「なかなかにぎやかな食堂ですわね! こういった雰囲気、好きですわ!」
ここはアマロ村の共同食堂。僕たちは話が上手くまとまったことや、時間が遅くなっていたこともあり、スラランを含めた六人と一匹で食事をしに来ていた。
冒険が上手くいったことを喜び、仲間内で笑い合っている者。
窓際の席で景色を見ながら、一人ゆっくりと果実酒を楽しむ者。
あちらこちらのテーブルにも、同じように食事をしに来ている人々が大勢いる。
各テーブルから様々な料理の香りが漂い、共同食堂内は、僕たちが座っている席以上に混沌とした雰囲気に包まれていた。
「気に入っていただけて良かったです。庶民向けなので、どうかと思っていたんですけど……」
シルバルさんからお嬢様と呼ばれていたことや、貴族の挨拶に似た所作を行っていたことから、プラナムさんが地位の高い人物なのはほぼ確実。
そんな人物に見合う場所か不安に思っていたが、特に気にしてはいないようだ。
「こちらがメニューです。分からない料理もあると思いますので、興味を持っていただいたものはぜひ聞いてくださいね」
ナナが僕たちの前にメニュー表を配っていく。
同じ言葉を使っているので気にしてすらいなかったが、プラナムさんたちは僕たちの文字を読むことができるようだ。
使えるのだから読めるのは当然なことではあるのだが、僕はこの点に違和感を抱いた。
離れた大陸で暮らしているのに、なぜ文字も言葉も同じなのだろうか、と。
改めて考えてみると、ヒューマンとホワイトドラゴンも全く同じ言語を用いているのは、少々どころではない不自然さだ。
「ソラさん? 急に上の空になってますけど、どうかされました?」
「へ? あ、ううん。なんでもないよ」
ナナに声をかけられたことで現実へと引き戻される。
僕以外は、メニュー表を見ながら自分の食べる物を考えているようだ。
「このミートソースパスタというものが気になりますわね……。アマロピッツァという料理も興味を惹かれますわ」
「詳細が把握できていない以上、むやみやたらに注文するのは良くありません。自分が食べたいと思う物を注文した方が良いでしょう」
僕の向かいの席では、プラナムさんとシルバルさんが食べる料理の話し合いをしている。
左に顔を向けると、同じように相談をしているレイカとレンの姿が。
「私は……。やっぱり、ハンバーグかな。レンはどうするの?」
「サンドウィッチにする」
姉弟は何を食べるか決め終わったようだ。
考え事に耽りたくもあるが、僕も早く決めなければ。
「よし、決定。みんなも何を食べるか決まったみたいだし、店員さんを呼ぼうか」
テーブルに置いてあるベルを鳴らしてしばらく待つと、共同食堂の女将さんが近寄ってくる姿が見えた。
今回は彼女が注文の聞き取りをしてくれるようだ。
「今日はレイカちゃんとレン君の他にもお客さんがいるんだね! いっぱい食べていくんだよ!」
相変わらず、元気な女将さんだ。
それにしても、彼女が注文を聞きに来るのは珍しい。
普段であれば、厨房で調理を行っているはずなのだが。
「ソラ君たちが小さな二人組を連れてきていると、うちのもんが言っていてね。興味があって出てきたのさ。フードを被っているところを見るに、レイカちゃんたちと同じようなもんかい?」
「まあ、そういうことです。すみませんが、事情の詮索はなしでお願いしますね」
「分かってるさ! その代わりに、たくさん注文していっておくれ!」
着ているエプロンのポケットからメモを取り出し、注文を受ける準備を整える女将さん。
そんな彼女に、一人ずつ順番に食べたい物を伝えていく。
「ほい、次はそこのお嬢ちゃん! 注文は何だい!?」
女将さんはプラナムさんへと体を向け、注文を聞こうとする。
彼女も口を開いて注文をするのだが。
「わたくしは、このミートソースパスタと呼ばれる料理をお願いいたしますわ。それと、アマロワインを」
「ゴフッ……」
プラナムさんの注文に驚き、飲んでいた水を吐き出してしまった。
苦しむ僕をよそに、女将さんは彼女に呆れた表情を向ける。
「お嬢ちゃん、あんたいくつだい……。子どもに酒はまだ早いよ!」
年長者として、調理を担う者として、さすがに見逃せない言動だったのだろう。
確かに、子どもへの注意としては間違っていなかったのだが。
「子ども……。わたくしは二十五年生きていますが、こちらでは子どもに当たる年齢なのでしょうか?」
「「「「「二十五年!?」」」」」
プラナムさんのその言葉が、今日一日で何よりも驚いたことかもしれない。
●
「ふむ……。なかなかに美味しい料理ですわね。わたくし、気に入りましたわ!」
ミートソースパスタをパクパクと食べるプラナムさん。
食べ慣れていない料理のせいか、彼女の口周りはソースで赤く染まっていた。
「はしたないですよ、お嬢様。もう少しごゆっくりご賞味ください」
「ここは祖国ではないのですから、硬いことは言いっこなしですわ。……もう少し、刺激が強めの方が良いかもしれませんわね……」
シルバルさんがプラナムさんのことをたしなめるものの、彼女は気にする様子も見せず、テーブルに置かれている香辛料のビンを手に取る。
それを自身の料理にふりかけ、満足げな笑みを浮かべながら頬張るのだった。
「まだきちんとお礼も伝えていないというのに……。皆様、お嬢様に代わりお礼を申し上げます。我々の依頼を受けて頂き、誠にありがとうございます」
呆れ顔になりつつも、シルバルさんは食器を置いて立ち上がり、胸に手を当ててから僕たちに向けて頭を下げる。
「それと、改めて自己紹介を。私はシルバル。プラナムお嬢様の……傭兵です」
そう名乗るのと同時に、シルバルさんは頭を上げる。
執事や目付け役かと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
「ゴブ……。ゴホン! ゴホン! お二人の見た目からは、大きな違いは無いように見えますけど……。種族名が異なる理由があるんですか?」
レイカは公共の場で種族名を言いかけてしまったものの、何とかこらえつつシルバルさんに質問をした。
確かに、男女の違いで体格差はあるようだが、種族による違いがあるとは思えない。
僕たちの目では判断できない何かがあるのだろうか。
「種族的な差は全くありません。従事する職が異なるとだけ言っておきましょう」
シルバルさんはドワーフであり、金属容器を作ったのも自分だと言っていた。
となると、製造職を担う者がドワーフとなるのだろうか。
「大まかに言うと、開発、売買がゴブリン。採取、加工をドワーフが担当するようになっていますわ。シルバルも、どちらかと言うとゴブリン寄りなのですがね。以前従事していた職にどうにも心残りがあるようで」
「……お戯れを」
シルバルさんは若干悲しげな反応を見せたものの、それ以上のことは隠すようにコップに注がれた水を飲み下す。
沈んだ反応を示したところを見るに、あまり言ったり聞いたりしないでほしいのだろう。
興味が無いと言ったら嘘になるが、別の話題に変えた方が良さそうだ。
「あー……えっと……。いままでどのような物を作られてきたんですか? あの金属容器だけでなく、他にも作られた物は多々ありそうですけど」
「基本的にお嬢様の指示で製作を行うため、私自ら物を作ることはほぼありません。ご興味があるのでしたら、お嬢様に聞かれた方がよいでしょう」
そう言って、シルバルさんは食事を再開してしまった。
あまり質問攻めをして気分を害させてしまうのも良くないので、提案通りプラナムさんから話を聞くとしよう。
「様々な物を開発してきたので、どれから説明したらよいものか……。そうですわね、自動人形の研究や、自動で動く車の改良を行ってきましたわ!」
プラナムさんの口からは、僕たちの常識からは逸脱した言葉たちが飛び出してきた。
自動で動く車となると、引いたり押したりする必要がない乗り物だということは想像ができる。
だが、自動人形とは一体何なのだろう。
名の通り、自動で動く人形だとは思われるが、子どもが持つそれが勝手に動いたとしても、何かの助けになるとは思えない。
人形の口元が自然と動きだし、生気を感じさせずに動き回る様子を思い浮かべてしまい、体が震えだす。
不気味な想像を振り払うように頭を動かしていると、プラナムさんは少しだけ寂しそうな口調で話をつづけた。
「エネルギーや技術が足りなくて、どうしても完成に至れない物がたくさんありましたの。目下、研究中の物もそうなのですわ」
新しい力を加えることで、研究を進めることが彼女たちの最大の目的とのこと。
魔法にできることは多々あるので、新たな研究材料としてうってつけなのは確かだろう。
「今日この日、ソラ様方と出会えたことは僥倖だと思っております。魔法という力を借り、新たな領域へとたどり着くために、わたくしは歩みを止める気はありませんわ!」
プラナムさんは決意を込め、右手を天井に向けて突き上げた。
彼女ならば、きっと不可能を可能にすることができる。
出会って間もないというのに、なぜか僕はそう確信していた。