「ただいま」
「お帰り。いい本は見つけられたかい?」
リビングでお茶を飲んでいると、レンがリビングへと入ってきた。
アマロ村の図書館に行っていたのだが、気になる本を見つけられただろうか。
「うん。気になる記述があるのを借りてきた」
「大陸の伝承かぁ、なるほどねぇ……。あれ? そういえばレイカが入ってこないけど、一緒に帰ってこなかったのかい?」
「姉さんは村でお話をしてる」
レンは特に気にした様子も見せずに本をテーブルに置き、椅子に座って内容を読みだそうとする。
その行動を制止し、まずは手を洗ってくるよう指示を出すのだが。
「この本は借りてきた物。急いで読まないと」
「そりゃそうだろうけど……。そんなに急がなくても本は逃げないよ」
「いつかは返さないといけない。つまり逃げる」
分かるような、分からないような屁理屈をこねくり回し、レンは抵抗を続けようとする。
だからと言って、許すわけにはいかないが。
「返すまでの期限は今日明日じゃないんでしょ? 何日間はあるんだから本は逃げない。ほら、手を洗いに行った、行った」
「むー……」
口を尖らせながら、洗面所に向かって行ったところを見るに、よっぽど読むのを楽しみにしていたのだろう。
好奇心に誘われ、テーブルに置かれた本に手を伸ばそうとして――
「……ただいま戻りました」
どうやらレイカも帰ってきたようだ。
リビングへと入ってきた彼女は、疲れたような表情を浮かべていた。
何かあったのだろうか。
「お帰り。何か――」
「レンはもう戻ってきてますよね……!?」
声をかけ終えるよりも早く、レイカは怒気を含めた口調で僕に質問をしてきた。
これまでに見たことが無い彼女の表情に気圧されつつ、レンも帰ってきていることを伝えようとしていると。
「僕がどうかしたの?」
お気楽な様子のまま、レンがリビングに入ってくる。
そんな彼の声を聞き、レイカは怒りを爆発させた。
「私をユールさんに押し付けて、先に帰っちゃうなんてひどいよ!」
「ヒューマンに慣れる練習になったでしょ?」
二人の会話から察するに、帰宅途中にユールさんと出会い、会話をしていたのだろう。
レンだけは会話の最中に抜け出すことに成功し、レイカはユールさんから逃れられなかったと言ったところか。
話の内容は、スライム関連と予想しておこう。
「まあ、まあ。まずは落ち着いて。手を洗ってきなよ」
「……あ! すみません、帰ってくるなり……。手、洗ってきますね」
レイカは僕の言葉にすぐに反応し、洗面所へと向かって行く。
一方のレンはというと、姉のことなどお構いなしに机に置いてあった本を読み始めた。
姉弟らしいと言えば、らしいのかもしれない。
「後で謝っておきなよ?」
「うん、分かった」
あまり反省している様子も見せず、レンは本を読み続ける。
そういえば先輩も、こういう時は適当に過ごすのが一番と言っていた。
大体その後に大喧嘩になるというのに、なぜ謝ることをしなかったのだろうか。
「どうしたの?」
「んーん、なんでもない」
それでも、あの二人はとても仲が良かった。
言い合いになっても、模擬戦で勝敗を決しようとしても、いつの間にか仲直り。
そんな二人の関係が、とても羨ましかった。
「さあ、レン! さっきのお話の続きだよ!」
ドタドタと床を踏み鳴らしながら、レイカが戻ってくる。
顔を洗っても、怒りは収まらなかったようだ。
「いまいいところだから待って。やっぱり、違うなぁ……」
「違う? 何が違うの?」
不機嫌そうな声を出しながら、レンに近寄って行くレイカ。
案の状、謝るつもりがないようだ。
「故郷の昔話に、世界の成り立ちってあったでしょ?」
「世界は引き裂かれ、再生した――ってやつ? それがどうかしたの?」
レンが話すは、この世界がどうやって生まれたのかという、一種の逸話、伝承、言い伝えだ。
僕もこちらの大陸に来て初めて伝承を記した本を読んだ時に、記載のされ方が異なることに気付き、驚いた記憶がある。
「ここを見て。最初に大地が生まれ、母なる大地から人が生まれ出でたことで、歴史は始まった。世界が引き裂かれたって話は書かれていない」
「本当だ。私たちが勉強してきたものとは違うね」
レイカは頬に指をあて、教わったことを思い出しているようだ。
少しずつ話が脚色されたり誇張されたりして、真の姿とは異なる形で後世に伝わっていくのはごく自然なこと。
ヒューマンとホワイトドラゴンとで伝承が異なるのは、特段おかしなことではないのだが。
「始点が違うように思える。ホワイトドラゴンは前時代が存在し、ヒューマンには存在しない。そんなこと、あり得るのかな?」
「うーん……。可能性としてはあり得るだろうけど、それだと技術力がほとんど変わらない理由が分からないかも……」
レイカはすっかり怒りを忘れてしまったらしく、探求モードへと入っていた。
大声で怒鳴り合う姿を見たいとは思わないので、仲直りできるのであれば何よりだ。
「世界が引き裂かれたという言葉の意味も、よくよく考えると分からない。確かに、この世界にはいくつもの大陸があるけど……」
「母なる大地から生まれたって言うのも気になるね。大抵の場合、比喩表現だったりするけど……」
レイカとレンの討論は止まらない。
僕は頬杖を突きながら、二人のやり取りを見守る。
「ずっと昔は大陸が一つにくっついていたとか?」
「地下で命たちが暮らしていた時期があったのかも」
先輩たちとしてきた討論を思い出し、懐かしさを抱くのだった。