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王都散策

「魔法石、高くなってるなぁ……。そういえば、採掘量が減ってるって話だっけ……」

 武器屋で買い物を終えた僕とレイカは、日頃の作業で使っている各種素材を買い揃えるために、王都の素材店へと移動していた。


 現在は魔法石の売り場に来ているのだが、値札に書かれている値段を見て悩んでしまう。


「採掘場所を広げてみるとも言ってたなぁ……。魔法石の純度自体は魔法の完成に関与していないみたいだし、少し我慢してみるかな」

 直接買い付けに行くのもいいかもしれないと考え、魔法石の購入は諦めることにした。


 ナナが必要とする素材だけを手に取り、カウンターへと持ち運ぶ。

 取引も終わり、カバンに詰め込む作業を行っているところで、レイカがとある売り場を眺めている姿が目に入った。


 彼女がいるのは魔導書売り場。

 まだ何も魔法が刻み込まれていない、新品の本が置かれている場所だ。


「な~にしてんの?」

「ひゃ!? あ、ソラさん……」

 僕の声掛けに驚いたらしく、レイカは明らかに呼吸を乱していた。


 肩に触れたりするよりは声をかけた方が驚かないと思ったが、あまり変わらなかったかもしれない。


「……魔導書を見ながら、私が魔法剣士になったとしたらと考えていました」

「お、いいね。どんな姿が思い浮かんだんだい?」

 僕の質問に、レイカはゆっくりと首を横に振った。


「何も思い浮かびませんでした。ソラさんの戦い方だとか、振舞い方を当てはめながら考えてみたんですけど……」

「そっか。僕は何度か自分のなりたい姿を想像したことはあったけど……。どれも成就はしなかったなぁ……」

 目の前に置かれている魔導書を手に取り、ページをめくる。


 輝かしい栄光を手にした魔法剣士となった僕の姿や、他者を寄せ付けないほどの強さを得た僕の姿。

 誰かに聞かれたら笑われそうなことを、幾度も想像していた記憶がある。


 現実の僕は、大切な人を守れなかったことに悲しみ続ける、情けない魔法剣士となってしまった。

 初めて魔導書を手に取り、初めて魔法を刻み込んだあの時、僕は現在の僕を想像したことはあっただろうか。


「難しいよね、未来の姿を想像するって。想像通りになることを望んで活動するけど、想像の姿と現実の自分との乖離に傷ついていく。これなら、想像しないほうが良いんじゃないかって思えてくる」

 売り物の魔導書を閉じ、元あった場所に戻す。


 この本も誰かの物となり、使われていくのだろう。


「けれど、その痛みがあるからこそ、人は願いを叶えようと躍起になる。夢を現実にしようとあがき続けられる。儚く脆い想像であろうと、大きな力になってくれる」

 現在の僕の夢は、大切な存在を守れる魔法剣士となること。


 その願いのためなら、どんな努力だって辛くはない。


「まだ君は魔法剣士だけじゃなく、多くのことを知らない。たくさん学び、知り得たことをつなぎ合わせて自分の未来を想像してみればいいのさ」

「想像するにも知識が必要……。大変ですね……」

 レイカのつぶやきにうなずきつつ、右手を差し出す。


「買い物も早く終わったことだし、王都を見て回ろうか。せっかくの機会なんだし、こういう時にこそ知っていかないとね!」

「……はい!」

 僕たちは手を握り合い、素材店から外に出る。


 おもちゃを買ってくれたことに大喜びしている少年に、それを優しく窘める両親。

 夕食の献立を考えながら仲睦まじく歩く老夫婦。


 相変わらず多くの人が街路を進んでいくが、王都在住の家族が増えてきたように思える。

 各地から買い物に来た人々は、買い物を終えて帰宅準備等を始めているのだろう。


「集落がある場所によっては、一泊していく人たちもいるんでしょうか?」

「遠方じゃなくても、そうする人たちはいると思うよ。せっかく王都に来たんだから、一泊してでも散策したいって考える人もいるだろうし」

 たまの贅沢をしようと考える人たちもいるはず。


 王都側としても、現在は書き入れ時の一つというわけだ。


「まずはどこから行ってみようか。王政区には入れないけど、検問所の手前までは行けるし……。お城の正面を望むことができる公園や、城壁に上がって周囲の景色を一望できる場所もあるよ」

 この都は城壁が周囲を覆っているため、閉塞感が強い。


 住民の不満を溜めないよう、景観が整った美しい場所などが複数存在するのだ。


「じゃあ、城壁に行ってみたいです! 外の景色も内側の景色も、同時に楽しめそうなので!」

「了解。なら、お城を正面に望める南エリアの展望台に行ってみようか。そこなら王都の外の景色もよく見えて――」

「失礼。私も混ぜていただいてもよろしいでしょうか?」

 展望台に向けて歩き出そうとした瞬間、僕たちに声をかけてくる人物が。


 その人物は全身を甲冑で纏っており、表情も見えなかったのだが、声だけは聞いたことがある気がした。


「もしかして、先ほど検問所におられた方……ですか?」

「おや、お気づきですか。では、兜をかぶっておく必要もありませんね」

 そう言うと、甲冑姿の人物はゆっくりと兜を外していく。


 兜の下から出てきた素顔は、想像通り、検問所で会話をした男性の物だった。


「先ほどは自己紹介もしていませんでしたね……。私はラーリムダ守衛隊長、フレインと申します」

「守衛隊長!? そのような方が、どうして僕たちと……」

「興味がありましてね。とある四人組を捕縛し、操られていたモンスターを鎮めたという人物に」

 フレイン隊長の発言を聞き、レイカは動揺しながら僕に顔を向けてきた。


 恐らく彼は、鎌をかけただけなのだろう。

 現にレイカは分かりやすく反応を示してしまい、それを見たことで確信へと至ったようだ。


「やはり、あなた方があの問題を解決に導いてくれたのですね。先ほどは疑いをかけてしまい申し訳ありませんでした」

「い、いえ! もうあれは終わったことですし、気になさらないでください。僕たちの行動も悪かったわけですし……」

「そ、そうです! こちらこそ、ごめんなさい!」

 頭を下げ始めたフレイン隊長より素早く、こちらが頭を下げる。


 王国の兵士、それも隊長に二度も頭を下げさせるわけにはいかない。


「そう言っていただき、感謝いたします。お詫びをするどころか、ずうずうしい申し出ではあるのですが……。先ほどのお願いはどのようにお考えでしょうか?」

「も、もちろん大丈夫です! こちらとしても、あの時のことを共有できるのは有意義なはずなので!」

 犯人たちとの戦いを伝えれば、この国を守る兵士の力になる可能性は十分にある。


 同じような目に合う人を減らせるのであれば、それが一番だ。


「ありがとうございます。では、展望台に向かいながらお話をするとしましょう。あまり時間を浪費するわけにもいきませんからね」

 そう言って、フレイン隊長は展望台がある方向へと歩き出す。


 僕とレイカも彼の後に続きながら、あの時の出来事を説明していく。


「お一人で注意を引かれたと……? その手の行動は我々兵士もよくとる手法ですが、最低でも二人か三人は必須とするのですが……」

「直接戦える者が僕しかいませんでしたからね……。そのせいで、家族にも渋い顔をされましたよ」

 いま思えば、三対一で相対するなどという、かなり無茶なことをしていた。


 もう少しましな戦法も、余裕があれば考えられたのだろか。


「その方のことを、信頼されているのですね。我々も結束力があると自負しておりますが、息が合わないことも多々あるのが……。数が多い分、相性の良し悪しはどうしても出てしまいますからね」

 あの作戦は、ナナという最も信頼する人物が後ろにいたからできたこと。


 仮に背後に立っていたのが知らない人物、あるいは相性が悪い人物であれば、うまくいかなかったはずだ。


「ですが、魔法の力を借りるというのは良いでしょう。我々兵士には魔導士がおりません。問題は、前線に出たがる魔導士がいるかどうかか……」

「魔導士は研究職に近いですからね……。現在の兵士とは体力面でも大幅な差があるでしょうし、守るという行為は苦手かと思います。ですが、募集をかけてみるのは良いことでは?」

 運動を不得意とする者が多い魔導士だが、全てがそうとは限らない。


 例え動くことが苦手であっても、誰かを守るために魔法を役立てたいと考える人もいるはずだ。


「予算等の問題もありますので、一つの案として考えておきましょう。さあ、到着しました。ここから城壁の最上部にまで移動するわけですが……」

 足を止め、目の前にある壁を見上げるフレイン隊長。


 彼の握りしめられた両の手は、小さく震えているように見えた。


「改めて近くで見ると、すごい壁……。どうやって上まで――」

「それは当然階段ですね! 日々の運動は大切ですよ!」

 レイカが投げかけた疑問を遮るかのように声をあげ、フレイン隊長は城壁に向かって歩いていく。


 城壁へと上がるための階段は、彼が歩いていく方向に確かにあるのだが。


「上に行く手段は階段だけじゃなくて、昇降機もあるんだよ。いまは人があまりいないみたいだから、すぐてっぺんまで行けそうだね」

「あ、じゃあ昇降機に乗ってみたいです!」

 レイカの無邪気な声を聞き、フレイン隊長は歩く速度を緩めながらうなだれた。


 なるほど、どうやら彼は――


「フレインさん。僕たちは昇降機で上がりますので、上で合流しましょう」

「そ、そうですか。では、そういうことで……」

 そう言うと、いそいそと階段がある方向へと向かうのだった。


 想像通り、昇降機そのものが苦手なようだ。


「……? 隊長さん、昇降機で上に行くの嫌なんでしょうか……?」

「意外と揺れるからね……。あの揺れがダメな人は、とことんダメなんだと思うよ……」

 高いところが苦手というわけではないのだろう。


 無理に合わせてもらって体調を崩させるより、階段で上がってもらった方が良いはずだ。


「昇降機、上へ参りまーす。他にお乗りになる方はおられませんかー?」

 昇降機を操作する役目を担っている人物が、周囲を歩く人々に呼びかける声が聞こえてきた。


 乗り過ごせば、下りてくるまで待たなければならない。急いで乗ってしまおう。

 木製の昇降機に駆け込みしばらく待っていると、大きな揺れを感じると同時に足場が大地から離れていった。


 大地から距離がでるにつれ、昇降機が前後左右に揺れだす。

 足が地についていないという不安もあり、胃の奥から嫌悪感が湧き出てきそうになる。


「綺麗な街並み……! ナナさんとレンはどこに居るのかな……!」

 なんとなく気分が悪くなりそうな感覚がある僕とは違い、レイカは興奮した様子で王都を見下ろしていた。


 この程度の揺れは、彼女にとってなんてことは無いようだ。

 昇降機はゆっくりと上昇を続け、僕たちを城壁上部にある展望台へと連れていく。

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