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コボルトの住処

「……まずは、コボルトたちに何があったのか調べてみましょう」

 シルバルさんは倒れているコボルトの亡骸に近寄り、調査を開始した。


 いつまでも悲嘆に打ちひしがれているわけにはいかない。僕も調査をしなければ。

 体の震えは止まらなかったが、感情に支配され続けてはいられない。


 シルバルさんが調べているコボルトとは違う個体に近寄り、絶命した原因を調べる。

 その個体の腹部には、巨大な傷がついていた。


「この個体は、刃物で命を奪われたようですわね……。他の個体も同じでしょうか?」

「ええ、僕の方も同じです。ですが、この傷は……」

 コボルトたちに付けられた傷を見て、大きな疑念が湧く。


 刃物でつけられたのは間違いないが、どうやったらここまで巨大な切り傷になるのだろうか。

 いくら巨大な大剣であろうとも、このような傷にはならないはずだ。


「疑念を抱いている様子を見るに、この傷をつける手段はこの大陸に存在しないということですね。シルバル! あなたはこの傷をどう見ます?」

 プラナムさんは、調査を続けていたシルバルさんに声をかける。


 声を聞いてやってきた彼の表情にもまた、疑問が浮かべられていた。


「シルバルさんも、この傷は異常と見ているんですね?」

「ええ、あまりにも傷が大きすぎる。剣は当然として、斧ですら不可能でしょう。ですが……」

 シルバルさんは、言葉を詰まらせていた。


 武器を扱う者として、信じられないのだろう。


「この傷は、剣でつけられたものです。鋭利な武器によってつく傷跡はなめらかなものになるのですが、コボルトたちの傷にはその特徴がみられるんです。斧のような武器ですと、裂けたような跡になりやすいですね」

「剣でこうなることはあり得ないはずなのに、剣でつけられた傷だと……。巨大な剣であっても、こうはなりませんわよね?」

「さすがにここまでのものになるとは……。分からないことを考えてもしょうがないので、もう一つの特徴について考えてみましょうか」

 コボルトたちにつけられた傷を見つめる。


 どの個体も、腹部に巨大な傷がついているようだ。


「僕が見た限りですが、コボルトたちは腹部を攻撃されているようでした。お二人も同様ですか?」

「ええ。腹部への傷しかありませんでしたわ。シルバルも――同じのようですわね」

 二人が調べてくれたコボルトたちも同じなのであれば、この傷は狙ってつけられたものと見て良いだろう。


 腹部に攻撃をしたところで、即座に命を奪うことはできないというのに。


「コボルトたちは、相当な苦痛を受けて命を落としたようですね……。退治だけを考えるのであれば、頭部を狙えばいいのですから」

「狙いは退治ではなく、苦しませること。この傷をつけた存在は、相当な憎悪を抱いているようですわね……。コボルトに対してなのか、モンスターに対してなのかまでは把握できませんが……」

 腹部への攻撃で致命傷にはなっても、反撃を受けてしまう可能性があるので、頭部を攻撃して即座に命を奪った方が安全だ。


 だというのに、コボルトたちの頭部には傷一つ付いていない。

 苦しませてから命を奪いたいという、ねじ曲がった感情がこの傷跡から感じ取れた。


 この鉱山を救いたくてやるような行為には思えない。

 個人の恨みで、コボルトたちを襲ったのではないかと思えるほどだ。


「コボルトたちを襲撃した存在は、どこに行ったのでしょう? それらしき姿とすれ違うこともありませんでしたわよね?」

 ランプで地面を照らしながら調査を続けると、僕たちが入ってきた穴とは反対側の壁に続く、赤黒い足跡を発見した。


 地面に付いたそれをたどって行くと、壁には僕でもかがまずに通れる程度の穴が口を開けていることに気付く。

 どうやら、足跡はその先に続いているようだ。


「これはコボルトたちの住処への本来の出入り口のようですね……。生き残ったコボルトたちを探しに、この穴の先へ進んだのかもしれません」

 この穴を進めば、コボルトたちを攻撃した人物に出会えるかもしれない。


 なぜここまでのことをしたのか、問いただすこともできるかもしれないが、僕は足を進める気にはなれなかった。

 不安だったから、怖かったから、知りたくないことを知る可能性があったから。


 知ることを、僕の心は恐れていた。


「ソラさん。いますか?」

 ナナの声が、コボルトの住処と坑道の境から聞こえてくる。


 少しばかり調査に時間をかけすぎた。彼女たちも心配してくる頃だろう。


「一旦、ナナたちの元へ戻りましょう。あまり、留まりすぎるのもよくありませんから」

「……そうですわね」

 僕たちは、ナナたちの元へと戻ることにした。


 倒れているコボルトたちを踏まないように努めながら、壁に開いた穴を通り抜ける。


「生き残りは……居そうですか?」

「まだ調べきれていないから何とも言えないけど……。ほぼ、絶望的と見ていいと思う」

 僕の言葉に、ナナたちは顔を伏せた。


 レイカもレンも顔を暗くしているが、特にナナは息づかいが荒れているように思える。

 人とモンスターという違いがあるとはいえ、全滅した場に居合わせたことは彼女にとってかなりの負担となっているようだ。


「そういえば、我々を誘導したコボルトはどこに行ったのでしょうか? ソラ殿と共に駆けて行きましたよね?」

「コボルトの住処に入っていったのは見たので、近くにいると思うのですが……。調査に頭が行って、忘れてましたね……」

 コボルトの住処に戻り、僕たちを誘導した個体を探す。


 その子は、住処のさらに奥の方でたたずんでいた。


「……? なんで君は、僕たちのことを誘導してくれたんだい? コボルトたちは、人にやられたんじゃないのかい?」

 僕たちより先に坑道に入った人物が、コボルトたちを全滅させたのかと思っていた。


 だが、人がコボルトを退治したのなら、目の前の個体は僕たちに警戒感を示すはず。

 それなのに、僕たちをここまで誘導してくれた。


 コボルトを襲ったのは、人ではないのだろうか?


「いや、モンスターではあんな傷をつけられない。状況的にも、人の仕業であると見ていいはず。それなのに、どうして君は……」

 人に頼らざるを得ない事情があるのだろうか。


 家族を奪われたという苦痛を耐え忍んでまで、やらなければならないことが。


「クゥーン……」

 コボルトは悲しげに一鳴きし、奥へと進んでいく。


 この奥に、何か目的があるようだ。


「シルバルさん。調査を再開しましょう。この奥に何かがあるみたいなので」

「承知いたしました。危険があるかもしれないので、お嬢様はここで――」

「ここまで来て抜け駆けは許しませんわ。わたくしも、あのコボルトが気になります」

 プラナムさんに言葉を遮られたシルバルさんは、やれやれと首を振っていた。


 言い出したら聞かないタイプなのは分かり切っているが、この先はどう考えても危地なので止めるべきではないだろうか。


「ナナ様だけでなく、ソラ様も息を乱しておいでですわ。そのような状態なのに前に進もうとしているのならば、わたくしも止まってなどいられません」

 プラナムさんの指摘で初めて気づいたが、確かに自分の息も荒れている。


 不調を押してまで歩もうとしている者を見れば、自分も行かねばとなってしまうのも無理はないのかもしれない。


「何より、あなた方はわたくしたちの大切なお客人となる予定です。つまりわたくしには、あなた方を守らなければならないという義務があるのです。放置するなど、それこそ我が家の名折れですわ」

 プラナムさんの言葉に、少しばかり驚いてしまう。


 話し方、所作、様々な部分で彼女は地位が高い人物だということは分かっていた。

 異なる大地で、異なる種族に対してもその気高き心が発揮されるということは、心の底から僕たちを援助しようとしているということ。


 はっきり言って、ここに留まっていて欲しいという気持ちの方が強くはあるのだが、彼女の想いを止める方法は僕には分からなかった。


「……私も行きます。ここまで来て、皆さんだけに任せるわけにはいきませんので」

「僕も」

 レイカとレンも、ついてくると言ってくれた。


 だが、この凄惨たる光景は子どもたちには辛いはず。

 あまり見せたくはないのだが。


「モンスターを調査する上で、こういうことはいくらでも起こり得るんですよね? だったら、いつかは同じものを見なくてはいけない。先延ばしになんて、できません」

 レイカは強い意思を持った目で僕のことを見つめた。


 この想いは、僕では止められなさそうだ。


「分かった。もし辛かったらいつでも言ってね」

 姉弟はコクリとうなずくと、深く呼吸をしてからコボルトの住処へとやって来た。


 躯たちを見て体を震わせているようだったが、決して目をそらさずにいてくれている。


「……私も、いつまでも震えていてはいけませんよね」

 ナナも、僕たちの元へやって来てくれた。


 彼女の体の震えは、姉弟たち以上だ。


「……ナナ、君は僕以上に大きな傷を抱えている。もし動けなくなったら、その場で止まっていい。僕が代わりに歩くから」

「……ありがとうございます。でも、私も歩きます。あなたの家族として、あなたの横を」

 本当は、いまにも壊れてしまいそうなほどに辛いのだろう。


 止めるべきなのかもしれない。待っているよう、伝えるべきなのかもしれない。

 だが、僕にはそれができなかった。


「行こう、みんなで」

 皆がいなければ、家族がいなければ、ナナがいなければ、僕の心は砕けてしまいそうだったから。

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