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第十章 鉱石を求めて

オーラム鉱山の異変

「オーラム鉱山に、コボルトの住処が?」

 プラナムさんたちと出会ってから一週間後の自宅にて。


 オーラム鉱山での採掘許可が出たことを、エイミーさんが伝えに来てくれたのだが。


「ええ、坑道を広げている最中に、コボルトの巣を掘り当ててしまったそうです。幸いにも襲われることはなかったそうですが、現在は各種作業を中止しています」

 書類に目を通しながら、オーラム鉱山で発生した問題を説明してくれる。


 ミスリル鉱石を採掘しに行く予定だったので、これは最悪なタイミングと言っていい。

 採掘をするにしても、戦うにしても、コボルトの群れと遭遇するのはご勘弁だ。


「エイミーさん。お話に矛盾がないでしょうか? なぜ作業が中止になっているというのに、私たちに採掘許可が下りるのでしょうか?」

 ナナが笑顔を見せながら質問をする。


 その眩しい表情とは裏腹に、かすかに開かれているまぶたから見える瞳は、全く笑っていなかった。

 どうやら彼女も、この話には裏があることを察したようだ。


「ソラさんたちに、鉱山での問題を解決して頂きたいと思いまして。そうすれば皆さんも、鉱士の方々も再び採掘ができるようになります。良いことづくめってわけです! まあ私は、思いっきり反対したんだけどね!」

 苛ついた表情を浮かべつつ、そっぽを向くエイミーさん。


 コボルト問題が噴出すると同時に、僕たちが採掘許可を求めて来た。

 丁度いいから全部任せるかとか、そういう雰囲気で決まったのだろうか。


 人手が足りないので仕方がない部分もあるのだろう。

 反対してくれた人がいるだけありがたいか。


「どうするんですか? 私もエイミーさん同様、反対ですけど」

 ナナは一応質問をしてきたが、受けないで欲しいと言いたげな表情を浮かべていた。


 あまりにもいい加減な話なので、僕も受けたくないという気持ちでいっぱいだ。


「みんなを危ない目に合わせるわけにもいかないし、オーラム鉱山での採掘は止めておこうか」

 暗に依頼は受けないとエイミーさんに伝える。


 僕だけでオーラム鉱山に行き、問題を解決してからミスリル鉱石を採ってくる形でも良いかもしれないが、僕では質が良いかどうかの見極めをすることができない。

 最高の素材をミスリル容器に使用したいので、どうしてもプラナムさんたちの知識が必要となってくるのだ。


 だからと言って、現在のオーラム鉱山に皆を連れて行けば、危険な目に合わせてしまうのはもはや明白。

 多少時間がかかっても、他のミスリル鉱石が出る鉱山で採掘をした方がよいだろう。


 なんてことを考えていると。


「……これは追加の情報なんだけどね、レイカちゃんとレン君が探している人物が、オーラム鉱山に向かったかもしれないんだ」

 先ほどまでの興奮した様子から一変、エイミーさんは真剣な面持ちで話をしだした。


 彼女の言葉に驚いていると、そばで話を聞いていたレイカが大声を出す。


「おに……。兄さんが見つかったんですか!?」

「情報提供者の話によると、フードで顔を隠した人物がオーラム鉱山のことを聞きにきたんだって。こと細かに質問をする変わった人物だったって、言ってたよ」

 レイカとレンが兄を探しているという話を、エイミーさんには伝えてある。


 僕たちがこの大陸を歩き回って探すより、彼女の情報網をも利用したほうが効率的だと判断したからだ。


「オーラム鉱山を調べる……。なるほど、そういうことですか」

 ナナは合点が行ったと言いたげな表情を浮かべていた。


 オーラム鉱山はこの大陸で最も有名な鉱山。

 子どもにも、学校なり様々な場所で教えられているほどだ。


 その鉱山をわざわざ誰かに尋ねてまで調べようとするのは、全く鉱山のことを知らない人物か、もしくはよほどの好事家といったところだろう。


「ただ、問題が噴出してから聞きに来たらしいから、解決するために情報収集していた赤の他人の可能性もあるんだ。結構広まりが早い話題だったから」

 最も有名な鉱山が作業を停止しているともなれば、なおさら広まるのは早いはず。


 腕に覚えがある人物が、名を上げようと行動している可能性もあるわけだ。


「……」

 レイカが黙って僕とナナのことを見つめている。


 彼女が考えていることは予想がつく。

 だが、それは――


「ダメだよ、レイカちゃん。エイミーさんが言っていたでしょ? 鉱山とコボルトの巣がくっついちゃったって。さすがにそんな所には行かせられないよ」

 ナナがレイカに諭すように話しかける。


 僕も彼女の言葉に同意しつつ、口を開く。


「せめて、コボルトの問題が解決してから探しに行こうよ」

 本音を言えば、すぐにでもレイカたちを鉱山に連れて行ってあげたい。


 だが、連れて行ったことで彼女たちにケガをさせてしまったら、という不安がどうしても生じてしまう。

 兄を探すチャンスは他にもある。いま、この瞬間にしかないということはないはずだ。


「兄さんがコボルトたちに襲われてしまう可能性も、あるってことですよね……?」

「それは……」

 うつむいて話すレイカの言葉を聞き、僕とナナはお互いの顔を見合わせてしまう。


 商人や、見学に来た一般人であれば、鉱山で働いている鉱士さんたちが必ず止めに入るはず。

 だが、剣等の武器を持った人物であれば、鉱山内に入れる可能性は十分にある。


 もちろん、確認はしてくれるだろう。

 だが中には、仕事が長期間できないことに耐えられず、入って欲しいと考えてしまう者もいるはずだ。


 入れてしまえば、確実にコボルトたちと相対することになるだろう。


「なら、私はオーラム鉱山に行きたいです! 兄さんを助けたい!」

 レイカは顔を上げ、懸命に訴えかける。


 その声に心が揺らぎだすのを感じていると、ナナはより強く僕のことを見つめた。

 レイカにどう返してあげればいいか、分からなくなってしまったようだ。


「ふぅ……」

 深呼吸をして、じっとレイカの目を見つめる。


 この質問を、僕がする時が来るとは。


「レイカ。君はお兄さんかもしれない人物を見捨てるのと、自分が傷つくこと、ずっと先の未来で思い返した時に、どっちだったら笑うことができると思う?」

「え? えっと……」

 極端な質問をしていると思う。


 だがこれは、選択をする上で必要なことの一部だと考えている。


「……見捨てたのに、笑うなんてことはできないと思います。たとえ自分がケガをしたとしても、助けずにいたことと比べたら……」

 レイカは自信なさげではあったものの、僕から目を離さずに答えてくれた。


 なら、僕が取るべき道も一つだ。


「そっか……。じゃあ、プラナムさんたちも連れて、みんなで一緒に行こうか」

「え……」

 レイカは僕の言葉に茫然とし、ナナは諦観の表情を浮かべながらも微笑んでいた。


「ミスリル鉱石を探し、コボルトたちの問題を解決して、レイカたちのお兄さんも探す。うん、とっても大変だ。でも、全部解決できれば、将来思い返した時に良い思い出になりそうだね」

 選択は必ずしなければならない。


 ならば、思い返した時に笑顔になれそうな方を選んだ方が良いはずだ。

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