「目的地はもうすぐ。みんな、準備はしっかりとね」
僕たちは、ナナが見つけたというコボルトを探しつつ、坑道のさらに奥へと移動していた。
そんな中、僕の後ろをついてきているレンが、疑問を抱いた様子でこのような質問をする。
「ソラさん。嫌な予感がするって言ってたけど、どうして?」
「そうだね……。近所に新しい建物が建ったとして、勝手に入ってみようと思うかい?」
「え? そんなの、思うわけがないよ」
そう、情報も無い建物に勝手に入ろうなんて思うわけがない。
興味があったとしても遠目に眺めるか、周囲をぐるりと見て回るぐらいだろう。
「言ってしまえば、坑道側は人の住処。むやみに侵せばコボルトにも相応のリスクはある。それなのに、コボルトが坑道にいるのはおかしいということですわね」
「ええ。しかも、コボルトたちは鉱士さんたちというたくさんの人を見ているんです。単独で坑道に入ってくるのは、異常と見ていいはずです」
人が一人で危地に足を踏み入れることは可能な限り避けるように、コボルトたちも一体だけを送り込むという真似はしないはず。
偵察だとしても、単独では無謀でしかない。
「なので、ナナが見たコボルトというのは、偵察や食料を捜索する役目を受けた存在ではないと思います。単に迷い子か、危険を承知のうえで入らざるを得なかったのか……」
誤って坑道側に入り、帰り道が分からずに迷っている可能性は十分にある。
だが、もしも後者だった場合は――
「群れの存続に関わる何かが起きた可能性もある。といったところでしょうか?」
「……ええ、僕はその可能性が高いと思っています」
プラナムさんの言葉に同意しつつ、なぜそのような状況に至ってしまったのかを考える。
群れに何かが襲い掛かり、一時的な避難先として坑道側を選んだのだろうか。
その原因として、もっともあり得そうなものは――
「僕たちより先に侵入した人物の仕業、ではないかと考えています」
恐らく、件の人物がコボルトの領域を侵し、争いを始めてしまったのだろう。
力の弱い個体が一時的に避難していると考えれば、それほど違和感は生じない。
「先に鉱山に入った人が、コボルトたちに……。ソラさん、急ぎましょうよ……。早くしないと……」
レイカの不安交じりの声が聞こえてきた。
正体がいまだ分からないとはいえ、兄の可能性がある人物が危険にさらされていると理解し、動揺しているのだろう。
その気持ちは分かるのだが。
「……焦っちゃダメだよ。この暗い坑道の中、一つの見逃しが命に関わりかねない。いまは一歩ずつ進もう」
まだそうと決まったわけではない。
僕の想像が間違っている可能性もあるのだから。
「戦闘準備を整えつつ、向かうべきでしょうね。コボルトたちの住処がどれほどの規模か分かりませんが、いままで通りの隊列で進みますか?」
「到着するまではそれで良いと思います。彼らの住処がある程度の広さを持つのでしたら、ナナが攻撃役として最も適するはず。彼女を守りながら、魔法を安全に使える場を作るべきでしょう」
狭い場所での戦いであれば、いままで通りシルバルさんが注意を引き、プラナムさんの銃撃で攻めていけば問題ない。
広い場所で一度にたくさんの敵に襲われたらと考えると不安だが、防御魔法や強化魔法を総動員し、シルバルさんの援護を続ければ必ず乗り越えられるだろう。
「……む。皆様、ご注意を。前方にコボルトが」
シルバルさんの言葉で考えるのを一旦やめ、坑道の奥に視線を向ける。
彼の言う通り、コボルトはこちらに体を向け、静かに僕たちのことを見つめていた。
「敵意が感じられません。件の人物がコボルトを襲っているというのなら、我々にも敵意を向けそうなものですが……」
「敵意というよりは、恐れ――いや、服従でしょうか……?」
コボルトたちは、自身の感情を耳で表現することがある。
緊張状態や、威嚇をする時は耳をピンと立てるのだが、現在は自信なさげに耳をたたんでいた。
あれは不安や服従を示す時の表現であり、僕たちのことを敵と判断しているわけではないようだ。
「あの大きさだと子どもか……」
視線の先にいるコボルトは、以前プラナムさんたちを助けた際に戦った個体たちとほぼ同等の体格をしている。
やはり、力の弱い個体がこちら側に避難しているとみてよさそうだ。
「あ、コボルト、行っちゃう」
コボルトは踵を返し、坑道の奥へと歩いていく。
ある程度進むとこちらへと振り返り、僕たちのことを再度じっと見つめるという行動を取りながら。
「どうやら、我々のことを誘導したいようですわね」
「そのようですね。ついて行ってみましょうか」
再び坑道の奥へと歩み出したコボルトを追いかけようとすると。
「大丈夫なんですか? 罠の可能性もあるんじゃ……」
ナナが心配そうな声をかけてきた。
確かに、その可能性もあるのだが。
「向かう場所が同じだからね、ついていかざるを得ないってわけさ。ほら、あそこを見て」
ランプをとあるものに近づけ、皆に見えるようにする。
光の先には、金属塊が横倒しになって倒れていた。
「これは……。搬送用の手押し車ですか」
「そうです。鉱石が散らばっている様子を見るに、坑道と住処が繋がる直前まで作業を行っていたようですね」
皆で手押し車に近寄って周囲を調べてみると、あちこちに鉱石が散らばっていた。
本来であれば、いまごろ冶金及び加工をされてあちこちに出回っていたのだろう。
「ここに鉱石が詰まってる箱がある。色んな道具もいっぱい」
鉱石や手押し車だけでなく、つるはしやハンマーなども散乱していた。
坑道がコボルトの住処と繋がったことに驚き、忘れ、落とされたままとなった物たちだろう。
「すぐそばに採掘場があるってことですね……。じゃあ、コボルトの住処も……」
「うん、あの道を行った先だよ」
ランプを進むべき道へとかざし、コボルトの後を追いかける。
しばらく進むと、周囲からは土だけでなく、何か変わった匂いがしてきた。
何とも言えない不快感が襲ってくる。一体、何の匂いだろうか。
「嫌な匂いですわね……。何でしょうか?」
「鉄に似たもののように感じますが……」
「鉄の匂い……? まさか!?」
プラナムさんたちの会話を聞き、匂いの正体に気付くのと同時に、この先で起こっているであろうことが脳裏に浮かび上がる。
足の動きが加速していき、僕は走り出していた。
「ソラ殿!? 一人で進むのは危険です!」
シルバルさんの制止する声が背後から聞こえたが、足を止めることはできなかった。
足を進めるたび、匂いが強くなる。
強い焦りと、不安が僕の心を包んでいく。
速度を上げたコボルトの後を追いながら坑道を進むと、目の前の壁に巨大な横穴が現れた。
周囲を照らしてみると、壁は掘りっぱなしにされたままの状態になっている。
壁に開いた穴の中からは、何も音が聞こえない。
鳴き声も、足音も、呼吸音さえも。
横穴の先の地面には、赤黒いものが溜まっている。
嫌な匂いも、この場所から溢れ出てきていた。
「ソラさん、待ってよ……。置いてか――」
「きちゃダメだ!!」
追いついてきた皆に、荒げた声をぶつけてしまう。
怒りを向けるべきは皆じゃない。
そう反省しながら、横穴のそばに来ないように僕から近寄って行く。
「……恐れていた通りになってしまいました。レイカ、レン。君たちはここで待っていて。良いね?」
「えっ……。だけど――」
「……私が二人を見てます。ソラさん、気を付けてくださいね」
戸惑うレンの肩に手を置きつつ、子どもたちのことを見ているとナナが言ってくれた。
うなずき返しつつ、レイカにも顔を向ける。
僕たちの様子から何が起きたのかを読み取ったらしく、彼女の瞳は赤く染まりだしていた。
「……大丈夫、ちゃんと弔ってくるから。シルバルさん。申し訳ありませんが、お手伝いをお願いしてもよろしいですか?」
「……承知いたしました」
シルバルさんと共に、坑道に開いた穴を乗り越えようとすると、プラナムさんも僕たちに追従し、手伝うと言ってくれた。
三人でコボルトの住処に侵入し、手に持っているランプで周囲を照らす。
「これは……。あまりにも惨い……」
「こんなの……普通じゃありませんわ……」
ランプがカタカタと揺れ、倒れているものたちの影が怪しく踊りだす。
「ここまでのこと、していい訳がない……!」
僕たちの周りには、おびただしい数のコボルトたちが躯となって横たわっていた。