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第八章 王都での出来事

王都来訪

「ここが『アヴァル大陸』の主要都市……。すごい壁だね」

 草原に築き上げられた巨大な石造りの壁を、レンが見上げている。


 僕も幾度となくこの壁を見たが、いまだに見慣れることはない。

 来るたび来るたび、ついつい見上げてしまうものだ。


「以前ちょっと話をした、モンスター大発生事件の結果がこれなんだ。それが起こる前はもう少し城壁が低かったんだよ。ほら、あそこを見てごらん」

 レンの肩を叩きながら、とある一点を指さす。


 そこでは、城壁の建築に使われる予定の石たちを、荷台から降ろす作業が行われていた。


「もっと城壁を高くして、危険から守ろうとしているんだね」

 レンは、ふむ、ふむとうなずきながら、その作業の様子を遠目から見学していた。


 この様子であれば、彼は問題ないだろう。

 もう一人の方は――


「ソラさん……」

 振り返ろうと思った矢先に、服の裾をクイクイと引かれる感覚がする。


 顔を向けると、少しだけ不安そうな表情を見せるレイカの姿があった。


「この中……入るんですよね……?」

「そうだよ。やっぱり、不安かい?」

 僕の質問に、レイカは小さくうなずいてからとある一点を見つめた。


 石造りの壁の途中に作られた大きな門。

 美しく整備されたそれに向かって、大きな荷物を背負った人や、様々な物資が乗せられた荷車が移動していく。


 ここは『アヴァル大陸』最大の都市、王都ラーリムダ。

 多くの人々が住み、訪れる都であり、この大陸を治める王が住む土地でもあるのだ。


「私からお買い物についていくって言ったのに……。すみません……」

「気にしなくていいよ。むしろ、君から行きたいと言ってくれたことの方が、嬉しいことなんだから」

 王都へ出かけると伝えた際に、レイカは自分からついていくと言ってくれた。


 ホワイトドラゴンの性質もあるのかもしれないが、彼女がそう言ってくれたことは、十分な変化だ。


「僕が必ず傍にいるし、自信を持って歩いていれば大丈夫。おどおどしているのが一番危ないからね」

 自分の胸を叩いて任せろとアピールをすると、レイカは少し安心した顔つきを見せてくれた。


 自信を持っていれば不安は次第に消えていく。

 彼女にとって、更なる一歩となってくれると嬉しいのだが。


「ソラさーん! 王都に入場する人が、だいぶまばらになってきましたよー! そろそろ私たちも良いんじゃないでしょうか?」

 少し離れた場所で、城門の様子を見ていたナナが声をかけてきた。


 彼女の言う通り、大荷物や荷車を運ぶ人はいなくなったようだ。


「りょうかーい! さあ、入ってみようか!」

「は、はい!」

「はーい」

 姉弟に声をかけ、四人で城門へと向かう。


 人の列に並びながら前方の様子をうかがうと、城門そばで検問を行っている様子が見えた。

 不審人物を中に入れないために、用心をしているのだろう。


「そ、そういえば、私たちって検問大丈夫なんでしょうか……?」

「角、見せる必要ある?」

 姉弟は不安そうに、僕の顔と検問所とを交互に見つめていた。


 二人はフードを目深に被っているため、怪しまれる可能性はあるのだが。


「村長さんから通行手形を受け取ってあるし、エイミーさんからも許可証を貰ってる。きっと大丈夫だよ」

 こうは言ったものの、レイカたちに疑念を持たれないとは限らない。


 不信感を抱かれないよう、可能な限り努めなければ。


「お次の方、どうぞ」

「お、僕たちの番みたいだね」

 前方では、僕たちの前で入場審査を行っていた人物が荷物を纏め、検問所から去っていく様子が見える。


 特に問題なく通過していったようだ。


「アマロ村から来た者です。入場目的は、食料備品、および武器の購入です。こちら、村長からの通行手形となります」

 王都を訪れた理由を担当者に説明し、通行手形を手渡す。


 甲冑で身を纏っているため、こちらからは素顔が見えないが、視線が僕たちに向けられている気配を感じる。


「ふむ、確かにアマロ村の通行手形のようですね。ただ、武器の購入になると、公的組織、もしくは各種ギルドの許可が必要ですが……」

「冒険者ギルドから許可証を頂いております。こちら、ご確認をお願いします」

 エイミーさんからもらった許可証をカバンから取り出し、再度担当者に手渡す。


 それの確認も終わり、通行手形と合わせて印が押され、返却されたのだが。


「そちらの子どもたちも随伴者のようですが……。姉弟や、お子さんとは思えません。ご関係は何でしょうか?」

「ああ、この子たちは――」

 担当者に僕たちの関係を説明する。


 種族等のことを隠したまま説明するには難しい部分もあったが、ナナの協力もあったことで何とか話し終えることができた。


「なるほど、居候を……。もしよろしければ、お二人のお顔を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」

「顔を……。どうかな、二人とも?」

 担当者に打診をされたので、姉弟に声をかけてみることにした。


 レイカは驚き不安そうな様子を見せていたが、レンは特に気にした様子も見せずに検問所に近寄って行く。


「……ケガを負っている様子はなし。大丈夫そうだ」

「……?」

 レンはまじまじと顔を見られたことに疑問を抱いたらしく、首を傾げていた。


 何のために顔を見られたのか理解できなければ、そうなるのは当然だろう。


「そちらのお嬢さんはどうでしょうか?」

「わ、私ですか……? え、えっと……」

 レイカは挙動不審な様子で、僕と担当者を交互に見つめていた。


 彼女のその行動をじっと見ていた担当者は、甲冑の顎部分に手を当てて何やら考え込みだす。


「女の子の方は何かしら問題を抱えている様子。ただ、ケガ等が見られない点や、他の方々に不審な様子も見られない……。可能性は低そうだが……」

 言葉の節々からは、僕たちに不信感を抱いている様子が伝わってくる。


 これは、隅々まで容赦なく聞かれてしまうかもしれない。


「申し訳ありませんが、中でお話をお聞かせください。通行手形がある以上、信頼された人物であることは理解できますが、懸念点がいくつか見られますので」

 提出した物たちだけで疑念を払拭させることはできなかったらしく、城壁内部へと続く扉に手を向けられてしまった。


 こればっかりは仕方ないと考え、指示通りに行動しようとすると。


「待ってください! 何も疑われるようなことはありません!」

 先ほどまでおどおどしていたレイカが、大きな声を出して反論をした。


 いまこの状態で大声を出されるのは、むしろ逆効果になりかねないのだが。


「……ですが、あなたが誘拐、および虐待をされていないという確証は――」

「そんなこと、されるわけがありません! ソラさんは私たちを助けてくれたんです! 一緒にいたいって言ってくれた! 疑念を抱く必要なんて、ないんです!」

 負けじと、担当者に反論をぶつけ続ける。


 周囲の目もあるので、レイカの気を静めるために声を掛けようとすると。


「……そうですか。そこまで言えるのでしたら、問題はなさそうですね」

 担当者はそう言うと、甲冑の兜部分を取り外す。


 中からは、金髪を短く刈り上げた男性が現れた。


 年齢は四十代だろうか? 頬には十字の傷が浮かび、目つきは鋭い。

 だが、青い瞳にはやさしさの光が灯っており、厳しくも優しい人物という印象を受ける。


「疑いをかけてしまい、誠に申し訳ございません。ここに謝罪いたします」

「……いえ。こちらこそ不審な行動を取ってしまい、申し訳ありませんでした」

 兜を小脇に抱えると、男性は深く頭を下げてくれた。


 こちらも頭を下げて謝罪をする。

 そんな僕たちの様子を見て、レイカは戸惑っているようだった。


「先ほどの件については不問に致します。どうぞ、ごゆるりとお時間をお過ごしください」

「ありがとうございます。さあ、行こうか」

 短く言葉を交わし、城壁内部へと足を向ける。


 皆、無言ながらも後を付いてきてくれているようだ。


「レイカ、ちょっといいかい?」

「あ、はい……。なんでしょうか……?」

 レイカに声を掛けつつ手招きをすると、彼女は歩く速度を上げて近寄ってきた。


 彼女の耳元に顔を寄せ、小さくささやきかける。


「よく、大声を出せたね。すごいぞ」

「え……」

 まさか褒められるとは思っていなかったらしく、レイカはあっけにとられた表情を浮かべる。


 その表情もやがて申し訳なさそうなものへと変化し、その場で足を止めてしまった。


「私がもじもじしていたせいで、ソラさんに迷惑が掛かってしまったのに……。どうして褒めるんですか……?」

「全然知らない人だったのに、言い返せてたじゃないか。怒り任せだったのかもしれないけど、それでも十分さ」

 レイカ同様に歩くのを止め、少しだけかがみながら声をかける。


「それでも、やっぱり私は酷いです……。自分の失敗を、あの担当者さんに押し付けてしまったわけなんですから……」

「確かにそこは反省しないとね。あの人は優しい人だったから不問にしてくれたけど、怒り出す人もいるかもしれないし、逆に不信感を強める人もいるかもしれない。おどおどすることの危険性、分かったでしょ?」

 レイカは小さくうなずき、僕の右手に視線を向けた。


 ここから先は人の数が多くなる。

 彼女の心に宿る不安を取り除けるのであれば――


「手、繋いでいこうか」

「……ありがとうございます」

 僕が差し出した手に、小さい手が乗せられる。


 レイカの手もまた、ひんやりとしていた。


「少しずつ、少しずつでいいんだからね?」

「はい……。分かりました……」

 自信を持って歩ける時が来るまで、僕はこの子の手を握るとしよう。

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