「少しぬかるんでる……。気を付けて」
オーラム鉱山坑道内の探索を始めて十数分が経過したが、いまのところ異常は見当たらなかった。
人の気配は当然なく、モンスターの痕跡も見つからない。
ただひたすらに薄暗い、迷路のようにうねりくねった坑道を、僕たちは歩き続けていた。
「ハァ……。皆様は体が大きくてうらやましいですわ……。ついていくのが大変です……」
プラナムさんは大きく息を吐きつつ、そうつぶやいた。
体が小さくも筋力は高い彼女たちだが、体力面はそれほどでもないらしい。
彼女たちにとっては早歩きを続けていたようなものなので、疲労の蓄積は著しいのだろう。
少しばかり、歩く速度を下げた方が良さそうだ。
「至極当然でありますが、我々が作っている坑道と比べても広いですね。広いというのは、体の小さな我々にとっては有利です。存分に剣を振ることができるので」
シルバルさんは、腰に下げている剣に触れながらそう言った。
小さいというのは、欠点だけでなく利点もあるようだ。
坑道内で戦う可能性は十分あるので、彼らの邪魔にならないよう、支援に徹した方が良いかもしれない。
「コボルトだけでなく、他のモンスターが坑道内に入り込んでいる可能性はあります。お二人とも、警戒は怠らないようにしてくださいね」
「もちろんさ。坑道の脇道からモンスターが襲ってくる可能性もあるから、ナナもよく見てあげてね」
鉱石を採るために伸ばした坑道が枝葉のように広がっているため、通りすぎた通路に隠れていたモンスターが背後から襲ってこないとも限らない。
直接的な戦闘に慣れていないナナに最後列を任せるのは危険だが、他のメンバーも戦い慣れているとは言えないので、必然的にこうなってしまうのが問題だ。
レイカが技術を身に付ければ彼女に任せるのだが、無い物ねだりをしてもしょうがない。
「む……? 異音が奥から聞こえてきます。皆さん、ご注意を」
シルバルさんは歩みを止めて剣と背負っていた盾を手に取ると、坑道の暗闇を睨みだした。
彼と同様に警戒しつつ耳を澄ませると、確かに異音が聞こえてくる。
複数のバサバサと羽ばたくような音と共に、つるつるに磨いた床と靴がこすれ合った時に出るような音。
これらの音を出せるモンスターは――
「多分、コウモリ系のモンスターだ! みんな、注意して!」
言葉を聞いた皆が戦闘態勢を取る。
僕は剣を抜くことはせず、魔導書だけを取り出していつでも魔法を使えるように準備を行う。
そうこうしている内に、坑道の奥からは複数の赤い光がうごめきだし、異音も大きくなってきた。
「堅牢なる守りを……。プロテク!」
シルバルさんに向かって防御魔法をかけると、彼の体の周りには薄いオレンジ色の膜が出現する。
防御魔法に異常が出ているようには思えない。
強化魔法も問題なく使えると良いのだが。
「その膜が出現している間は、シルバルさんのことを守り続けてくれます。存分に戦ってください!」
僕の言葉と同時に、複数のモンスターが闇の中から現れる。
羽ばたく音が聞こえてきたとおり、そのモンスターは翼を持っていた。
頭部には耳が生え、口の隙間からは凶悪な牙が覗いている。
コウモリ系のモンスター、ブラッドバッド。
生物の血を吸う習性があり、人にも襲い掛かることがある獰猛なモンスターだ。
放置しておけば、鉱士さんたちも襲われてしまうかもしれない。
確実に退治したほうが良いモンスターだ。
「注意は私が引きます。攻撃はお願いします!」
言葉と共に、シルバルさんはブラッドバットたちの中心に飛び込んでいった。
注意を引くのは彼に任せるとして、僕たちもできることをしなければ。
「このモンスターは退治するよ! 作戦通り、レイカはシルバルさんの援護を――」
「お待ちください!」
指示を出そうとしていると、プラナムさんに止められてしまう。
警戒は崩さず、彼女の声に耳を傾ける。
「この場はある程度の広さがあるとはいえ、複数で戦うには狭すぎます。お二人で剣を振り回すことになれば、お互いを傷つけたり、坑道の壁にぶつけてしまったりする可能性が高まりますわ」
確かに、レイカも戦いに混ざるには少々狭い。
戦いに慣れていない彼女では剣を壁にぶつけ、動揺している間に攻撃を貰う可能性があるので、前に出すのは危険かもしれない。
だからと言って、シルバルさん一人で戦わせるわけにはいかないのだが。
「そこで、わたくしの銃ですわ! 遠距離からの攻撃が可能ですので、お互いを巻き込まずに戦えるのです! 誤射をしない限りは」
「誤射をしない限りって……。それは十分問題点な気がするんですけど……」
モンスターたちを倒すことができたとしても、シルバルさんまで倒れてしまうのでは意味がないだろう。
他に良い作戦が無いか考え始めていると。
「まさか、ソラ様の防御魔法はわたくしの弾一発にも耐えられないのですか?」
「……なんですって?」
小さな弾一発くらいで、僕の防御魔法が壊れるわけがない。
支援魔法を扱う者として、プラナムさんの言動は見過ごせなかった。
「あ、あの~? ソラさん……?」
「レイカは待機してて。いいね?」
「あ、はい……」
声をかけてきたレイカに短く伝え、モンスターたちと戦っているシルバルさんへと体を向ける。
「プロテク!」
再度防御魔法を使ったことで、ダメージを受け始めていた膜が修復される。
モンスターの攻撃にも、プラナムさんの銃の攻撃にも負けるものか。
「さあ、行きますわよ! 我々ゴブリン技術の粋を集めた銃の力、とくとご覧くださいませ! あ、お耳は塞いでおいた方がよろしいですわよ!」
言うが早いか、銃を構えたプラナムさんは飛んでいるブラッドバッドに狙いをつけ――
「そこです!」
激しい破裂音が発生し、思わず耳を塞いでしまう。
銃からは、白い煙がゆっくりと立ち昇っていくのが見えた。
「命中しましたわ!」
シルバルさんが戦っている場所に慌てて視線を移すと、地面に向かって落ちていくブラッドバッドの姿があった。
モンスターを、しかも飛行中だというのに一撃で仕留めてしまうとは。
銃の威力もそうだが、プラナムさんの腕自体もかなりのものがあるようだ。
「さあ、まだまだ行きますわよ!」
命中したことで気分が高揚したのか、連続して射撃をしようとするプラナムさん。
ところが――
「しまった! お嬢様!」
ブラッドバッドたちの一体が抜け出し、プラナムさんに向かって飛んできた。
さすがに複数を抑え込むのは不可能だったようだ。
「させません!」
レイカが飛び出し、剣の峰を使ってブラッドバッドに攻撃をする。
その一撃は翼へと見事に当たり、地面へと叩き落とすことに成功した。
「やるね、レイカ! じゃあ、僕も……。サイレント!」
プラナムさんに向かって魔法を使用する。
彼女が持つ銃は、半透明の膜に包まれるのだった。
「おや? この魔法は何でしょうか?」
「音を消す魔法です。恐らくですが、ブラッドバッドは先ほどの音に反応して、プラナムさんに向かってきたんです」
視界の悪い場所に住むモンスターは、聴覚を利用して行動をする場合が多い。
大きな音に率先して反応を示すのであれば、その音の出所のみを消せばいいだけ。
パナケアとのやり取りで覚えた新たな技術だ。
「素晴らしい! 全く耳が痛くなりませんわ!」
解説を聞いたプラナムさんは、早速ブラッドバッドたちに銃を向けていた。
銃の欠点が無くなったことに喜ぶ気持ちは分かるが、あまり嬉しそうにモンスターを撃たないでほしい。
傍目から見ていると、恐ろしい以外の感想が思いつかない。
「それ! それ、それ!」
プラナムさんの射撃により、ブラッドバッドは一体、また一体と地面に落ちていく。
そして――
「やりましたわ! 我々の大勝利! 皆様、お疲れ様ですわ!」
最後の一体を撃ち抜いたプラナムさんは、僕たちに労いの言葉をかけてくれた。
武器をしまいながら、シルバルさんも坑道の奥から戻ってくる。
「申し訳ございません。一体、取りこぼしてしまいました……」
「お気になさらないでください。シルバルさんが他のブラッドバッドたちを抑えてくれていたおかげで、何の損害も出ませんでしたから。こちらこそ、ありがとうございました」
「「「ありがとうございました!」」」
僕の言葉に続き、家族たちがお礼を言う。
シルバルさんは照れ臭そうに後ろを向き、プラナムさんはその行動をいじりだす。
まだまだ坑道は続くが、皆で力を合わせれば大丈夫。
僕は、そう確信するのだった。