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展望台にて

「お待たせしました。そちらの方が速かったようですね」

 景色を眺めていると、フレイン隊長が息を切らした様子もなく展望台へとやって来た。


 ここまで上がってくるのに相当数の階段があるはずだが、さすがは守衛隊長といったところか。


「どうですか? 景色は」

「とっても綺麗です! お城も街並みも、外の景色も! こんなに高いところに上がったのは初めてです!」

 質問に、レイカは興奮冷めやらぬまま返事をする。


 ヒューマン苦手のことは、すっかり忘れてしまっているようだ。


「それは良かった。ならば、この美しい光景を守り通さねばなりませんね」

 フレイン隊長は笑顔を浮かべつつ、僕たちから目をそらして城の方へと顔を向けた。


 彼の嬉しそうな横顔を見て、僕の心に一つの疑問が浮かぶ。

 なぜ、検問所にいたのだろうかと。


「悪意が王都に侵入しないよう、見守っているのです。民に被害が及ばぬよう、可能な限り素早く芽を摘んでおきたいので」

 僕が質問をするよりも早く、答えが返ってきた。


 顔に出ていたのだろうか? それとも心の内を読まれてしまったのか。


「だとしても、あなたのような高い地位にいる人物が行う仕事ではないように思えます。悪人が侵入してきた場合でも、ある程度の実力がある兵士であれば……」

「守るべき者たちのことを思い出すためでもあります。籠りきりとなれば、何のために兵士となったのか少しずつ分からなくなってしまうので」

 確かに、元々していた仕事から長期間離れてしまえば、少しずつ忘れてしまう。


 僕もモンスター図鑑の依頼を受けていなければ、調査の楽しさ、厳しさを思い出すことはなかったはずだ。


「フレイン隊長。どうして、他所の集落に住む僕たちに興味を? 商人たちに迷惑をかけていた者たちを捕縛したことは、功なことではあるでしょうが……」

 物流の滞りは、人々の生活に関わってくる。


 被害が深刻化すれば、日々を暮らせない人々が出てくる可能性があったため、それを未然に防げたのは良いことではあるのだが。


「あなたが捕縛した四人組。彼らを連行した者たちの中に、私の知人がいたらしいのです。普段は人がすることなど興味を持たないのですが、珍しくあなたのことを褒めるもので。どんな人物なのか興味があったのです」

「あの場にフレイン隊長の知人が……」

 やるべきことが終わった後、エイミーさんが援軍を連れてきてくれた。


 冒険者ばかりで兵士らしき姿はその中に無かったはずだが、友人が兵士だけというのもおかしな話か。


「そういうわけであなた方に接触したわけです。検問所で出会った時は疑いをかけてしまいましたが、実を言うとあれもあなた方を知るため。聞き及んだ内容が、真に正しいのか確認するために……」

「なるほど、そういうことでしたか。あなたの目に、僕たちのことはどう映ったのでしょうか?」

 質問に対し、フレイン隊長は僕を横目で見つめ、口角を引き上げてくれた。


 言葉にされずとも、その表情を見せてもらっただけで十分だ。


「そろそろ私は仕事に戻るとしましょう。あまり一所に留まりすぎては、他の兵士たちに示しがつきませんから」

「そうですか……。僕は、もう少しここにいる必要がありそうです。あの子が楽しそうに景色を見ているので」

 相も変わらず、レイカは興奮した様子で外の景色を眺めていた。


 どこまでも続く緑の草原を見ることが楽しいようだ。


「あそこまで景色に夢中になるとは……。ふふ、実に嬉しいことですね」

「僕も彼女の気持ちは分かりますよ。ここまでの高さから草原を見下ろすなんてこと、そうそうありませんからね」

 年中雪だらけの大陸から訪れた者であれば、一面緑で覆われた大地に物珍しさを感じるはず。


 様々なものに好奇心を抱くホワイトドラゴンであれば、それはなおさらだろう。


「では、私は行きます。もし、またお会いできた時は、食事などができると良いですね」

 そう言って、フレイン隊長は展望台から大地へと続く階段を下っていった。


 ただ単に社交辞令としての言葉だったのか、本当に気に入られたのか。

 彼の本心は分からなかったが、いつか腰を据えて話をしてみたいと僕の心は思っているようだ。


「あれ? フレインさんはどこかへ行かれてしまったんですか?」

「ああ、うん。仕事に戻っていっちゃったよ」

 下り階段を見つめていると、景色を見ていたはずのレイカがそばに寄ってくる。


 一通り景色を満喫できたらしく、表情には満足そうな笑みが浮かべられていた。


「ナナたちも買い物が終わる頃だろうし、僕たちも下に行こうか。待たせることになったら彼女たちに悪いしね」

「はーい。帰りも昇降機を使います?」

 期待に満ちた声色と共に、レイカの瞳は輝き続けている。


 どうやら昇降機での移動が気に入ったようだ。


「もちろん構わないよ。ただ、いまは下に移動しているみたいだから、しばらく待ってないとダメだね」

「じゃあ、その間に一緒に外の景色を見ましょう! 聞きたいことがあるんです!」

 レイカは笑顔を見せながら僕の右手を握り、引っ張っていく。


 これといった、大きな特徴もない行動。

 だが、彼女が取った行動により、僕の心に言いようのない不自然さが漂ってきた。


 何かが間違っているような、何かを見落としているような。

 何かがずれてしまっているような感覚に襲われたのだ。


「……ソラさん?」

「え? あ、ゴメン! 景色を見るんだったよね?」

 正気には戻れたが、いまだに疑念は胸中を漂い続けている。


 このもやもやとした感覚は、何が原因なのだろうか。


「ここからかなり遠くの方に、細長い建物が見えるんですよ。大きな四つの羽根みたいなものが上の方で回っているみたいですけど、あれって……?」

「……ああ、あれは風車だね。風の力を利用して、パンとか色々なお菓子に使う小麦を挽いているんだ。ここからはちょっと見にくいけど、風車の近くには集落があってね。小麦が有名な村だよ」

 解説を聞いたレイカは、風車の近くにある集落を探して目を凝らしだす。


 風車になじみがないということもあり、その集落に興味を抱いたのかもしれない。


「自然の力を使う集落なんですね……。私たちが住んでいた場所では、そんなのなかったなぁ……」

「雪深い土地だからね。雪が積もれば羽根も折れちゃうから、こっちと同じように運用するのは難しいよ」

 ホワイトドラゴンは、自然の力を使った装置を何一つとして利用していない。


 水車にしても季節次第で凍り付いてしまうので、使いたくても使えないのだ。


「……ソラさん。聞きたいことがあるんですけど、良いですか?」

「うん、構わないけど……。どうしたの? 改まって」

 レイカは景色を見るのをやめ、好奇心を抱いた表情を僕に向けてきた。


 真剣な話というわけではないようだが。


「ソラさんが生まれた集落って、なんていう名前なんですか?」

 僕の故郷。そういえば、教えてはいなかったか。


 あの村の風景を想像し、口に出そうとしたのだが。


「あれ? そういえば、僕も君たちの故郷のことを知らないや」

 初めて会った際にレイカたちに故郷のことを聞いたものの、その時は答えてもらえなかった。


 信頼がなかったため、そうなることはしょうがないのだが。


「なんでもう一度聞こうとしなかったんだろう……。家族になった後とかに聞いてもよかったのに……」

「私も、不思議と聞こうと思わなかったんです。いつもだったら質問しているはずなんですけど……」

 レイカも同じだったとなると、レンもそうなのかもしれない。


 故郷を旅だった者たちの話をしないという文化はあっても、旅だった先で故郷の話をしてはいけないという文化はないので、少々不自然な話だ。


「まあ、秘密にしている理由もないし、お互い明かしちゃおうか。僕が住んでいたのはプルイナ村。狩猟をしながら暮らしている村だね」

「……え?」

 僕の故郷の名前を聞き、レイカの顔色が好奇心に満ちた表情から驚きの表情へと一変する。


 そして、なにやら小さくつぶやきだすのだった。


「ソラさんが……? でも、彼みたいな人……」

「僕がどうかした? 次は君の番だよ」

 僕に促されたことで、レイカは慌てて故郷の名前を話そうとするのだが。


「展望台、到着でーす。地上へお下りの方、お待たせいたしました」

「っと、昇降機が来ちゃったね。地上ではこの話はできないから、家に帰ってからにするとして……。地上に下りちゃおう」

「あ、はい!」

 乗り場へと移動し、昇降機が動き出すのをしばし待つ。


 その間レイカはずっと何かを考えているらしく、どこかぼんやりとしている。

 昇降機が動き出してからもそれは変わらず、昇りの興奮はどこへやらと言った様子だ。


「ソラさんはプルイナ村出身……。じゃあ私は、ソラさんに……?」

 昇降機を降り、ナナたちと合流するまで、レイカは考え事を続けるのだった。

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