「すごい人……。どこまで行っても、こんな感じ?」
「まだ都の入り口さ。もっともっと、人の数は増えてくるよ」
紆余曲折ありつつも、王都へと無事に入った僕たちは、舗装された道を人の波に流されながら歩いていた。
周辺を歩く人々は、王都にやってきた人たちが大多数を占めている。
商業区に移動すれば、この地に住んでいる人たちも含め、さらに多くの人が行き交う姿が見られるだろう。
「人が多くなる……。不安だけど頑張らなきゃ……! 同じことを繰り返して、皆さんにご迷惑をおかけするには……!」
隣を歩くレイカは、小声で自身を鼓舞していた。
先ほどの検問所での出来事が、よっぽど身に染みたようだ。
「お城はどこにあるのかな?」
「ここからだと、建物の影に隠れて一部しか見えないね……。この都の一番奥にある、王政区に建てられているんだけどね」
この都には複数の区があり、それぞれが異なる機能を有している。
僕たちが入ってきた入り口がある西区と、もう一つの入り口がある東区。
都中央部に各種商店が立ち並ぶ商業区。南部に庶民が暮らす一般区。
北部に貴族や王族が暮らす建物があり、裁判所などが置かれている王政区だ。
「向こうとはまた違ったお城だろうし、見るのが楽しみ」
「お城があるのは王政区の一番奥だから、商業区に移動していけば次第に見えてくる。それまでは街並みとかを見ながら、お城の姿を想像してて」
レンは鼻歌を交えながら、僕の後をついてくる。
よっぽど、城を見ることが楽しみのようだ。
「さて、今日は買い物がメインなわけだけど、念のために予定を確認しておこうか」
ナナに顔を向けると、彼女は持っているカバンからメモを取り出し、確認を始めてくれる。
本日買い集める予定の物は、僕とナナ用の各種素材に、レンの絵に必要な画材たち。
食料や備品等の購入は当然として、レイカの武器を購入することが最大の目的だ。
「武器を選ぶのには時間がかかりそうですけど、先にそちらから行きます?」
「う~ん、どうしたもんかねぇ……」
ナナの言う通り、様々な種類の武器の中からこれという物を選ぶには時間がかかる。
かといって、そちらに時間をかけすぎれば新鮮な食料を買い損ねる可能性もあるだろう。
「二手に分かれよっか。全員一緒に動くのは効率が悪いし」
「それもそうですね。あとはどう分けるかですけど……。レン君は私と一緒に行こうか?」
「え? 僕とナナさん?」
ナナの提案に、レンは首を傾げる。
彼が欲しがっている画材が売っている店は、ナナが行こうとしている店や食料品店と距離が近い。
城が見えやすい場所を通るので、観光にも良いだろう。
「なるほど。じゃあ、僕はナナさんと一緒に行く」
「うん、よろしくね、レン君」
「それじゃ、僕はレイカと一緒に行動ってわけだね」
「ソラさんと二人っきり……! よろしくお願いします!」
レイカに声をかけると、彼女は嬉しそうな表情を見せながらうなずいてくれた。
彼女を見守る人が減る分、より注意をしなければ。
「買い物が終わった後の待ち合わせ場所は、僕たちが入ってきた側にある入り口にしようか。何かあったら通話石で連絡をするってことで。レン、ナナをお願いするね」
「分かった。任せて」
僕の頼みに、レンは胸を張ってうなずいてくれる。
この都にある程度詳しいのはナナであり、レンは今日が初めての来訪。
見守る者がどちらなのかは言わずもがなだが、このぐらいの年齢の少年は子ども扱いされるのを嫌うわけで。
「ふふ。じゃあ、レン君にはしっかりエスコートしてもらわないとね。荷物運びもお願いしちゃおっかな?」
「……あんまり重いものでなければ」
若干後悔したような表情を浮かべるレンと、ニコニコとした笑みを浮かべるナナは、会話をしながら別の方向へと歩いていった。
二人の後ろ姿を見送りつつ、僕たちも武器屋がある通りへと足を向ける。
その道中、多くの人が大きな荷物を持ち、道を行き交う姿があった。
「皆さん、たくさんの荷物を持っていますね……。私たちと同じように、冬の準備でしょうか?」
「多分ね。いまの時期はあちこちの集落の人たちが王都に来て、買い物をしていくんだ。ここに集まるのは人だけじゃないからね」
王都を訪れた理由に、来る冬に備えるためというものがある。
僕たちが住むアマロ村は、標高が高いということもあって大雪になることが多い。
他の集落と比べても、閉ざされた環境になりやすいのだ。
大雪が降り続いたせいで商人が村まで来られず、食料が無くなってしまった。
なんてことが起こらないように、あらかじめ準備をしておくわけだ。
「こんなにたくさんの人、故郷の大陸じゃ見たことないなぁ……」
「こちらの人口が多いだけって気もするけどね。同じ規模の都でも、向こうの方が人は少ないらしいし」
『アイラル大陸』を離れて既に七年が経過しているためか、故郷の状況を思い出すには少しばかり難がある。
だとしても、向こうの大陸の総人口が、この大陸の総人口に及ぶことはないはずだ。
「さあ、着いた。ここが贔屓にしている武器屋さん。剣だけじゃなく、いろんな武器が置かれているから楽しみに――って、女の子にかける言葉じゃないか」
苦笑しつつ、店に掛けられている看板を指さす。
看板には、剣と槍が交わる絵が描かれている。
一目で武器を売っている店と理解できる、良いデザインだ。
「本当に大丈夫なんですか? 私に武器を買っていただけるなんて……」
「大丈夫、大丈夫。これからはちゃんとした武器を持ってくれていた方が、僕も安心できるし」
話し合いの結果、レイカたちも正式にモンスターの調査に従事することになった。
彼女も短剣を持っており、魔法も使えるので、戦うこと自体はできる。
ある程度であれば、自身を守ることはできるだろう。
だが、積極的に戦うとなると、どう考えても難しい。
調査中に凶暴なモンスターと出くわさないとは言えない上、危険なモンスターの調査をすることもあるからだ。
僕とナナで守り切れればいいが、一人二人では限界がある。
なので、レイカにもある程度の武器を持ってもらうことにしたのだ。
それに加え、このままでは戦法が魔法寄りに偏ってしまうからという理由もある。
モンスターの中には、魔法が効きにくいという特徴を持つものもおり、そういった存在に対しては武器を使った攻撃の方が効果的な場合が多い。
戦えるのは僕だけとなることを防ぐために、レイカも共に戦えるようにする。
これらが、彼女に武器を買い与える理由だ。
「振る練習、しなくちゃいけませんね……! 私、短剣以外の武器の使い方を教えてくれるように兄にお願いしていたんですけど、断られちゃってたので……」
兄に練習を断られたということは、森の主の魔力を斬った時が初めて剣を振る機会だったのだろうか。
なかなか良い剣筋をしていたので、何度か刀剣の類を用いたことがあるのだろうと思っていたのだが。
「兄が練習をしている姿を見ながら、自分だったらどう振るか考えていたので。ある程度のことであれば」
「そ、そうなんだ……。普通、体がついて行かないと思うんだけどなぁ……」
色々と考えつつ、素振り等を行っていたのかもしれない。
だとしても、実戦でいざ振るとなると勝手がかなり違うものなのだが。
「お店の前で長々と話してたら邪魔になっちゃうし、そろそろ入ろうか」
「武器かぁ……。何が良いかなぁ……」
武器屋の扉を押し開け、建物内へと足を進める。
店内部には数多くの収納棚が置かれており、それら一つ一つに様々な種類の武器が収められていた。
壁にも戦斧や槍などが掛けられており、それらを見物する人たちの姿もあるようだ。
「見た目は良くても、凶器なことには変わりないからね。基本的には触っちゃダメだよ?」
「はい……! やっぱり、まずは剣かな……!」
注意を受けたレイカは、店内をぐるりと見渡す。
彼女は目的の武器が置かれている場所を見つけ、そこ目掛けて歩き出した。
「剣……。私たちの大陸でも同じ種類の武器はありますけど、形も振り方も違うんですよね……。地域や文化、武器を振るう種族の特徴によっても変わってくるんでしょうか」
「そうだろうね。ホワイトドラゴンが好む武器の形があるように、ヒューマンが好む形もある。その辺りも考慮して武器を選んだ方が良いかもね」
僕も、初めてこの大陸の武器を見た時は面食らった。
使い方が違っていれば手入れの仕方も変わってくるため、覚え直すことになかなか苦労したものだ。
「さて、剣の展示場に来たわけだけど……。自分が使いたい物、使いやすそうな物を選ぶんだよ?」
「はい……! いっぱいあって、興味をそそられ――って、あれ? この剣……」
早速、レイカが一本の剣に興味を示す。
彼女が見つけた武器は、片刃の剣だった。
「こっちの大陸ではほとんど出回ることのない、珍しい形の剣だね。これなら君もなじみがあって使いやすいかもしれないけど……。ちょっと大きいかもなぁ……」
『アイラル大陸』では、『アヴァル大陸』でよく使われる両刃の武器ではなく、片刃の武器が主に使用されている。
目の前に置かれている物は『アイラル大陸』側の武器に近い形をしているが、少しばかり剣身が太い。
なじみがあるものだとしても、これでは扱いにくいだろう。
レイカに合いそうな剣を思案しつつ周囲を見渡すと、細剣が置かれている売り場が視界に映りこむ。
あちらも見ておくべきだろうと考え、歩き出そうとすると。
「私、この剣が良いです」
「え?」
レイカは片刃の剣をじっと見つめ、そうつぶやくのだった。