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襲われた二人

「走ってたんじゃ間に合わない……! 行け! ブロウファイア!」

 コボルトたちが子どもに飛び掛かろうとするのを見た僕は、火炎弾を生み出し、発射する。


 それは子どもとコボルトの間に着弾し、炎を散らす。

 突然の襲撃に両者ともに驚いたらしく、僕に注意を向けた。


「大丈夫!? 助けに来たよ!」

 素早く子どもとコボルトたちの間に割って入り、自分が戦うべき相手を目視する。


 コボルトであるのは確かなようだが、少しばかり小柄に見える。

 あまり考えている暇はないだろうが、ある程度は留意しておいた方がよさそうだ。


「シルバル! 無事なようですわね!」

「お嬢様……。お手数をおかけしてしまい、申し訳ございません……」

 背後では、子どもたちが会話をしている声が聞こえてくる。


 無事を確認しているようだが、いまは安全な場所に遠ざけるべきだろう。


「レン、その子たちを安全な場所へ。頼めるね?」

「うん、任せて!」

 レンに子どもたちの誘導を頼み、レイカにはそばに来るよう手招きをする。


「レイカ、一緒に戦おう。まだ訓練はほとんどできていないけど、君の力、見せてもらうよ」

「はい! ソラさんの魔導書、お借りしますね!」

 僕が譲った魔導書を開き、自分で選んだ剣を抜き取って、レイカは僕の隣に立った。


 気力は十分、あとは軽く強化魔法を使っておこう。


「コンフォルト!」

 筋力強化魔法さえ使っておけば、力の弱いレイカでも自由自在に剣を振れる。


 後は彼女が自分で判断し、戦ってくれるだろう。


「さあ、逃げてください! この場は僕たちが受け持ちます!」

「……申し訳ありません!」

 レンに導かれ、子どもたちはこの場から離れていく。


 これで懸念は何一つとして無くなった。


「三体注意を引く。残った一体は君に任せるよ!」

「はい!」

 唸り続けていたコボルトたちの一体が、レイカへと駆けよっていく。


 彼女の方が弱いと判断し、先に狙うことにしたようだ。


「させない!」

 レイカの前に立ちふさがり、剣の刃をコボルトに向けないようにしながら横なぎに大きく振る。


 攻撃は回避されてしまったものの、僕に向かって唸り声を発しだす。

 他のコボルトたちも同様なので、こちらに警戒を向けることができたようだ。


「左にいる奴は任せるよ」

「はい! アクセラ!」

 レイカは自身に加速魔法を付与すると、担当の相手に走り寄りつつ剣を振る。


 素早く躱され、距離を取られてしまったものの、彼女は追撃しようと追いかけていく。

 仲間を守ろうとしたのか、彼女に近寄り前足を振り下ろそうとするコボルトが一匹。


 だが攻撃が届くことはなく、空中へと吹き飛んでいった。


「よし、一匹。さあ、かかってこい!」

 振り上げた剣を構えなおし、残り二体のコボルトたちに向ける。


 動揺を見せたようだが、それでも威嚇は止まらない。

 まだ戦意は失われていないようだ。


「ガウッ!」

「おっとっと! 危ないぞっと!」

 噛み付き攻撃を回避し、攻撃してきたコボルトの後頭部に剣の腹をぶつける。


 その一撃で目を回したらしく、地面に倒れこんでしまった。


「これで二匹。レイカの方は……」

 注意を残りのコボルトからそらし、レイカの方へと向ける。


 視線の先では、彼女と別個体のコボルトが戦っている様子が見えた。

 攻撃を問題なく躱せているものの、彼女の攻撃もまた当たる様子がない。


 筋力強化魔法のおかげで剣の重さは気にならないはずだが、初戦ということもあってうまく戦えないのだろう。


「自分から無理に攻撃しに行かない。相手の動きをよく見て反撃するんだ!」

「は、はい!」

 レイカはコボルトから一度距離を取り、剣を構えなおす。


 彼女は戦いの素人。

 積極的に攻撃に回るよりかは、防御主体の方が戦いやすいはずだ。


「さて、こちらも終わりにしないと。ウインドショット!」

 風の魔法を詠唱し、残りのコボルトに向けて発射する。


 だがその子は飛んできた魔法をしっかりと視認し、直撃しないように回避してしまう。

 他のコボルトたちが倒されたことで、かなり慎重になっているようだ。


「それでも向かってくるのは止めないのか……。後に引けなくなったのか、それとも……」

 魔法が地面に着弾するまでを確認したコボルトは、僕に爪を振り下ろそうと大きく飛び上がる。


 魔法を使ったことで、次の攻撃にはすぐに移れないと判断したのだろう。

 その判断自体は決して間違いではないのだが。


「吹き飛べ! ウインドバースト!」

 先ほどの魔法は、まだ終わりになってなどいない。


 コボルトに直撃せず、地面に落着していた魔法は、その場で風の渦を作り続けていた。

 僕の言葉と共にその渦は一瞬のうちに膨れ上がり、突風を巻き起こす。


 発生した強風によってコボルトは体勢を大きく崩されてしまい、僕に爪を振り下ろすこともできず、地面に叩きつけられてしまう。

 三体目も動き出す様子はない。こちらの戦いは終了のようだ。


「ううう……! そこ!」

 レイカの援護に向かおうとした丁度その時、彼女の戦いも終了となった。


 彼女が持つ剣の峰が腹部に当たったことで、コボルトは地面へと倒れていく。

 動き出す様子を見せないため、他の子たち同様気絶したようだ。


「た、倒した……?」

 レイカは倒れたコボルトを警戒し続けている。


 そんな彼女に近寄り、ポンと肩を叩く。


「うん、もう大丈夫。頑張ったね、レイカ」

 警戒が解けたらしく、レイカは地面にペタリと座り込む。


 どうやら腰が抜けてしまったようだ。


「あはは……。情けないですね……」

「そんなことないよ。君は一人でコボルトを無力化した。胸を張って良いんだ」

 レイカは僕の言葉を反芻しながら、先ほどまでの出来事を胸に刻み込んでいるようだった。


 いまの経験を糧に、きっと彼女は強くなれる。

 僕はどれだけ、この子に教えることができるだろうか。


「ソラさん。この子たちってどうするんですか? みんな気絶しているみたいですけど……」

「どうにもしないよ。人の力を教えることは、十分できたからね」

 コボルトたちには、一度敗北した種族にはよほどの限り挑まなくなるという特徴がある。


 自身や仲間の身を守るためだと考えられているのだが、本当のところは分からない。


「ただ少し、気になる部分があってね……。大人のコボルトの姿が見えないんだ」

「大人……? まさか、この子たちって……」

 倒れているコボルトたちは、まだ子どもの個体。


 成熟した個体は人の大人と同程度の体長を持つようになるのだが、今回戦ったコボルトたちはレイカと同程度だ。

 状況的に、子どもの個体が狩りの練習をしていたと見たいのだが。


「練習にしろ、本番にしろ、監督役のコボルトがいるはずなんだ。子どもは群れの次の世代を担う存在だから、見守ってないとダメなんだけど……」

 何か事情があって、子どもたちだけで狩りに来た可能性はある。


 仮にそうだとしたら、この子たちの群れに何かが起きたということでもあるのだが。


「……あ! レンが子どもたちを連れて戻ってきましたよ」

「ああ、そうだったね。まずはあの子たちから色々聞く方が大事だね」

 レイカが指さした先に体を向けると、子どもたちがこちらに歩いてくる姿が見えた。


 何やら会話をしているようだが、もう仲良くなれたのだろうか。


「危ないところを助けていただき感謝いたします。えっと、大きい方がソラ様でよろしかったでしょうか?」

「あ、うん。ソラは僕だけど……」

 どうやら、僕たちが戦っている間にレンが紹介してくれたようだ。


 これならば、この子たちから事情を聴きやすくなる。


「わたくし、プラナムと申します。以後、お見知りおきを……」

 プラナムと名乗った少女は、右足を軽く曲げ、まるでドレスを持ち上げるかのような挨拶を行った。


 いまの彼女の行動は、貴族が挨拶をする時の所作に似ていた気がする。


「お嬢様の要望を受け入れて頂き、かつ私を助けて頂き、誠に感謝いたします。シルバルと申します」

 一方のシルバルと名乗った少年のお礼は、これといった特徴はなかった。


 二人とも見た目以上に言葉遣いがしっかりしているが、かなりの教育を受けてきたのだろうか。


「……では、そろそろ参りましょう。彼らのお邪魔をするわけにいきませんし、本日の寝床を探さなくては」

 言葉もそこそこに、お嬢様と呼んだプラナムさんのことを、シルバルさんは連れて行こうとして――


「いいえ、わたくし決めましたわ。あの件の依頼、この方たちにお願いしようと思います」

 きっぱりと断られていた。


 どうやら、変なことに首を突っ込むことになりそうだ。

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