「スライムと似たプニプニとした体を持っているが、粘性がさらに強い特性を持つ。スライムと比較しても臆病なことから、その特性を利用して草を纏い、外敵の目をそらしているっと。こんなところかな」
草原に作られた小さな調査拠点。傍らには透明な大きいビンが置かれている。
飲み水を持ち運ぶための物だが、その中には水ではなく、スライムによく似た黄色い体色のモンスターが収められていた。
このモンスターの名はグラススライム。現在は黄色い可愛らしい姿をしているが、普段の姿はまるで動く草の球だ。
そんなグラススライムは、体を震わせながら僕が資料を作っている姿を見つめている。
捕獲された上にいつもの姿でもないので、怯えられてしまうのは当然だ。
「ソラさん。草はこれくらいで大丈夫?」
「んー。それだけあれば十分かな。ビンの中に入れてあげてくれるかい?」
作業を進めていると、レンが緑色の草を両手に乗せてやって来た。
彼の背後には、花を数輪持ったレイカの姿もある。
「私はお花も持ってきたんですけど……。どうでしょうか?」
「う~ん……。あくまで身を隠すために纏っているのであって、おしゃれのためじゃないからなぁ……。外敵に見つかりやすくなるだけだし、入れるのは止めてあげて」
僕の指摘に、レイカは残念そうな様子を見せていた。
そんな姉にクスクスと笑いつつ、レンはビンの中に草を投入する。
頭上から落下してくる草に気付いたグラススライムは、狭いビンの中で体を大きく動かし、勢いよく草を纏っていく。
先ほどまでは黄色の生物だったというのに、あっという間に緑色の生物へと変化してしまうのだった。
「これがグラススライム……。私たちが知っているスライムに近いかも……」
「こっちの方が、なじみがある」
姉弟が言っているのは、『アイラル大陸』に生息しているスライムのこと。
目の前にいるグラススライムと似た習性を持ち、草の代わりに雪を纏って行動するのだ。
「見たいものは全部見れたし、そろそろ逃がしてあげよう。いつまでも狭いビンの中じゃストレスも溜まっちゃうだろうしね」
ゆっくりとビンを傾け、大地へと転がす。
脱出口ができたことに気付いたグラススライムは、纏った草を散らしながら一目散に草原へと跳ねていくのだった。
「ちょっと可哀想だったかな……。臆病なモンスターの調査方法も、考えた方が良いかもしれないね」
攻撃的ではない、臆病なモンスターだからといって、いい加減な対応をしてしまうのではよくないだろう。
モンスターへの負担を抑えつつ、調査ができる方法は何があるだろうか。
「同じ草原なのに、ちょっと離れただけで生態が変わるなんて不思議だね……」
「アマロ地方のモンスターたちと全然違う」
僕たちが現在いる場所は、王都が置かれているリムダ地方。
接しているアマロ地方とあまり変わらない環境をしているが、こちらは丘陵が少ない平坦な草原地帯。
身を隠す場所が少ない分、力の弱いモンスターは、外敵の目を逃れるための能力を身に着けたものが多いようだ。
「にしても不思議だなぁ……。系統としては同じスライムなのに、なんでグラススライムは単独行動を基本にしているんだろう。まあ、合体される心配はないし、突発的な危険性が無いぶん安心なんだけど」
臆病なのだから、他の仲間と共に行動をすればよいというのに。
逆に臆病すぎて、単独行動をしてしまうのだろうか。
「ソラさん。あそこに二足歩行のモンスターが居ますよ。木の棒みたいのを持ってますけど……」
「どれどれ? ああ、あれはリザードだね。手にした木の棒で見つけた獲物を叩き、気絶させて住処に持ち帰るんだ。大きな個体は人に襲い掛かることもあるから、注意が必要なモンスターだね」
レイカが指さした先には、緑色の鱗を持つモンスターが居た。
あの個体は人の子どもよりも小さいので、人を襲うことはない。
放置しておいても問題はないだろう。
「わざわざ近寄る必要もないし、いまは遠目から観察するだけにとどめておこうか。いずれは獲物を狩る様子とかも見てみたいけどね」
モンスターが獲物を狩る様子を記録しておけば、いざという時に活用ができるはず。
襲われないに越したことはないが、自己防衛の知識が備わってさえいれば、襲われた際のリスクを大きく減らすこともできるだろう。
「さて、日が落ち始める前に家に帰りつきたいし、そろそろ調査は終わりにしようか」
まだ日は高いところにあるが、季節は冬になりかけている。
あっという間に日が落ちて暗くなってしまうので、早めの帰宅を心掛けなければ。
「はーい。また明日にでも調査しに行きます?」
「んー……。明日は集めた情報の整理をしようかな。今日に引き続いて悪いけど、明日もよろしくね」
「分かった。最高の絵を描く」
明日の予定を聞いた姉弟は、不満げな様子を見せることなくうなずいてくれた。
片付けも滞りなく終了し、ナナとスラランが待っている自宅に向かって歩き出す。
ここはアマロ地方との境界辺りなので、すぐに見慣れた高原地帯となっていくだろう。
「どこに居るんだろうね……」
「焦ってもしょうがない。少しずつ探索範囲を広げていくべき」
姉弟は、探している兄のことを話題にしていた。
二人が見てきた範囲は、この大陸のほんの一部でしかない。
レンの言う通り、少しずつ探していくしかないのだ。
「生きてる……。生きてる……よね……?」
「それは姉さんが信じ続けないとダメだと思う。兄さんに会いたがっているのは、何よりも姉さん――」
「そ、そこの方々! 止まってくださいましー!!」
落ち込み始めたレイカをレンが励まそうとするのだが、その声を遮るように悲鳴が聞こえてきた。
声が聞こえてきたのは後方らしく、驚きつつも振り返ると。
「ハァ……ハァ……。良かった……。気付いて頂き、助かりました……」
フードを被った人物が、呼吸を乱しながら駆け寄ってきた。
驚いたことに、その人物の身の丈はレイカたちよりもはるかに小さい。
一メール程度しかないように見えるが、なぜそんな子どもが僕たちに助けを求めてきたのだろうか。
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
「……異常事態?」
姉弟は不安そうな様子を見せつつも、駆けてきた人物の心配をしていた。
保護者らしき人物の姿は見当たらない。
どこか遠くから走ってきたのだろうか。
「……説明している時間はありません! わたくしの配下がモンスターに襲われているのです! どうか、お力添えをしていただけないでしょうか!」
子どもの訴えを聞き、遠方へと注意を向ける。
だが、近くで争いが起きている気配は感じない。
嘘を言っているとは思えないので、かなり遠方から走ってきたと考えるべきだろう。
「気になることはたくさんあるけど、モンスターと戦っている人はどこかな? 案内はできるかい?」
「もちろんですわ! ついてきてくださいまし!」
子どもは駆けてきた方向に振り返り、走り出すのだが。
「は、はや!? なんだ、あの子!?」
幼児程度の背丈だというのに、大人の全力に負けない速度を出していたのだ。
僕たちも慌てて走り出し、子どもの後を追いかけるのだが。
「ま、待って……! は、速いよ……!」
早速レンが音を上げ始め、レイカも何とか僕の後に追従してくるものの、ほどなく体力が尽きてしまうのは明白だった。
カバンから魔導書を取り出し、素早くレイカたちに加速魔法をかける。
こうすれば、全員であの子どもを追いかけることができるはず。
しかし、僕でも距離を離されかける速度で走れるとは、一体あの子どもは何者なのだろうか。
「わたくし、走ることには自信があったのですが……。さすがにヒューマンの皆様には、追従されてしまうようですわね……!」
ヒューマンの皆様には? 大人という言葉を使わずに、わざわざ種族名を使うということは――
「間に合った! 援軍をお連れしましたわ!」
考え事に割かれかけていた脳を現実へと引き戻す。
特に特徴のない草原で、一人の子どもが剣と盾を手に持ち、複数の生物と戦っている様子が見えた。
あの生物は――
「コボルトか……! 草原地帯じゃ珍しい……!」
真っ白い体毛を持つ四足歩行のモンスターたちが、子どもに飛び掛かろうとする様子が瞳に映りこんだ。