「え、えっと……。僕が欲しいというのは、比喩でもなんでもなく……?」
「ええ。あなた様を我が国にお連れしたいのです」
プラナムさんからの相談というのは、僕を彼女たちの国に連れて行きたいという、常軌を逸した要望だった。
招待したいというわけではなく、移り住んで欲しいようだ。
「いくら何でもそれは……。無茶苦茶が過ぎますよ……」
ナナは呆れたような表情を見せていた。
彼女の言う通り、無茶苦茶な話だと思う。
まだお互いのことを理解しきれていないというのに、自分たちの国に住んでほしいと言われても困惑するだけだ。
「分かっております……! ですが、あと一歩踏み込むためには、どうしても魔法の力が必要なのです! 特に、他者に力を譲渡することに秀でたお方の魔法が!」
プラナムさんは真剣な眼差しで僕のことを見つめていた。
彼女は僕の魔法が気に入ったと言っていたが、話しぶりからして恐らく強化魔法のことだろう。
レイカを強化した時にその魔法を見たことで、好感を抱いたと言ったところか。
「魔法の力が必要……。もしかして、ゴブリンとドワーフの人たちって……」
何か気付いたことがあるらしく、レンは僕とプラナムさんの顔を交互に見つめた。
口に出していいことか、迷っているようだ。
「……ええ。お察しの通り、わたくしたちゴブリンとドワーフには、魔法を使える者がいないのです」
レンが言葉を発するよりも早く、プラナムさんは悲しげにつぶやいた。
僕もナナも、レイカもレンも当たり前のように魔法を使うが、実際に魔法を使用できる者はそう多くない。
僕たちが住むアマロ村内に限っても、使える者の方が少ないはずだ。
なぜ魔法を使える者が少ないのかと言うと、魔力を引き出し、操るための鍛錬を行っていないから。
決して、魔力を有していないからという理由ではない。
「魔法を使えるようにしてほしい、という依頼なら許容できなくもないんですけど……」
ある程度の鍛錬を積めば、得意不得意はあれど魔法を扱えるようになるはず。
だが、プラナムさんの話し方から判断するに、使える、使えないという次元ではないように思える。
僕たちの常識ではあり得ないことだが、彼女たちは魔力そのものを持っていないのではないだろうか。
「わたくしたちの国に来ていただくのは難しいと……」
「……僕にもやるべきことがありますので」
魔法を使うことが無くならない限り、僕はプラナムさんたちに縛られることになってしまう。
僕が成すべきことは、何一つとして達成できなくなる。
「……申し訳ありません。せっかく助けて頂いたというのに、図々しいお願いまでしてしまって。このお話は、取り下げ――」
「こちらからの条件をいくつか飲んでくだされば、お受けします」
「「「「「え?」」」」」
僕の発言に、この場にいる全員が素っ頓狂な声を出す。
断る雰囲気だったというのに、条件付きとはいえ受け入れようとしていることに驚いたようだ。
「ちょ、ちょっと、ソラさん!? そんなこと言って大丈夫なんですか!?」
「大丈夫。実は考えていることがあるんだ」
慌てて僕のことを止めにかかるナナに、笑顔を向けて答える。
できないというのは簡単だ。
だがそれを言ってしまえば、ここまでやって来たプラナムさんたちに申し訳が立たない。
「僕があなた方の国に赴くことは構いません。ですが、帰国のタイミングは自由。あなた方にも、これから行う作業に関わっていただくのであれば可能です。どうでしょうか?」
「定住することはできないと……。魔法を使える方が来ていただけるだけでも、こちらとしては喜ばしいことですから……。分かりました。要求分、受け入れさせて頂きますわ」
プラナムさんは、一も二もなく僕の要求は受け入れてくれる。
これで、僕が彼女たちに縛られることはなくなった。
「では、これから行おうと思っている作業についてですが……。魔力の保存法を模索したいと思います」
「魔力の……保存法……?」
プラナムさんの疑問にうなずきつつ、指先に小さな炎を生み出す。
「僕たち人が食料を食べて力としているように、魔法も魔力という力が必要なのはお分かりだと思います。補給が無くなれば、当然、力も失われていく」
指先に浮かんだ炎に魔力を流すのを止める。
炎は次第に小さくなっていき、熱も感じ取れなくなってしまった。
「魔力を大量に保存し、あなた方の国に持ち運ぶ。それが僕の計画です」
「なるほど……。確かにそうすれば、渡航することになっても自由に帰国できますね。ただ問題は、魔法を使える人を欲しているということですけど……」
ナナと共に、じっとプラナムさんのことを見つめる。
ここで彼女が何かしら手を打つと言ってくれなければ、今回の件はご破算。
この話は無かったことにさせてもらう。
「その後については、我々で模索しろということですね……。分かりました。誰でも魔力を扱えるようにする方法、必ず見つけ出してみせますわ」
「ええ、よろしくお願いします。それでは早速、色々と考えてみないといけませんね。念のため、魔法と魔力についての説明は聞いておきます?」
「お願いいたしますわ。少しでも知識が増えれば、何かしら気付くことがあるかもしれませんので」
プラナムさんの要求にうなずきつつ、説明をナナにお願いする。
当然、魔導士である彼女の方が魔法と魔力について詳しいので、ここは任せるべきだろう。
「では、説明をさせて頂きます。まず、魔力というのは――」
しばらくの間、ナナの講義が続くのだった。
●
「――というわけです。ご理解はいただけましたか?」
「あ……はい……。そこそこ……なんとか……?」
解説しきったことに満足そうにしているナナと、目をぐるぐると回しているプラナムさん。
講義をしている間に、ナナは今回の件と直接関係ないことまで話し出していた。
おかげで結構な時間となってしまったが、こちらはこちらで面白い案が浮かんだので良しとしよう。
「こんなに精密な物を作れるだなんて……。相当な技術力があるんですね……」
「恐れ入ります」
ナナとプラナムさん以外は、テーブルの片隅で実験を行っていた。
金属製の容器に魔力を封入し、しばらく時間をおいてから中身が霧散していないか確認し、保存の可否を調べるというものだ。
「ヒューマンの方々をお連れすることができなくとも、魔力を少量だけでもいただければと考えてはいたのです。まさか、実験という形で出番が来るとは……」
シルバルさんは、テーブルに置かれた筒状の金属容器を見つめている。
僕でも一抱えとなる大きさの物だが、出発する前に彼が作っておいた物らしい。
一体、どうやってここまで運んできたのだろうか。
「む? この容器程度であれば、一度に数個は持ち運びができますよ。我々はこのような見た目ですが、力には自信がありますので」
「な、なるほど……。怪力の種族と……」
一体、プラナムさんたちのどこにそんな筋力があるのだろう。
小さな見た目に反して、服を脱いだら筋骨隆々なのかもしれないが、あまり想像したくはない。
「この容器は鉄製なので、魔力との親和性が弱いことが懸念点ですね……。金や銀などの貴金属であれば、ある程度は保存が可能と言われているんですけど……。さすがにこの大きさの保存容器を作るとなると……」
ナナは金属容器を見つめながら解説をしてくれた。
膨大な資金を投入することになる上、希少性が高い金属なので、ここまでの大きさにすることができないのが問題だ。
この容器で保存ができれば、それが一番なのだが。
「そろそろ開けてみましょうか」
ナナが講義をしている間に魔力を封入したので、それなりに時間が経っている。
これで霧散しているのであれば、大陸の渡航など夢のまた夢だ。
祈りを込めながら金属容器の蓋を外し、中を覗き見るのだが。
「ダメか……。消えちゃってる……」
金属容器の中からは、魔力を微塵も感じ取ることができなかった。
僕の言葉を聞き、プラナムさんもがっくりと肩を落とす。
「やっぱり、普通の金属じゃ相性が悪いようですね……」
ナナも金属容器の中を覗き込み、唸り声を発していた。
やはり、多少無理をしてでも貴金属の容器を作るしかないか。
そんな考えを頭によぎらせていると。
「蓋の裏側……。取っ手と蓋が接合されている部分でしょうか? が、光ってますけど……。これは何でしょうか?」
「光っている?」
レイカは、先ほど取り外した金属容器の蓋を見つめていた。
彼女の言う通り、接合部分が青白くうっすらと輝いている。
「その部分にはミスリル鉱を使っております。非常に硬くて壊れにく――」
「ミスリル鉱!?」
シルバルさんの言葉を遮りつつ、大声を出してしまう。
僕のそばにいたレイカは、当然のごとく驚いていた。
「え、ええ。非常に硬くて壊れにくいので、補強として混ぜ合わせることがあるのですよ」
「ミスリル鉱の精錬どころか加工もできると……。この金属容器と同じ物を作ることはできますか?」
「もちろん可能ですわ! 我が国が有する冶金、加工技術は世界一と自負しておりますので! オーホッホッホ! でも、なぜミスリル鉱で?」
シルバルさんにした質問を、プラナムさんが高笑いしながら答えてくれる。
だが、ミスリル鉱で容器を作ろうとする理由までは分からなかったようだ。
「そうですね……。まず、ミスリル鉱には魔力を通しやすい性質があって――」
ナナが講義を再開する。
ミスリル鉱――
魔力を保持する硬い金属。
鉄以上に硬く、貴金属以上に魔力との親和性が高いことが特徴の金属。
普段は黒ずんだ鉱石だが、魔力が近くに存在すると美しく輝く性質を持っている。
「なるほど、ミスリル鉱にはそのような性質があったのですね……。便利な金属程度にしか考えたことがありませんでした……」
シルバルさんは、感心した様子でナナの説明を聞いていた。
ドワーフとゴブリンは魔法を使えないと言っていたので、ミスリル鉱の真価に気付けなかったのだろう。
「つまり、こういうことですわね。ミスリル鉱で作られた容器であれば、魔力を保存できる可能性がある。ですが、ヒューマンの方々ではそれを作る技術がない……と」
うん、うんとうなずきながら、説明をかみ砕くプラナムさん。
しばらくして、彼女は明るい笑顔を見せながら手をポンと叩く。
「では、わたくしたちがミスリル鉱で容器を作り、その中にソラ様が魔力を封入すれば……!」
「ええ。きっと、魔力を自在に持ち運ぶことができますよ」
同時にそれは、ヒューマンの技術を進歩させることにもつながる。
新たな一歩に立ち会えることに気付き、無性にワクワクしてきた。
「ですが、わたくしたちの大陸で使えるミスリル鉱床は、それほど多くありませんわ……。これと同形の物を作るとなると……」
希望を抱いた表情から一転、プラナムさんは暗い表情を浮かべる。
そんな彼女とは対照的に、僕の感情は希望に満ち溢れていた。
「さっきも言いましたが、ミスリル鉱は僕たちには扱えない物。つまり、現状では採掘するだけ無駄。掘られずに放置されている鉱床がたくさんあるんですよ」
わざわざ使えない物を取る必要は無い。
この大陸には、大量のミスリル鉱床が存在するのだ。
「では、ミスリル鉱を……!」
「ええ、取りに行きましょう。ここから一番近い鉱山……。オーラム鉱山に!」
ミスリル製の容器を作るために、ミスリル鉱を採掘しに行こう。