「後は魔法陣を刻み、溶媒に漬け込むだけ……。よし、これでどうだ」
紫色に光る魔法石に魔法陣を刻み込み、魔力を込めた溶媒にそれを投入する。
魔力が浸透しきり、異常がでなければ実験は成功となるはずだ。
「これでダメだったら、どうしたもんかなぁ……。いろんな案を試してみたけど、すべて失敗だったし……」
「素材に最高級の物を使用したわけですからね……。これで失敗だったら、根本的に違うってことになっちゃいますし……」
僕とレイカは研究室に入り、魔法の研究を行っていた。
以前の実験で燃えてしまった用紙の代わりとなる素体を探しているのだが、なかなか良い反応を示してくれる物が見つからない。
どれも燃え上がって消滅するという形で終わっていたのだ。
「安定してくれたから、一気に実験が進むと思っていたんだけどなぁ……。魔法を復元するって、やっぱり難しいんだね……」
「普通の魔法陣じゃなくて、三魔紋を使った魔法……。いま、私たちが使っている魔法と、過去の魔法とで構成とかが違うんでしょうか?」
三魔紋というのは、レイカが導き出してくれた魔法陣の名前だ。
太陽・月・星の三種類の魔法陣を組み込んだ物のことを、僕たちはそう呼ぶことにしていた。
「時代が進むにつれ、少しずつ魔法も変化するものだから、ある程度の違いはあると思うけど……。根本的な部分は変わらないんじゃないかなぁ?」
自身の体内に存在する魔力に各種属性の力を混ぜ、外へと放出する。
現在と過去で、この行為が変わってくるとは思えない。
魔法陣の有無などはあるかもしれないが。
「ま、いつまでも魔法のことを考えてても頭がパンクするだけだし、休憩がてらお喋りでもしようか。どう? しばらくこの村で暮らしてみて」
「皆さんとっても親切ですし、色々教えていただけるので、とても楽しいです。頑張って自己紹介してみて、良かったと思ってます」
そう話すレイカの表情からは、曇りの色は見て取れなかった。
心の底から、この村で暮らし始めて良かったと思っているようだ。
「それならよかった。ただ、君たちに旅をさせてあげられていないのがなぁ……。この辺りを見て回るのは終わったし、そろそろ他の所も行ってみたいよね?」
「それは……。でも、ソラさんもお忙しいみたいですし……」
遠慮がちに言いつつも、他の地域を見て回りたいという気持ちが強くなってきているようだ。
魔法剣士ギルドへの報告等もしたいと思っていたので、ちょうど良い機会かもしれない。
「この辺りの調査は大体終わったし、他の地域のモンスターを調べに行かないとなぁ。……もちろん、君もついてくるでしょ?」
「……! はい! 行きたいです!」
レイカは期待に満ちた表情を見せてくれる。
あとほんの少し、その想いを自ら発することができるようになると良いのだが。
「他の地域は僕でも理解が進んでないモンスターがいる分、より危険性が上がってくる。そのために、君には力を持ってもらおうかなって思ってる」
「力……。短剣だけじゃダメだってことですよね……!」
「そういうことだね。手っ取り早い方法は、より強力な武器を持つことなんだけど……」
一旦話すのをやめ、レイカの瞳をじっと見つめる。
昔、自分にかけられた言葉を思い出しながら、口を開く。
「君は、命を奪う覚悟はあるのかい?」
「……!」
僕の質問に、レイカの表情は期待に満ちたものから真剣なものへと変化した。
質問の意図は理解しているとみてよさそうだ。
「……ハッキリ言うと、私は覚悟できないと思います。たとえ命のやり取りをしたとしても、奪いたくない、生きていてほしいと相手に思ってしまうはずです」
少しだけ顔を伏せつつも、言葉が続けられる。
「でも、レンが誘拐されたあの時、私は怒りに飲まれ、魔導士の人に短剣を突き立てようとしました。後のことなんかどうでもいい。レンが助かれば――と……」
あの時のレイカの行動は、魔導士の男性の命を奪いかねなかった。
もしもそれをやり遂げられていれば、きっと彼女はさらに深く傷ついていただろう。
後悔に押し潰され、誤った道を歩んでいた可能性もある。
「誰も、傷つけたくない……。でも、レンやナナさん……。ソラさんには、絶対に傷ついてほしくない……!」
命を奪う覚悟よりも、大切な人たちを守りたいという決意。
再び僕に向けられた表情には、強い意志が込められている。
「命を奪う覚悟なんてしたくない……! でも、守るための力は欲しい。新たな知識を得るために、ソラさんたちと一緒に歩ける力が欲しいです! それが、私の想いです!」
レイカの想いを聞き、瞳を閉じて過去を回想する。
剣を持つ覚悟を問いかけてきたケイルムさんは、僕の答えを聞いて笑みを浮かべていた。
だからなのだろう。僕の口角がゆっくりと上がっていくのは。
「君の気持ちを聞けて良かった。命を奪う覚悟なんて、必要に応じてすればいい。共に歩みたいという願い、守りたいという気持ちを抱き続けられるのなら、君には力を持つ資格がある」
そう言ってレイカのそばから離れ、自室へと戻る。
本棚からとある本を取り出してから再度研究室に戻り、彼女にその本を手渡す。
彼女は表紙をめくり、パラパラと中身を読みだした。
「これって、魔導書ですよね……? でも、ソラさんが普段使ってる魔導書とは違うみたいですけど……」
「それは僕が魔法剣士になって、最初に使っていた魔導書。君にあげるよ」
「大切なものじゃないですか!? それを私にくれるって、どうして……?」
レイカは驚き、魔導書と僕の顔を交互に見つめていた。
確かに、初めて触れた物なので思い出深くはある。
「君が望んだ力は、僕が望んだ力でもあるんだ。だから君にその魔導書を渡した。同じ道を歩むことができるかもしれないと思ったからね」
「同じ道……?」
「そう、同じ道。レイカ、君には魔法剣士になってもらいたい。魔法剣士として、新たな力をつけてほしいんだ」
僕の要求に、レイカはぽかりと口を開けた。
驚き続けている彼女にこれと言った反応をすることもなく、言葉を続ける。
「魔法剣士になれば、個人ではなく団体として君たちを守ることができる。君も、大切な存在を守る力を得られるかもしれない。どうかな?」
魔法剣士ギルドは大陸中に名が知られている団体なので、以前レンを誘拐しようとした組織などから標的にされにくくなる。
レイカ自身も強くなれば、そういった魔の手から自衛することもできるようになるはずだ。
「で、でも、良いんですか? ヒューマン以外が魔法剣士になっても……」
「う~ん、前例がないから何とも言えないけど……。でも、前例がないからって、諦めるのは勿体ないと思うな。それに……アハハ!」
修行時代のことを思い返し、自然と笑みがこぼれてしまう。
自分の興味があるものに突っ走り、任務中だというのに目を輝かせるあの姿。
思えば皆、おかしな人たちだった。
「君の加入を反対するどころか、むしろ大賛成してくれるはずさ。だってあの人たちが、ホワイトドラゴンという別大陸の存在に、興味を抱かないはずがないからね!」
「そ、そうなんですか……?」
レイカの表情は、少しだけ引きつっているように見えた。
まあ、興味を抱かれるというより、調査対象として見られてしまうかもしれないので、その表情は間違っていないかもしれないが。
「もちろん、嫌なら断ってもいい。魔法剣士にならなくても、技術は教えてあげられるからね。いますぐに答えは出さなくてもいいけど、選択肢の一つとして考えておいて」
「はい、分かりました。魔法剣士、かぁ……」
魔導書をめくりながら、レイカはなにやら考えこみ始めた。
表情には好奇心が満ち溢れている。
どうやら、好意的に考えてくれているようだ。
「さて、魔力の浸透もそろそろ終わったかな。取り出してみるか」
溶媒が直接皮膚に触れないようにグローブを装着し、慎重に魔法石を取り出す。
魔法石と三魔紋は薄紫色に輝いている。問題なく魔力が浸透してくれたようだ。
さっそく、完成した魔法を発動しようとするのだが。
「な、なんだこりゃ!?」
「ソラさん? どうかしましたか?」
僕の素っ頓狂な声を聞き、レイカが隣にやってきた。
そして、実験対象の魔法石を見て大きく動揺する。
「石が燃えちゃうなんて……!? どうして……!?」
「分からない……。この魔法には、よっぽどの素体が必要なんだな……」
なんと魔法石は、音も立てずに燃え上がっていたのだ。
当然、僕たちにはどうすることもできず、それは一欠片の破片も残さずに消滅してしまうのだった。