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第九章 新たな異種族

調査中のこと

「スライムと似たプニプニとした体を持っているが、粘性がさらに強い特性を持つ。スライムと比較しても臆病なことから、その特性を利用して草を纏い、外敵の目をそらしているっと。こんなところかな」

 草原に作られた小さな調査拠点。傍らには透明な大きいビンが置かれている。


 飲み水を持ち運ぶための物だが、その中には水ではなく、スライムによく似た黄色い体色のモンスターが収められていた。

 このモンスターの名はグラススライム。現在は黄色い可愛らしい姿をしているが、普段の姿はまるで動く草の球だ。


 そんなグラススライムは、体を震わせながら僕が資料を作っている姿を見つめている。

 捕獲された上にいつもの姿でもないので、怯えられてしまうのは当然だ。


「ソラさん。草はこれくらいで大丈夫?」

「んー。それだけあれば十分かな。ビンの中に入れてあげてくれるかい?」

 作業を進めていると、レンが緑色の草を両手に乗せてやって来た。


 彼の背後には、花を数輪持ったレイカの姿もある。


「私はお花も持ってきたんですけど……。どうでしょうか?」

「う~ん……。あくまで身を隠すために纏っているのであって、おしゃれのためじゃないからなぁ……。外敵に見つかりやすくなるだけだし、入れるのは止めてあげて」

 僕の指摘に、レイカは残念そうな様子を見せていた。


 そんな姉にクスクスと笑いつつ、レンはビンの中に草を投入する。

 頭上から落下してくる草に気付いたグラススライムは、狭いビンの中で体を大きく動かし、勢いよく草を纏っていく。


 先ほどまでは黄色の生物だったというのに、あっという間に緑色の生物へと変化してしまうのだった。


「これがグラススライム……。私たちが知っているスライムに近いかも……」

「こっちの方が、なじみがある」

 姉弟が言っているのは、『アイラル大陸』に生息しているスライムのこと。


 目の前にいるグラススライムと似た習性を持ち、草の代わりに雪を纏って行動するのだ。


「見たいものは全部見れたし、そろそろ逃がしてあげよう。いつまでも狭いビンの中じゃストレスも溜まっちゃうだろうしね」

 ゆっくりとビンを傾け、大地へと転がす。


 脱出口ができたことに気付いたグラススライムは、纏った草を散らしながら一目散に草原へと跳ねていくのだった。


「ちょっと可哀想だったかな……。臆病なモンスターの調査方法も、考えた方が良いかもしれないね」

 攻撃的ではない、臆病なモンスターだからといって、いい加減な対応をしてしまうのではよくないだろう。


 モンスターへの負担を抑えつつ、調査ができる方法は何があるだろうか。


「同じ草原なのに、ちょっと離れただけで生態が変わるなんて不思議だね……」

「アマロ地方のモンスターたちと全然違う」

 僕たちが現在いる場所は、王都が置かれているリムダ地方。


 接しているアマロ地方とあまり変わらない環境をしているが、こちらは丘陵が少ない平坦な草原地帯。

 身を隠す場所が少ない分、力の弱いモンスターは、外敵の目を逃れるための能力を身に着けたものが多いようだ。


「にしても不思議だなぁ……。系統としては同じスライムなのに、なんでグラススライムは単独行動を基本にしているんだろう。まあ、合体される心配はないし、突発的な危険性が無いぶん安心なんだけど」

 臆病なのだから、他の仲間と共に行動をすればよいというのに。


 逆に臆病すぎて、単独行動をしてしまうのだろうか。


「ソラさん。あそこに二足歩行のモンスターが居ますよ。木の棒みたいのを持ってますけど……」

「どれどれ? ああ、あれはリザードだね。手にした木の棒で見つけた獲物を叩き、気絶させて住処に持ち帰るんだ。大きな個体は人に襲い掛かることもあるから、注意が必要なモンスターだね」

 レイカが指さした先には、緑色の鱗を持つモンスターが居た。


 あの個体は人の子どもよりも小さいので、人を襲うことはない。

 放置しておいても問題はないだろう。


「わざわざ近寄る必要もないし、いまは遠目から観察するだけにとどめておこうか。いずれは獲物を狩る様子とかも見てみたいけどね」

 モンスターが獲物を狩る様子を記録しておけば、いざという時に活用ができるはず。


 襲われないに越したことはないが、自己防衛の知識が備わってさえいれば、襲われた際のリスクを大きく減らすこともできるだろう。


「さて、日が落ち始める前に家に帰りつきたいし、そろそろ調査は終わりにしようか」

 まだ日は高いところにあるが、季節は冬になりかけている。


 あっという間に日が落ちて暗くなってしまうので、早めの帰宅を心掛けなければ。


「はーい。また明日にでも調査しに行きます?」

「んー……。明日は集めた情報の整理をしようかな。今日に引き続いて悪いけど、明日もよろしくね」

「分かった。最高の絵を描く」

 明日の予定を聞いた姉弟は、不満げな様子を見せることなくうなずいてくれた。


 片付けも滞りなく終了し、ナナとスラランが待っている自宅に向かって歩き出す。

 ここはアマロ地方との境界辺りなので、すぐに見慣れた高原地帯となっていくだろう。


「どこに居るんだろうね……」

「焦ってもしょうがない。少しずつ探索範囲を広げていくべき」

 姉弟は、探している兄のことを話題にしていた。


 二人が見てきた範囲は、この大陸のほんの一部でしかない。

 レンの言う通り、少しずつ探していくしかないのだ。


「生きてる……。生きてる……よね……?」

「それは姉さんが信じ続けないとダメだと思う。兄さんに会いたがっているのは、何よりも姉さん――」

「そ、そこの方々! 止まってくださいましー!!」

 落ち込み始めたレイカをレンが励まそうとするのだが、その声を遮るように悲鳴が聞こえてきた。


 声が聞こえてきたのは後方らしく、驚きつつも振り返ると。


「ハァ……ハァ……。良かった……。気付いて頂き、助かりました……」

 フードを被った人物が、呼吸を乱しながら駆け寄ってきた。


 驚いたことに、その人物の身の丈はレイカたちよりもはるかに小さい。

 一メール程度しかないように見えるが、なぜそんな子どもが僕たちに助けを求めてきたのだろうか。


「ど、どうしたの? 大丈夫?」

「……異常事態?」

 姉弟は不安そうな様子を見せつつも、駆けてきた人物の心配をしていた。


 保護者らしき人物の姿は見当たらない。

 どこか遠くから走ってきたのだろうか。


「……説明している時間はありません! わたくしの配下がモンスターに襲われているのです! どうか、お力添えをしていただけないでしょうか!」

 子どもの訴えを聞き、遠方へと注意を向ける。


 だが、近くで争いが起きている気配は感じない。

 嘘を言っているとは思えないので、かなり遠方から走ってきたと考えるべきだろう。


「気になることはたくさんあるけど、モンスターと戦っている人はどこかな? 案内はできるかい?」

「もちろんですわ! ついてきてくださいまし!」

 子どもは駆けてきた方向に振り返り、走り出すのだが。


「は、はや!? なんだ、あの子!?」

 幼児程度の背丈だというのに、大人の全力に負けない速度を出していたのだ。


 僕たちも慌てて走り出し、子どもの後を追いかけるのだが。


「ま、待って……! は、速いよ……!」

 早速レンが音を上げ始め、レイカも何とか僕の後に追従してくるものの、ほどなく体力が尽きてしまうのは明白だった。


 カバンから魔導書を取り出し、素早くレイカたちに加速魔法をかける。

 こうすれば、全員であの子どもを追いかけることができるはず。


 しかし、僕でも距離を離されかける速度で走れるとは、一体あの子どもは何者なのだろうか。


「わたくし、走ることには自信があったのですが……。さすがにヒューマンの皆様には、追従されてしまうようですわね……!」

 ヒューマンの皆様には? 大人という言葉を使わずに、わざわざ種族名を使うということは――


「間に合った! 援軍をお連れしましたわ!」

 考え事に割かれかけていた脳を現実へと引き戻す。


 特に特徴のない草原で、一人の子どもが剣と盾を手に持ち、複数の生物と戦っている様子が見えた。

 あの生物は――


「コボルトか……! 草原地帯じゃ珍しい……!」

 真っ白い体毛を持つ四足歩行のモンスターたちが、子どもに飛び掛かろうとする様子が瞳に映りこんだ。

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