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間章2

姉弟の暮らし

「ただいま」

「お帰り。いい本は見つけられたかい?」

 リビングでお茶を飲んでいると、レンがリビングへと入ってきた。


 アマロ村の図書館に行っていたのだが、気になる本を見つけられただろうか。


「うん。気になる記述があるのを借りてきた」

「大陸の伝承かぁ、なるほどねぇ……。あれ? そういえばレイカが入ってこないけど、一緒に帰ってこなかったのかい?」

「姉さんは村でお話をしてる」

 レンは特に気にした様子も見せずに本をテーブルに置き、椅子に座って内容を読みだそうとする。


 その行動を制止し、まずは手を洗ってくるよう指示を出すのだが。


「この本は借りてきた物。急いで読まないと」

「そりゃそうだろうけど……。そんなに急がなくても本は逃げないよ」

「いつかは返さないといけない。つまり逃げる」

 分かるような、分からないような屁理屈をこねくり回し、レンは抵抗を続けようとする。


 だからと言って、許すわけにはいかないが。


「返すまでの期限は今日明日じゃないんでしょ? 何日間はあるんだから本は逃げない。ほら、手を洗いに行った、行った」

「むー……」

 口を尖らせながら、洗面所に向かって行ったところを見るに、よっぽど読むのを楽しみにしていたのだろう。


 好奇心に誘われ、テーブルに置かれた本に手を伸ばそうとして――


「……ただいま戻りました」

 どうやらレイカも帰ってきたようだ。


 リビングへと入ってきた彼女は、疲れたような表情を浮かべていた。

 何かあったのだろうか。


「お帰り。何か――」

「レンはもう戻ってきてますよね……!?」

 声をかけ終えるよりも早く、レイカは怒気を含めた口調で僕に質問をしてきた。


 これまでに見たことが無い彼女の表情に気圧されつつ、レンも帰ってきていることを伝えようとしていると。


「僕がどうかしたの?」

 お気楽な様子のまま、レンがリビングに入ってくる。


 そんな彼の声を聞き、レイカは怒りを爆発させた。


「私をユールさんに押し付けて、先に帰っちゃうなんてひどいよ!」

「ヒューマンに慣れる練習になったでしょ?」

 二人の会話から察するに、帰宅途中にユールさんと出会い、会話をしていたのだろう。


 レンだけは会話の最中に抜け出すことに成功し、レイカはユールさんから逃れられなかったと言ったところか。

 話の内容は、スライム関連と予想しておこう。


「まあ、まあ。まずは落ち着いて。手を洗ってきなよ」

「……あ! すみません、帰ってくるなり……。手、洗ってきますね」

 レイカは僕の言葉にすぐに反応し、洗面所へと向かって行く。


 一方のレンはというと、姉のことなどお構いなしに机に置いてあった本を読み始めた。

 姉弟らしいと言えば、らしいのかもしれない。


「後で謝っておきなよ?」

「うん、分かった」

 あまり反省している様子も見せず、レンは本を読み続ける。


 そういえば先輩も、こういう時は適当に過ごすのが一番と言っていた。

 大体その後に大喧嘩になるというのに、なぜ謝ることをしなかったのだろうか。


「どうしたの?」

「んーん、なんでもない」

 それでも、あの二人はとても仲が良かった。


 言い合いになっても、模擬戦で勝敗を決しようとしても、いつの間にか仲直り。

 そんな二人の関係が、とても羨ましかった。


「さあ、レン! さっきのお話の続きだよ!」

 ドタドタと床を踏み鳴らしながら、レイカが戻ってくる。


 顔を洗っても、怒りは収まらなかったようだ。


「いまいいところだから待って。やっぱり、違うなぁ……」

「違う? 何が違うの?」

 不機嫌そうな声を出しながら、レンに近寄って行くレイカ。


 案の状、謝るつもりがないようだ。


「故郷の昔話に、世界の成り立ちってあったでしょ?」

「世界は引き裂かれ、再生した――ってやつ? それがどうかしたの?」

 レンが話すは、この世界がどうやって生まれたのかという、一種の逸話、伝承、言い伝えだ。


 僕もこちらの大陸に来て初めて伝承を記した本を読んだ時に、記載のされ方が異なることに気付き、驚いた記憶がある。


「ここを見て。最初に大地が生まれ、母なる大地から人が生まれ出でたことで、歴史は始まった。世界が引き裂かれたって話は書かれていない」

「本当だ。私たちが勉強してきたものとは違うね」

 レイカは頬に指をあて、教わったことを思い出しているようだ。


 少しずつ話が脚色されたり誇張されたりして、真の姿とは異なる形で後世に伝わっていくのはごく自然なこと。

 ヒューマンとホワイトドラゴンとで伝承が異なるのは、特段おかしなことではないのだが。


「始点が違うように思える。ホワイトドラゴンは前時代が存在し、ヒューマンには存在しない。そんなこと、あり得るのかな?」

「うーん……。可能性としてはあり得るだろうけど、それだと技術力がほとんど変わらない理由が分からないかも……」

 レイカはすっかり怒りを忘れてしまったらしく、探求モードへと入っていた。


 大声で怒鳴り合う姿を見たいとは思わないので、仲直りできるのであれば何よりだ。


「世界が引き裂かれたという言葉の意味も、よくよく考えると分からない。確かに、この世界にはいくつもの大陸があるけど……」

「母なる大地から生まれたって言うのも気になるね。大抵の場合、比喩表現だったりするけど……」

 レイカとレンの討論は止まらない。


 僕は頬杖を突きながら、二人のやり取りを見守る。


「ずっと昔は大陸が一つにくっついていたとか?」

「地下で命たちが暮らしていた時期があったのかも」

 先輩たちとしてきた討論を思い出し、懐かしさを抱くのだった。

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