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盾となる者

「くっ……。せい! はあ!」

「やあ! ……うわっ!?」

 コボルトの住処にて、僕たちは大量のブラッドバッドと戦っていた。


 とりあえず敵を二手に分けることに成功し、僕とシルバルさんで注意を引くこともできたのだが、良い戦況とは言えない。


「ぐ……。こちらから攻め込むチャンスが……!」

 攻撃を回避し、反撃をしようとしても、とてつもない物量が襲ってくるせいでまともに剣を振ることができない。


 多勢に無勢。僕とシルバルさんは、防戦一方となっていた。


「はあああ! えい!」

「受けてみなさい!」

 レイカとプラナムさんが戦っている声が聞こえてくる。


 彼女たちの攻撃によりブラッドバッドは地に伏していくが、それでも勢いが衰えることはなく、僕たちの体力を少しずつ減らしていく。


「癒しを……!」

 レンの回復魔法が僕とシルバルさんの体を癒してくれるが、全快とまではいかずに体の各部に傷が残ってしまう。


 治癒力がかなり弱まってきている。これ以上戦い続けるのは危険なのだが。


「……あ! しまった!」

 何体かのブラッドバッドが集団を外れ、レイカに向かって襲い掛かる。


 魔法を放ち、改めて注意を引こうとしていると。


「ファイアボール!」

 ナナの魔法がブラッドバッドたちに直撃し、火の粉を散らす。


 肉が焦げ付く匂いと毛が焼かれる匂いが混ざり合い、悪臭が洞窟内を広がっていく。


「ゴメン、助かった!」

「気にしないでください! あなたは目の前にいるものたちを見ていればいいので!」

 作戦通り、僕たちが逃してしまったブラッドバッドは、ナナが焼き払ってくれている。


 手を離れてしまった奴らは彼女に任せればいい。

 分かってはいるのだが、どうしても不安になってしまう。


「……プロテク! アクセラ! サイレント!」

 効果が切れ始めていた魔法を詠唱し、延長を行う。


 問題なく魔法は効果を発動し、僕たちを強化してくれたようだ。


「はあああ!」

 隙を見つけたシルバルさんは、剣を大きく振り回して一度に多くのブラッドバッドに攻撃を叩きこむ。


「えい! やあ!」

 レイカはブラッドバッドの翼に狙いを絞って剣を振り下ろし、機動力を奪う。


「そこです!」

 プラナムさんは銃を駆使し、一体一体確実にブラッドバッドを倒していく。


「せい! ああ、くそ……!」

 一方の僕はと言うと、防御・回避・支援・攻撃と一度に多くのことをこなしつつ、ブラッドバッドの注意を引き続けているせいか、疲れが溜まってきていた。


 慣れないことをしているとはいえ、剣を振っても空を切り、ブラッドバッドの反撃を避けきれない。

 気持ちだけは奮起できても、体がついてこない状態へと至りかけていた。


「ソラ殿! だいぶ数は減ってきました! 後は私が注意を引きます!」

 ブラッドバッドと戦いながら、シルバルさんが少しずつこちらに移動してきた。


 減ってきているとはいえ、彼が担当しているブラッドバッドの数は僕の担当よりずっと多い。

 いまの状態で僕の担当まで任せてしまっては、彼に大きな負担がかかる。


 ここは引く場面ではないだろう。


「まだまだ、いけますよ……! プロテク!」

 回避を捨て、防御と攻撃に回せば疲れを大きく減らせるはず。


 ブラッドバッドが大きく動くことも減るため、レイカも攻撃を行いやすいだろう。

 しっかり防御し、抑え込むことができれば大丈夫。


 そう考えていたのだが。


「ぐ……! プロテク……!」

 僕の思惑は外れ、ものすごい勢いで防御壁が破壊されていく。


 防御魔法は物体の周囲に纏わせるため、対象となった物体が硬ければ硬いほど強度が上がる。

 僕が纏っている服は並の服より強度はあるが、鉄や鋼で作られた防具と比べれば耐久力は劣ってしまう。


 回避をせずに防御をし続けていれば、損耗が加速するのは当然だ。


「プロテク……! プロテク……!」

 攻撃する暇がない。防御魔法を使い続けるしかない。


 だがこのまま魔力を使いすぎれば、魔法を使うどころか動くことすらできなくなる。


「このままじゃ……! 完全に読み間違え――」

「ソラ殿、代わります! はあああ!」

 泣き言を言いかけたその時、シルバルさんが僕の担当しているブラッドバッドたちに突撃し、攻撃を加えてくれた。


 奴らは僕に襲い掛かるのをやめたが、代わりにシルバルさんへと一斉に群がりだす。

 彼も負けじと盾で防御をしつつ、攻撃を加えていくのだが。


「くっ……! やはりこの数は……!」

 大量のブラッドバッドの攻撃をさばききれず、どんどん防御魔法が傷ついていく。


 このままでは、長時間と持たずに壊れてしまうだろう。


「まずいですわ……! 弾切れに……!」

 銃に使う弾が無くなってしまったらしく、プラナムさんが慌てている。


 彼女まで戦うことができなくなれば、状況はますます悪くなってしまう。

 レイカだけに攻撃させるのは負担がかかりすぎるので、ナナにも攻撃を行ってもらいたいが、生存しているブラッドバッドの数はまだ多い。


 中途半端に攻撃させてしまえば、今度は彼女に奴らが群がることになってしまう。

 僕はシルバルさんの防御魔法を維持しなければならないので、まともに攻撃できる状態ではない。


 この状況を好転させるには、どうすれば――


「はあ……。はあ……。腕が……。でも……!」

 疲労をにじませながらも、レイカは剣を振り続けていた。


 だが、その斬撃にも乱れが生じ、空を切り始めている。

 このままでは彼女もいずれ脱落してしまうだろう。


「ダメ……! もう、回復しない……!」

 レンが何度も魔法を使ってくれているが、傷の治療が行われない。


 もう、回復魔法に頼ることもできないようだ。


「くっ……! やはり、この数は無理があるか……!」

 シルバルさんもブラッドバッドたちの勢いに押され始め、盾で防御をすることしかできなくなっていた。


 防御魔法もどんどん傷ついていく。


「プロテ……! うぐ……!」

 魔法を唱えようとしたその時、視界がぐにゃりと歪みだす。


 魔力を使いすぎた。頭がくらくらとし、腹部から吐き気が上がってくる。


「みんなにかけた魔法が、消えていく……。くっ……そぉ……!」

 皆にかけた強化魔法が、シルバルさんにかけた防御魔法が霧散していく。


 せめてできることをと、剣を握り直し、ブラッドバッドたちに攻撃を仕掛ける。

 視界がゆがみ、不調に苦しむ体では、動き回る奴らの体に攻撃を当てることはできなかった。


「もう、無理です! ソラさん、私も――」

「ダメです! いま、ナナ殿が攻撃をしてしまえば、全てのブラッドバッドがあなたに向かってしまいます! そうなれば……!」

「そんなことを言われても! ソラさんが……! みんなが……!」

 ナナとシルバルさんが言い争う声が聞こえる。


 まだ、僕はできるはずだ。あの約束を忘れてなどいないだろう。

 必ず守ると、共にいると口にしたはずだ。


「もう、守れなかったなんて言いたくない……! 大切な人たちを失いたくない……!」

 剣を強く握りしめ、かすむ目を凝らして戦いを見つめる。


 シルバルさんの体勢が崩れ、こらえられなくなったナナが攻撃魔法を放つ。

 ブラッドバッドは標的を変え、彼女に襲い掛かっていく――


「もう、あんな思いはしたくないんだッ! プロテク!」

 ナナの前に立ちふさがり、剣を地面に突き刺すと同時に、僕の残り全ての魔力を剣に向けて使用する。


 いままでとは異なる青白い防壁が生まれ、僕とナナの体を守りだした。


「ぐ……! げほ……!」

 激しいめまいと吐き気が僕の体を襲う。


 ここで気を失うわけにいかない。

 いままでの自分を越えていかなければ、皆を守ることなどできないのだから。


「あなたはいつもそうですよね……。自分が無理をしてでも、守ろうとする。とっても素敵だと思います……」

 背後で、ナナが小さくつぶやいている。


「でも、私はそんなあなたの姿を見たくない……! 誰かのために傷ついていく、あなたに触れたくない……!」

「ナナ……!?」

 魔力が生み出されていく気配を感じる。


 かつての時ほどではない。

 されど、ここまで魔力を大きく膨らませることは、できなくなっていたはずだ。


「あなたが盾となってくれるのなら、私は武器になります……! 傷つけようとするものを討ち滅ぼす、破壊の力にッ!」

 生み出された魔力が集結し、激しい熱を発している。


 この魔法は――


「フレイムバースト!」

 言葉と共に、僕たちの周囲を巨大な火炎が渦巻きだす。


 防御魔法を喰い破ろうとしていたブラッドバッドたちは、熱に飲まれて声も上げずに灰となっていく。


「私も、あなたと共に歩むと決めたんですから……!」

 ナナの涙交じりの声を聞きつつ、僕は地面に倒れ伏した。

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