「これでいいのかい? まだ他の武器も全然見ていないのに……」
「ええ、この剣が良いです。これにさせてください」
僕に質問をされても、レイカは片刃の剣から目を離すことはしなかった。
何か心惹かれるものがあったのだろうか。
「君が持つには少し大きいと思うけど……。本当に、それで良いんだね?」
目の前に置かれている剣を使い続ける覚悟があるか、再度確認をする。
そこで初めてレイカはこちらに振り返り、無言でうなずいた。
「分かった。大切にしてあげてね」
「はい! 分かりました!」
許可を出されたレイカは、気に入った剣の情報が記された紙へと手を伸ばす。
黒鉄の刃には、真剣な表情を浮かべる彼女が映り込んでいた。
「握る武器を決められたし、もう一つのこともやっておかないとね。ついてきてくれるかい?」
「あ、はい。あれ? お会計する場所はあちらみたいですけど……」
レイカが向けた視線の先には、他のお客さんたちが店員さんとやり取りをしている姿がある。
確かに、会計をする場所は向こうなのだが。
「道具である以上、使えば摩耗する。ここには研師さんがいるから、挨拶をしておこうと思って」
レイカを伴って、会計とは異なるカウンターへと向かう。
そこには、様々な器具を入れられるポケットが付いたエプロンを纏い、筋骨隆々といった容貌をしている男性の姿がある。
僕たちがカウンターに近づいてきていることに気付くと、彼は大きな声をかけてきた。
「よう! ソラじゃないか、久しぶりだな! 今日は客か!?」
「ご無沙汰しております、シャプナーさん。一応、お客としても訪れました」
シャプナーさんはニカッと笑い、僕が腰に下げてある剣に目を向けた。
何度か振るう機会があったので、お願いしてもいいだろう。
「剣の手入れ、お願いしても良いでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。剣、見せてみ?」
剣を鞘ごと取り外し、カウンターの上に置く。
シャプナーさんは剣を鞘から抜き取り、しげしげと眺め始めた。
くるくると剣を回し、グローブを付けた指で剣身に触れる。
「目立った傷はついてねぇし、脂もきちんとふき取られている。お前さんの手入れだけで十分そうだぞ」
剣の確認を終えると、シャプナーさんはそれを丁寧に鞘へと戻し、返してくれる。
巨大スライムを倒したり、森の主と戦ったりと、立て続けに色々あったので心配していたが、特に問題はなかったようだ。
「んで? わざわざ無傷の剣を見せびらかしに来たわけじゃないだろ? 何か用事があってここに来た。違うか?」
「さすがですね。まずはこちらを、本部あての手紙になります」
カバンから封筒に包んだ手紙を取り出し、手渡す。
シャプナーさんは簡単にそれを確認した後、隅に置かれていた小箱にしまい込んだ。
「分かった、ちゃんと送り届けさせてもらうぜ。あとで俺も確認させてもらうが、問題ないよな?」
「もちろんです。実は、その件に付随してお願いしたいことがあるのですが……。レイカ、おいで」
「あ、はい!」
レイカに向けて手招きをすると、彼女はトコトコと僕の隣にやってくる。
そんな彼女のことを見て、シャプナーさんは驚きの表情を見せていた。
「お前さんが女の子を連れてくるとはなぁ……。あの子はいまも、お前と一緒に住んでるんだろ?」
「ええ、彼女を守ることが僕の任務ですからね。それで、この子のことなんですが……。もしかしたら、魔法剣士になれるかもしれないんです」
驚きの表情から一転、シャプナーさんはニヤリと口角を上げると、レイカのことをじっと見つめた。
視線を向けられた彼女は怯えだし、僕の背後へと隠れようとする。
「こら、こら。君もこれからお世話になる人だよ? 挨拶して?」
「え……。はい、分かりました……」
レイカは大きく深呼吸をすると、ゆっくりとシャプナーさんの前へ姿を現す。
そして、視線をキョロキョロあちこちに移動させながらも、言葉を発し始めた。
「レイカと言います……。よ、よろしくお願いします!」
検問所での失敗を繰り返さまいと思ったのか、レイカは大きな声で挨拶をする。
その声に驚いたのか、一部のお客さんの目がこちらに向かってきた。
いくつかの視線には反感の思いが込められているように感じたため、小さく頭を下げて謝罪をしていると。
「おう! よろしくな! 俺はシャプナー! ちゃーんと覚えておいてくれよ!?」
レイカに負けじと、シャプナーさんも大きな声で挨拶をする。
どうやら彼も、お客さんたちの視線に気づいたらしく、僕たちに反感を持たれぬように大声を出してくれたようだ。
おかげで、向けられていた視線はあっという間になくなった。
「となると、さっきの手紙は紹介状といったところか。この子を連れて本部に行くんだろうし、予備員の派遣を頼んでおくか?」
「お願いします。ただ、いつ頃に向かうかは決めていませんので、再度手紙を送ります。今回ここに来たのは、レイカの顔見せと、剣をこの子に買おうと思っているので、シャプナーさんに手入れをお願いしたいなと」
僕のお願いに、シャプナーさんは腕を組みながらうなずいてくれた。
これで、武器屋を訪れる目的は完遂だ。
「それにしても、ソラが次の魔法剣士候補を連れてくるとはなぁ……。感慨深いぜ!」
「いまもそうですが、シャプナーさんにはたくさんお世話になりましたからね。報告できてうれしいですよ」
修行時代を思い返しながら笑い合っていると、レイカが不思議そうな表情をしていることに気が付く。
何か聞きたいことができたようだ。
「えっと……。シャプナーさんは、普通の研師さんじゃないですよね……? もしかして、魔法剣士さん……?」
「お! 俺の正体に気付くか! いいねえ、将来有望だ!」
レイカの発言を聞き、シャプナーさんは大きく笑い出す。
満足するまで笑った後、レイカのそばに顔を寄せて小さく声を発した。
「お前さんの想像通り、俺は魔法剣士だ。いまは引退した身だけどな。こうして王都の武器屋で研師をしながら、やってくる奴らの相談等を受けているってわけだ」
シャプナーさんが話した通り、彼は勇猛な魔法剣士だった。
僕が修行時代だった時は、彼から剣の取り扱いについて教えてもらったのだ。
「にしても、お前に戦闘技術を教えられんのかぁ? そっちは苦手だったのによ」
「わ、分かってますよ……。なので、基本的には調査に関することを教えようと思っています。ちょうど、それに関わる依頼を受けてますし、この子も強く興味を持っているので」
モンスターと渡り合う程度の戦闘技術は、僕も持っている。
だがそれは、優秀な魔法剣士から見ればお粗末なもの。
とても、誰かに教えられる程に成熟しているとは言いがたい。
「戦闘技術、教えていただけないんですか……?」
「ある程度のことなら教えられるんだけど……。最後までってなると厳しいんだ。もちろん、信用できる人にお願いするつもりだから、そこは安心して」
そう伝えたものの、レイカは寂しそうにうつむいてしまう。
信頼している人物に教えを乞いたいという気持ちは分かるが、より能力の高い人物に教えてもらった方が確実に成長できるはず。
分かってはいるのだが、彼女のその行動を見て、心が揺らいでしまう。
「まあ……なんだ……。レイカちゃんは、まだ見習いにすらなってねぇわけだし、色々ソラに教えてもらいな。戦闘技術はたいしたことはなくても、それ以外の優秀な部分はたくさんあるからな」
「その褒め方、あんまり嬉しくないんですけど……」
僕のツッコミに、大きな笑い声をあげるシャプナーさん。
仕方がないことだが、まだまだ未熟と見られているようだ。
「よっしゃ、レイカちゃんのことは任された。剣の手入れについても担当させてもらうぜ!」
「ありがとうございます。この子の詳細については手紙に書いてありますので、併せてご確認をお願いします」
シャプナーさんに頭を下げ、レイカと共に彼のそばから離れる。
売買を行うカウンターに向かい、剣の購入手続きを行う。
この間レイカは、どこか浮かない表情を見せ続けていた。