかな? に、憧れてたんだ~!」

 どうやら、嬉しさのあまり僕たちを抱き寄せたらしい。


 その行動に嬉しさを感じるのと同時に、脳裏に一つの疑問が浮かんだ。


「本で読んだんだけど、嬉しいことがあったら抱きしめ合うんだよね! 二人ももっと、抱きしめてくれていいんだよ?」

「いや、いや、いや! 仲間内でも抱きしめ合うなんて、そうそうしませんよ! するとしても何か達成した時とかで……!」

 エイミーさんは、これまでの日々をどのように過ごしていたのだろうかと、思ってしまったのだ。

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