「疲れてきちゃった……。最深部、まだ……?」
「ハァ……。フゥ……」
弱音を吐きながら無造作に落ちている石に座り込むレンと、口で呼吸を始めるレイカ。
ブラッドバッドを退けた後も何度か戦闘があり、坑道内に侵入してからの時間もかなり経過している。
まだ成長しきっていない子どもたちには辛いだろう。
「わ、わたくしも、少々休憩させていただいても……。よ、よろしいでしょうか……?」
疲れが出てきているのは、子どもたちだけではなかったようだ。
プラナムさんも膝に手を付けながら、肩で息をしていた。
少しばかり休憩を入れた方が良いが、ここでは危険すぎる。
確か、この先に――
「もう少し進んだ先に、採掘中の鉱士さんたちが休むための部屋があるんです。そこまで行けますか?」
プラナムさんは無言でうなずき、レンもゆっくりと立ち上がってくれる。
進むべき道からそれ、脇道の坑道へと入っていく。
モンスターが居る気配は感じられなかった。
しばらく歩き続けると、正面に木製の扉が。
警戒しながらそれを押し開くと、室内は袋小路となっており、複数のテーブルや椅子が置かれていた。
「ここで一時間ほど休憩しましょう。僕が見張りをしますので、みんなは休んでいてくださいね」
皆が部屋に入ったのを確認し、見張りをするために適当な椅子を持って部屋の外に出ようとすると。
「ソラ殿。私も見張りをいたしましょう」
シルバルさんがこちらに歩み寄り、そう言ってくれた。
だが彼は、モンスターたちとの戦いの場に率先して出てくれていたので、見張りまでさせるわけにはいかない。
「あんなにたくさんのモンスターの注意を引いてくれたじゃないですか。相当疲れが溜まっているはずですよ」
肉体的な疲労もそうだが、精神的な疲労は相当なものとなっているだろう。
この後のことも考えると、休んでもらう以外に選択肢はない。
「しかし……。いえ、お気遣いありがとうございます。申し訳ありませんが、見張りをよろしくお願いいたします」
そう言うと、シルバルさんは置かれている椅子に座って目を閉じた。
このまま坑道最深部に進めば、最悪、コボルトの群れと戦うことになる。
彼には万全の状態でいてもらわなければ。
「あの……。ソラさん」
「ん? どうかしたかい?」
今度はレイカがおずおずと話しかけてきた。
どことなくそわそわとしている様子だが。
「私たち、休んでいて良いのでしょうか……? 私たちよりも先に鉱山に入っていった方を追いかけないと、手遅れになってしまうんじゃ……?」
レイカは不安そうな表情を浮かべながらそう言った。
坑道に入ったという人物は、まだ見つかっていない。
長時間の探索による焦りもあり、早く見つけたいという思いが強くなっているのだろう。
「だからと言って、万全でない状態でコボルトの巣に入ったら、どうなるかは君も分かるでしょ?」
「分かってはいます……。けど……」
不服そうに顔を下げられてしまった。
件の人物が、姉弟の兄ではないという確証もまだ出ていない。
兄がコボルトたちと戦っていたらと思うと、気が気でないのだろう。
すぐそばにいるのに助けられない。そばにいるのに何もできない。
僕たちが五年前に抱いた気持ちを、レイカには味わってほしくないのだが。
「レイカもしばらく休んで。疲れていると、不安なことをどんどん考えるようになっちゃうから」
小さな肩をポンポンと叩き、空いている椅子に指を向ける。
どのような理由があるにせよ、万全ではない状態で動くわけにはいかない。
「分かりました……。少し、休みます……」
レイカは椅子に座ると、カバンから水筒を取り出してゆっくりと中身を飲みだした。
これで後は、僕が一時間頑張れば――
「ソラさん? あなただけに負担をかけさせたりしませんからね? 私も見張りをさせて頂きます」
今度はナナが僕に声をかけてきた。
彼女も魔法を使ってもらう必要があるかもしれないので、休んでいてほしいのだが。
「それを言うならあなたも、でしょう? あなたの強化魔法には、みんな助けられているんです。いざという時、魔力が尽きたりでもしたら大変ですよ?」
「それは……。分かった、じゃあ三十分で交代しようか。僕が先に見張りをするから、君は後をお願いするね」
椅子を部屋の外に持ち運ぼうとしていると、ポケットに何かを詰め込まれる。
取り出してみると、何やらお菓子が入っているようだ。
「時間になったら出ていきますので、気を付けてくださいね」
「うん、ありがとう。それじゃあね」
ナナの配慮に感謝をしつつ、部屋の外に出る。
ランタンを地面に置き、椅子に腰かけ、暗闇に目を凝らす。
モンスターの気配も、人の気配も感じない。しばらくは静かな時間が続きそうだ。
「ドライフルーツか……。さて、これを食べながら、三十分間気張りましょうかね」
ナナ特製のドライフルーツを口に放り込み、ゆっくりと咀嚼する。
砂糖の甘みと果実の甘みが、疲れた体に染み渡っていった。
●
「そろそろ三十分経ちますよ。交代しましょう」
虚無感に包まれかけた頃、ナナが木製の扉を開けて部屋の中から出てきた。
僕は首を傾げ、ドライフルーツが入っている小袋を覗きこむ。
「なんで小袋を覗いているんです? 足りなかったんですか?」
「いや、そうじゃなくて……。なんか、時間経過が早かったなぁって思ってさ」
交代の時間が来ると同時に食べ終わるように、ドライフルーツを口にしていたつもりだったのだが、袋の中には結構な数が残っている。
光のない暗闇を見続けたせいで、体内時計が乱れてしまったのだろうか。
「まあ、残ってる分には良いじゃないですか。休憩中に食べればいいんですから」
「それもそうか。んじゃ、次の見張り、お願いするね」
「任されました。ゆっくり休んでくださいね」
見張りの役目をナナに譲り、部屋に入る。
部屋の中では、女性陣はドライフルーツを食べながら会話をし、男性陣は眠っているなど、各々自由に過ごしていた。
「お疲れ様ですわ。ささ、ナナ様が作られたお菓子、お召し上がりください」
プラナムさんが僕のことを労いながら、ドライフルーツが入った箱を手で指し示す。
彼女に頭を下げながら空いている椅子に座り、体を伸ばしてあくびをしていると、壁に掛けられている時計が目に入った。
「十……十五……。あれ? 二十分しか経ってない? まだ僕が見張りをしていないといけない時間じゃないか」
ナナだって疲れているだろうに、これでは不公平だ。
そう考え、立ち上がって部屋の出口に向かおうとすると。
「ソラさん。ナナさんがコボルト問題を解決するために、みんなと話し合いをしてほしいって言ってましたよ」
レイカはそう言って、僕を呼び止めた。
本当に、ナナの洞察力には敵わない。
暗闇の中では出せなかった答えも、皆と話せば出るだろうか。
「お菓子を味わいながら、休憩してくださいませ。暗闇の中で目を凝らしていたのですから、かなりお疲れのはずですわ」
「そうですね、分かりました」
勧めに従い、元いた椅子へと戻る。
ドライフルーツを口に含み、ゆっくりと味わっていると、頃合いを見計らっていたプラナムさんが声をかけてくれた。
「それでソラ様は、今回の問題をどのように解決しようと思っているのでしょうか?」
「コボルトの巣と、坑道がつながってしまった場所を封印したいと考えています」
コボルトの巣と鉱山がつながってしまったのなら、その箇所を封印してしまえばお互い干渉しあうことはなくなる。
術式は考えてあるので、障害がなければ問題なく封印できるはずだ。
だが、それは――
「それは、鉱士の方々に耐えることを強いる、ということでしょうか?」
プラナムさんの指摘に、少し動揺をしながらゆっくりとうなずく。
鉱士さんたちは鉱石を採るために坑道を広げていただけであり、コボルトたちを襲撃したいという考えは微塵もない。
彼らにも生活があるのに、それを邪魔してもいいのだろうか。
「だからって、コボルトさんたちの暮らしを破壊するのも、違いますよね……?」
今度はレイカが声を発した。
コボルトたちもまた、ただ暮らしていただけ。
だというのに、人が勝手に押し入って、彼らの住処を奪うのも違うだろう。
「以前、プラナムさんたちに襲い掛かったコボルトたちは子どもでしたが、今回は成獣が主です。人の集落に比較的近い場所ということもあり、群れが人をも襲うタイプであれば、退治をすることになると思います」
人に危害を加えるというのであれば、こちらも容赦をすることはできない。
僕は人だ。命の取り合いとなれば、人の味方をするのは当然だ。
「……安心しましたわ。どんな状況でも、モンスターの味方をするかと一瞬思ってしまったので」
「スラランと一緒に暮らしているとはいえ、そんな思考には至りませんよ。あくまで友好的な可能性があると仮定しているからこそ、悩んでいるわけですから」
友好的なモンスターの命を奪うなんてことはしたくない。
互いの立場を尊重できる案があれば、それを採用したいだけなのだ。
「知ることが大事なのかなと思います。どんなコボルトたちなのか、どうしてそこに住んでいたのかが分かれば、住みやすい場所を探してあげることもできるのでは?」
「移住か……。スラランの時と同じ手段はとれるかもしれないね。ただ、鉱士さんたちには待ってもらわなければならない。その間をどうすればいいかということも考えなきゃだから……」
あの時は時間に余裕があったから良かったものの、今回の件にはそれがない。
人の暮らしに直接影響していること。
しかも一つの集落規模ではなく、大陸全体に関わる問題。
時間がかかればかかるほど人々の暮らしが逼迫することになり、最終的には強硬手段に出ざるを得なくなるだろう。
「お二方とも、奪うということに少々忌避感を抱きすぎているのではないでしょうか」
不満げな声を出し、僕たちに反論をしだすプラナムさん。
忌避感を抱かない人の方が珍しい気もするが。
「生物というのは、何かを奪わなければ生きていけない存在です。モンスターであろうと、人であろうと、果ては植物であろうと、それは変わりません」
日々、食事として口に入れているものたちは、元は全て生きていた命だ。
僕たち生命は、命を奪うことで生きている。
「モンスターたちが奪い合いをしている所を見て、それはいけないことだと言えるのですか? 無論、無暗矢鱈に奪えばしっぺ返しが来ますが、これまで必要としてきたことを切り捨てるのは、命として間違っていると思いますわ」
「命として間違っている……か」
人とモンスター、お互いに関わる者として活動している内に、僕は少しずつ傲慢になっていたのかもしれない。
人が新たな集落を作るように、モンスターたちも新たな住処を作るもの。
何かとかけて、僕たちが手助けをする必要は無いのかもしれない。
「でも、やっぱり奪い取るのは可哀想ですよ……。コボルトたちは、ずっとここに住んでいたかもしれないのに……」
「お気持ちは分かりますが……。まずは自らを優先しなければどうしようもありませんわ。足元を固めることで、他者への気配りもできるようになるのですから」
穏やかながらも、レイカとプラナムさんは言い争いを始めた。
彼女たちの言い分はどちらも正解であり、不正解なのだろう。
そして僕は、どちらかを選ばなければならないのだ。
答えは決まった。僕は、彼女の選択を――
「皆さん! モンスターです!」
突然、ナナが勢いよく扉を開いて部屋内に飛び込んできた。
驚きつつも、部屋の入り口に走り寄って外の様子をうかがう。
しかし坑道は暗く、モンスターらしき姿を見つけることはできなかった。
「攻めては来ない……。ナナ! 見つけたモンスターは何だい!?」
視線を横にいるナナに向ける。
彼女の表情には、困惑の色が浮かべられていた。
「外にいたモンスターは、コボルトでした……」
コボルトが近くにいる。
教えられた事実に、僕は嫌な予感を覚えた。