「ここがオーラム鉱山……。なるほど、ソラ様から聞いていた通り、現在はお休みとなっているようですわね」
太陽が頭上で光り輝く昼時。僕たちはプラナムさんとシルバルさんを伴い、オーラム鉱山へとやって来ていた。
普段は鉱石を買いに来た商人や、鉱石を掘り当てた鉱士たちが会話をする賑やかな鉱山だというのに、今日は物音一つ聞こえてこない。
「施設の見学等もできるかと思っていたのですが……。とはいえ、外観を見て回るだけでも知見になるかもしれませんわね」
「お嬢様、一人で動くのは危険かもしれません。私も同行いたします」
プラナムさんは鉱山の様子を見て回るつもりらしく、僕たちを送ってくれた客車から真っ先に降りてしまった。
シルバルさんも彼女の後に続き、地面へと足を付ける。
「ま、待ってください! 二人とも!」
冒険者ギルドから僕たちが来ることは連絡されているはずだが、異種族が混じっていることは伝わっていない。
下手をすると面倒なことに――
「こちらにあるのが宿舎で、あちらの建物には煙突が……。つまり、あれが製錬所ですわね!」
「お待ちください、お嬢様! ソラ殿、申し訳ありません! 後程、合流いたしましょう!」
プラナムさんたちは、煙突がついている建物へと走り去ってしまった。
しっかり者のシルバルさんがついているので、恐らくは問題ないだろう。
同時に、不安が拭いきれないから追いかけようかなどとも考えていると、一人の人物が建物から出てくる姿が見えた。
「よう、ソラ。久しぶりだな。お前が来てくれたのか」
「親方。こんにちは、ご無沙汰しております」
僕に声をかけ、近寄ってきたのは、いかにも鉱士といった容貌をしている男性だ。
服に付いて落ちなくなってしまっている泥汚れ。
引き締まった体に丸太より太そうな両腕。
それらが熟練の鉱士であることをうかがわせる。
彼は、この鉱山で鉱士たちを取りまとめている親方だ。
「大人が二人に子どもが四人来る。話を聞いた時には嘘だろと思ったんだが……。いまからでも夢だって言ってくんねぇか?」
「お気持ちは分かりますが、夢じゃなくて現実ですよ」
僕の言葉を聞き、親方は呆れた様子で客車と製錬所を交互に見つめていた。
どうやらエイミーさんは、プラナムさんたちのことを子どもということにしたようだ。
確かに見た目は、その通りではあるのだが。
「魔法剣士であるお前さんが来てくれるのはありがたいんだが……。コボルトの巣が見つかったってのに、子どもを連れてくるのも、それを許可する側もどうなんだ……」
親方にため息を吐かれてしまった。
この状況を見て、不安にならない方が不自然だろう。
「すみません、どうしても連れてくる必要があったんです。それよりも、僕たちより早くここに来た方はいませんでしたか?」
あまり言われすぎると辛くなってくる。
僕たちの目的の一つである、レイカたちの兄の情報が無いか聞いてみるとしよう。
「ああ、今朝方に一人来たぜ。コボルトを退治しに来たと言っていたから、お前さんの仲間かと思ったんだが……。その様子だと違うみたいだな」
ここを訪れた人物がいるようだ。しかもよりによってコボルト退治に。
探している人物なのか、それとも――
「その方は、男性でしたか……?」
第三者の声に振り返ると、いつの間にかレイカが僕たちのそばにやって来ていた。
彼女は親方から視線を向けられるのだが、それに不安を抱いたらしく、僕の陰に隠れようとしてしまう。
「僕の家に居候をしているレイカです。ほら、忘れちゃったのかい?」
「あ……! はい、分かりました……!」
声をかけると、レイカは大きく深呼吸をしながら僕の陰から出てきた。
王都での出来事を思い出してくれたようだ。
「れ、レイカです。すみません、ご挨拶もなしに……」
親方に向かって頭を下げ、自己紹介をしてくれる。
おどおどとしつつではあるものの、少し慣れてきただろうか。
「レイカか、よろしくな。俺はこの鉱山の監督……。まぁ、ソラも含めて大体の奴から親方と呼ばれているぜ」
親方は右手をレイカの前に伸ばして握手をしようとしたが、彼女がその手を取ることはできなかった。
接触が可能になるまでは、もうしばらく時間がかかりそうだ。
彼女が抱えている事情をそれとなく説明しつつ、僕たちの目的を伝えることにした。
「なるほど。レイカの兄貴がこの鉱山に来たかもしれないと。だが、その期待には応えられねぇかもしれねぇな……」
「となると、その人物は女性の可能性が高いんですか?」
僕の質問に、親方は首を傾げながらうなずいた。
要領の得ない答え方だが、何か引っかかる点でもあるのだろうか。
「フードを被っていたうえに、目元以外を布で覆っていたからはっきりとはわからねぇんだ。それに加え、奴はローブを身に纏っていた。体格から判断すんのも、ちっと厳しいな」
親方の話によると、身長は僕より少し低い程度。それほど細い体には見えなかったらしい。
僕の身長は男性の平均程度なので、背が高めの女性であれば届く範囲だ。
「それらに加え、奴は男寄りの言葉遣いをしていた。声質は女のような気もするんだが、そういった声を出せる男もいるわけだしな……」
「そうですか……」
直接会ってみないことには分からないと言うことか。
当てが外れる可能性は高そうだ。
「その人物はどこに? もしかしなくても、既に坑道内に?」
「そのとおりだ。奴は俺たちから話を聞くと、さっさと坑道内に入ろうとした。一人じゃ危ねぇって、止めたんだけどな。そしたら、奴はこう言いやがったんだ」
親方は坑道に顔を向け、小さく続きをつぶやく。
「私は一人だ……ってな。特に変わった言葉ではなかったんだが、寂しげに思えたな」
「ここに来るまでの間に、何かあったんでしょうかね……?」
興味を引く話ではあるが、事情も知らないのにあれこれ想像するのは良くない。
気になるのであれば、会った時に直接聞いてみればいいだけだ。
「ソラさーん。お会計と、荷物を運び出すのは終わりましたよー」
声に振り返ると、ナナとレンが僕たちの荷物を持ってこちらに歩いてくる姿が見えた。
親方との会話中に、色々済ませてくれたようだ。
「ごめん、全部任せちゃって……。レンも運んでくれてありがとう。重くなかったかい?」
「どうってことない」
荷物を大地に置き、えへんと腰に手を置くレン。
言葉とは裏腹に、少しだけ息が荒れているようだ。
「聞いた話を二人にも共有しておかないとね。この坑道にやってきた人物は――」
ちょくちょく親方に補足を入れてもらいつつ、ナナとレンに説明をする。
二人は質問を交えつつ、話を聞いてくれた。
「――というわけで、もしかしたら当てが外れちゃう可能性もあるんだ。僕は変わらず坑道の様子を調べに行くけど、レイカとレンはどうする?」
姉弟たちに、坑道の探索についてくるか尋ねる。
すると、レイカは坑道を見ながらこう言った。
「兄さんなのか違う方なのか、いまはあまり考えていません。それよりも、私は一人で鉱山に入った人を探したい。足手まといかもしれませんけど、私も連れて行ってください」
青く輝く瞳に迷いはなかった。
誰かを助けたいという思いがこれほどまでに強く出るというのに、ヒューマンと触れ合うことは苦手とするのだから不思議なものだ。
だがそれが、レイカという少女なのだろう。
「分かった。レンはどうする?」
レンはカバンに入れていた小さな杖を取り出すと、それをクルクルと回しながら不敵な笑みを浮かべる。
「みんながケガをしたら、誰が治すの?」
どうやらついてくる気満々のようだ。
ナナも回復魔法が使えるとはいえ、基本的には攻撃魔法が主だ。
坑道内では何が起きるかわからないので、レンがついてきてくれるのはありがたい。
「当然、わたくしたちもついていきますわ!」
製錬所方向から聞こえてきた声に振り返ると、プラナムさんとシルバルさんが近寄ってくる姿が見えた。
この場で待っていて欲しいという気持ちもあるが、正直なところ、異種族である彼女たちから長時間目を離すのは少々不安がある。
二人がおかしなことをするとは思っていないが、ふいに正体がばれてしまった場合を考えると共にいた方が良いだろう。
「おいおい。本当にこのメンバーでコボルトの巣に行こうってのか? レイカとレンは戦う技術があるみたいだが、そっちのちびっ子二人組はどう見ても戦力にならねぇだろ」
「ちびっ子とは失礼ですわね! ちゃんと戦う用意は整えてありますわ!」
親方の言葉に反論しつつ、プラナムさんはくるりと背を向ける。
彼女は、先端に穴が開いた円筒状の謎の物体を背負っていた。
「銃と呼ばれる武器です。大砲を手で持てるサイズにまで、小型化した物とでも思っていただければよろしいですわ」
小型化した大砲ということは、相手を狙い撃つ武器ということになるのだろう。
だが、そのような武器を持っているのであれば、僕たちと出会った時にコボルトたちから逃げる必要は無かったのではないのだろうか。
「複数の相手との戦いは不得意でして。それに、追い立てられている状態で狙いをつけるのは難しいので、あの場でのわたくしは、ただのお荷物だったのですわ」
剣であっても逃げながら戦うのは難しい。
狙いをつけなければならない武器であれば、なおさらか。
「今回はシルバルだけでなく、ソラ様方もおられます。味方が多ければ多いほど、この武器は真価を発揮できますので! ドーンと、お任せくださいませ!」
自身の胸を叩き、ニヤリと笑みを浮かべるプラナムさん。
ここまで自信たっぷりなのであれば、問題はないのだろう。
「まさか、あなたに宣言した通りになってしまうとは。私が言ったからそうなったのか、あなたが引き寄せたのか。一体どちらなのでしょうね」
小さくため息を吐きながら、シルバルさんは坑道に向かってゆっくり歩きだす。
宣言というのは、アマロ村の宿屋でのことだろう。
何かあったら盾になると言っていたが、まさか本当にそうなってしまうとは思っていなかったようだ。
「どちらにしても、皆様を守ることに変わりありません。襲い来る敵は、我が剣と盾で抑えます」
振り返らずにそう告げるシルバルさんの背は、小さいながらも頼もしさを感じる。
きっとプラナムさんだけでなく、多くの人たちを剣と盾で守ってきたのだろう。
「というわけで、僕たちは坑道内に入ります。うまく行くよう、願っていてくださいね」
呆れた表情をしている親方に手を振りつつ、坑道の入口へと移動して様子を調べる。
穴の奥からはジメッとした空気が流れ、細かな粉塵が宙を舞っているようだ。
長時間の探索は、身体に悪影響を及ぼすかもしれない。
「僕とシルバルさんが前を。ナナは後ろを見てもらって、レイカとレン、それとプラナムさんは真ん中に入ってついてきてください」
「了解ですわ!」
「「「了解!」」」
坑道探索、開始だ。