「すごい数のコボルトたちですね……。本来であれば、相当な規模の群れだったんでしょうね……」
「一度に襲われた可能性もあったと思うと、ぞっとしますわ」
坑道を抜け、コボルトの住処へとたどり着いた僕たちは、誘導してくれるコボルトに続いてさらに奥へと進んでいた。
入り口同様、数多くのコボルトたちが物言わぬ躯となって倒れている。
踏んでしまわないよう、慎重に足を動かしていく。
「……やっぱり、怖い……」
「……大丈夫、私もだよ。よかったら、手を握ってくれない?」
背後から、レンとナナのやり取りが聞こえてくる。
躯だらけのこの状況、怯えるのも無理はない。
「ふぅ……うう……」
レイカも怯えた様子を見せながら僕の後を付いてきている。
落ち着くよう声をかけてあげたいが、前方の警戒をしなければならない。
そばに来てもらうのも危険なので、何もしてあげられないのが心苦しい。
「ソラ様たちが守ってくださるのですから、不安に思う必要はありませんわ。ドーンと胸を張って、背中を見続けていれば良いのです」
「……そうですよね。いま、不安になってちゃダメですよね……」
プラナムさんに励まされたようだが、レイカは明るく返事をしなかった。
複数の不安要素があるのであれば、気楽に考えることができないのも無理はない。
「想像以上に広い……。でも、生きているコボルトの気配は感じない……。先を進むあの子以外に生き残りは居ないのか……?」
周囲の観察を続けているが、コボルトも他の種類のモンスターも見つからない。
この縄張りの主であるコボルトたちが倒れたのだ。
嬉々として縄張りを奪おうとするモンスターもいるはずなのだが。
それとも、すでに制圧は済み、どこかで休んでいるのだろうか。
「不思議ですわね。先ほど坑道で戦った――ええっと、ブラッドバッドでしたっけ? 倒れているコボルトたちから血を奪えば良いというのに、なぜ坑道にまで来たのでしょう?」
「生きている生物からしか血を奪わない生態なのかもしれません。生き残りのコボルトを追いかけている内に坑道に入り、僕たちを察知して標的を変えたのでしょう」
調査をすべき生態ではあるが、危険性があまりにも高い。
自身の体を差し出してまで調査を行うのはどう考えても不適当なので、状況から判断するくらいしかできないのが難点だ。
「あのコボルトも気になります。人に家族を奪われたというのに、どうしてわたくしたちを誘導するのでしょうね……。」
「まだ、分からないことだらけです。歩いて、進んで、見つけた物たちを知っていくしか方法はありません。それが、僕たちのするべきことですから」
この場合、僕はどちらで歩むべきなのだろう。
魔法剣士としてなのか、図鑑を作る者としてなのか。
あるいは――
「ギュワ……! ギュワ……! ギュワ……!」
突然、耳に不快な音が鳴り響いた。
住処のさらに奥から聞こえてくるこの音の正体は、恐らくブラッドバッドのもの。
響いてきた音から察するに、かなりの数がひしめいているようだ。
「ウ~……!」
前を歩くコボルトが威嚇を始めた。
そうか、あの子が僕たちを誘導した理由は――
「ブラッドバッドがこの場所の主になったのか!」
人に壊滅させられたところに、ブラッドバッドが襲ってきたのだろう。
そしてこの子だけが坑道に逃げ延び、僕たちを見つけて誘導を始めたのだ。
「みんな、気を付けて! この先にブラッドバッドの大群がいるよ!」
まだ音だけとはいえ、少しずつ奴らが近づいてくる気配を感じる。
坑道で襲われた時よりも、遥かに膨大な数のブラッドバッドたちがやってくるようだ。
「道中で戦ったブラッドバッドは、言うなれば分隊……。ならば、我々に向かってくるものたちは……」
暗闇を睨みつけながら、現状を考えてくれるシルバルさん。
さすがは傭兵。こういったことはお手の物なのだろう。
「ソラ殿。あなた方の盾となると申した手前、こんなことをお願いするのは心苦しいのですが……。一つ、お願いをしてもよいでしょうか?」
「お願い? 聞かせてください」
シルバルさんは闇から視線を外し、僕の顔をじっと見つめた。
「……あなたには、もう一つの盾を務めていただきたい。お嬢様を、皆さんを守るために」
「もう一つの……盾……?」
僕の疑問を抱いた声に、ゆっくりとうなずく。
「ソラ殿もお分かりのように、この先にいるのはブラッドバッドの本隊。その数は道中の物とは比較にならない。私だけでは、皆を守り切ることは到底できません」
「だから僕に、あなたと同じ盾になって欲しいと……?」
「私たちを助けて頂いた際、あなたは率先してコボルトたちの注意を引いた。そして、一撃と攻撃を受けず、コボルトたちを無力化することに成功した。あなたには、盾として動く素質があると思われます」
皆を守ろうとして、体が勝手に動いたことはある。皆を傷つけまいと、率先して前に出たこともある。
だが、自分から誰かの盾になろうとしたことなど、一度も志したことはない。
そんな自分でも、皆を守る盾となれるのだろうか。
「私は先ほど、ブラッドバッドを取り逃して皆様を危険に晒してしまいました。今度の大量のブラッドバッドが相手では、さばききれない可能性はさらに高まるでしょう」
シルバルさんは、悔しそうに顔を歪めていた。
盾となると言った手前、負い目を感じていたのだろう。
「ブラッドバッドを二分にし、片割れを請け負ってもらいたい。もちろん、数が多い方を私が受け持ちます。どうか、お願いします」
僕が盾とやらを全うできるか分からない。
だが、シルバルさんの真剣な瞳でお願いされてしまえば――
「承知しました。もう一つの盾、請け負います」
断ることなど、できるわけがない。
認めてくれたシルバルさんに、報いたい。彼と共に、皆を守りたい。
心の奥底から、新たな気持ちが沸き上がってきていた。
「……ありがとうございます」
「お礼は要りませんよ。むしろ、僕を頼ってくれてありがとうございます」
盾という役目を担う動機はそれだけでいい。
後は僕がその役目を全うできるように、最善を尽くすだけだ。
「ナナ。君はタイミングを見計らって魔法を撃てるよう、用意をしておいて。あまり攻撃をしすぎて、注意を引かないようにね」
「分かりました。ソラさんたちが逃してしまった敵を中心に倒していきますね」
恐らく、現在のナナの魔法では倒しきれない量のブラッドバッドが襲ってくるはず。
魔法で一気に攻撃しすぎて、彼女に群がってしまえば意味はない。
「プラナムさんは、シルバルさんが受け持つブラッドバッドに攻撃を。レンは僕とシルバルさんの回復を重視して」
プラナムさんとレンも強くうなずいてくれた。
最後はレイカだが――
「レイカ。さっきは剣の背でブラッドバッドを倒していたけど、ここから先はそんな加減は必要ない。本気で戦っていい」
「本気で……。頑張ってみます……!」
レイカは不安そうな様子を見せつつも、剣を鞘から引き抜いた。
彼女が真に命のやり取りをするのはこれが初。
ここが分岐点だということを、理解してくれたようだ。
「……大変だと思うけど、僕が受け持つ方の攻撃を頼むよ」
「……ええ、分かりました!」
作戦会議を終え、二つの武器を取り出してから暗闇に視線を送る。
かなり近くまで、ブラッドバッドたちが寄ってきているようだ。
ランプの光が奴らの目に当たり、赤い光が暗闇に不気味に浮き上がりだす。
「これはまたすごい数が……」
暗闇からブラッドバッドたちがあふれ出し、僕たちは一瞬で取り囲まれてしまう。
坑道の外にいる鉱士さんたちだけでなく、鉱山周辺の環境にまで影響が及ぶと思われるほどの数だ。
ここで全滅させなければ、何人たりとも近寄れない危険地帯となってしまうだろう。
「プロテク! アクセラ!」
僕とシルバルさんに防御魔法と強化魔法を使用し、戦闘準備を整える。
僕たちの敵意を察知したのか、ブラッドバッドたちもまた激しい威嚇を始めた。
「ここで全滅させる! 行くよ、みんな!」
魔法を詠唱し、ブラッドバッドの大群にぶつける。
おびただしい数の羽ばたき音が、僕とシルバルさんに向かって突撃してきた。