「ソラさーん。お薬を置きに行こうと思うので、お手伝いしていただけませんかー?」
自室で資料のまとめを行っていると、僕のことを呼ぶナナの声が聞こえてきた。
誘われるまま彼女の部屋に移動すると、机のまわりにはいくつもの木製の箱が。
それら一つ一つに、薬が詰め込まれたビンが大量に入っているようだ。
「たくさん作ったねぇ。去年より多いんじゃない?」
「今年はレイカちゃんとレン君の協力もあったので、いつも以上に作れたんですよ。そうそう足りないってことにはならないと思います」
お喋りをしながら手伝いを開始する。
これは咳止めで、こちらは傷薬。
咳止めの方が多いようなので、僕はこちらを運ぶとしよう。
「あ、いけない! 火傷用のお薬もお願いされているんでした! 箱詰めするので、先に持って行ってください!」
「いいよ、僕も手伝う。一緒に持って行こうよ」
空いている木箱を引っ張り出し、ナナと共に詰め込み作業を行う。
あっという間に箱内は薬のビンで一杯となり、いつでも持ち出しが可能となった。
「よし、準備完了! 後は道具屋さんに持っていけばおっけーだったよね?」
「はい、それでおっけーです! さあ、行きましょう!」
箱の一つを持ち上げ、ナナは玄関へと向かって行った。
僕も残っている箱たちを持ち上げ、彼女の後に続く。
「アマロ村まで行ってくるから、留守番頼むね!」
「はーい! 気を付けて行ってきてくださいね!」
玄関からリビングに声をかけると、レイカの声が返ってきた。
木箱を落とさないように注意をしながら玄関を潜り抜ける。
草原には、穏やかな冷風が拭き渡っていた。
「さて、今日はいつもより注意して歩かないと」
「落としたら使えなくなっちゃいますからね。ゆっくり、お喋りしながら向かいましょうか」
僕たちは、最近の出来事を振り返りながら村の道具屋へと向かうことにした。
モンスター図鑑から始まり、新たな家族との出会い。
パナケアとの遭遇に、プラナムさんからの相談。
半年も経っていないというのに、複数の出来事が立て続けに起きた。
疲れることも多数あったが、不思議と嫌な気持ちになったことはない。
あの事件以来、心を癒すことばかりを優先していたが、心の底ではこういう暮らしを求めていたのだろうか。
「ナナはいまの暮らしと、僕と二人だけでの暮らし、どっちが良い?」
「……まったくもう。それ、聞いちゃうんですか? ソラさんも結構意地悪ですよね」
「アハハ。君の笑顔を見ていれば、不満を抱いていないのは分かってるよ。それでも、あの時に戻りたい――って、思うのかなって考えちゃってさ」
ナナは僕から視線をそらし、空にたった一つだけ浮かぶ白い雲を見つめる。
彼女の横顔に曇りはなく、今日の天気のように晴れていた。
「確かに、あなたと二人っきりで過ごした日々は、とても楽しかったですし、思い出もたくさんあります。でも、あなたの笑顔、いまの方がずっと明るいんですもの。それを見ていたら、戻りたいなんて思いません」
「……そっか。僕も同じだよ」
ナナの笑顔は、二人で暮らしていた時よりもずっと魅力的に輝いている。
それを見られるようになり、僕の心は嬉しさで跳ね続けているほどだ。
「ただ一つ、不満はありますよ。私だけじゃ、あなたのその笑顔を作ることができなかったことです」
「あー……。それも僕と同じだなぁ……。全く、何で気付かなかったんだか」
「ふふっ……。何で、分からなかったんでしょうね」
僕たちは微笑み合い、アマロ村への道を歩き続ける。
村の門を潜り抜け、村人たちと挨拶を交わしつつ、道具屋の前にたどり着く。
「すみませーん、ナナです。お薬置きに来ましたー」
「おう、ナナちゃんいらっしゃい! ソラ坊も手伝いか!?」
道具屋の扉を開けるなり、明るい元気な声が僕たちに浴びせられる。
店のカウンターには、道具屋の主人が腕組みをしながら笑顔を見せていた。
「ええ、今日はたくさんお薬を持ってきました。お店の裏側で大丈夫ですか?」
「ああ、その辺に置いといてくれ――と言いたいところだが、量が多そうだな。よし、倉庫のカギを開けるから、ついてきな」
カウンターの引き出しからカギを取り出し、店の裏側へと続く扉を開け放つ道具屋さん。
彼の後に続いて扉を潜り抜け、とある扉の前で待機する。
どうやらここが道具屋さんの倉庫のようだ。
「うちの村には腕のいい薬師がいるから助かるぜ。わざわざ王都や他の街に買い付けに出かけるんじゃ、採算とんのも難しいからな」
「腕のいいなんて……。私は未熟者ですよ」
道具屋さんの称賛に、ナナはやんわりと否定をする。
僕から見ても彼女の薬師としての腕は卓越した物があるのだが、本業ではないため、褒められることに違和感を抱いたのかもしれない。
「魔導士と薬師は似た作業が多いんだろ? そんだけの薬を作れるんだったら、魔導士としても優秀だってことだ。お前さんは、もうちっと自信を持っても良いと思うんだがな」
「それは――いえ、ありがとうございます」
なるほど、道具屋さんはナナに自信を持たせるために言ってくれたのか。
本当に、この村の人たちは僕たちのことを見てくれている。
「言っておくがソラ坊。お前さんも自信を持つべきだぞ? お前さんは、ずっとナナちゃんのことを守り続けてきた。誰にでもできることじゃねぇからな」
「うぇ!? それはそうかもしれませんけど……」
慌ててナナに顔を向けると、彼女は僕を見つめながらクスクスと笑っていた。
そんなに自信なさげに見えたのだろうか。
「まったく、こんなべっぴんさんと心を通わせられるだけでも羨ましいってのに、同じ屋根の下に暮らしてんだからなぁ……。世の男どもなら憤慨もんだぞ?」
「あら? 女将さんととても仲が良いと聞いていたんですけど、それ言っちゃっていいんですか?」
ナナの反論に、道具屋さんは大きく慌てだす。
彼を攻撃する手段を一つ手に入れることができ、僕も彼女も満面の笑みを浮かべていた。
「似た者同士にまでなりやがって……。よし、開いた。右奥の棚に収納しといてくれるか?」
複数の錠が付けられた扉を解放し終え、道具屋さんは僕たちに指示を出す。
彼の言う通りに薬を収納し、倉庫の外へと出る。
「ずいぶん厳重にしてますよね……。商売道具が置かれている場所ですし、これくらいすべきだって分かるんですけど……」
「ちょくちょく高価なもんを置くこともあるからな。常日頃から厳重にしておいた方が、カギの付け忘れをしないで済むってわけだ。そんじゃ、報酬の話をしようか。ついてきな」
道具屋さんは素早くカギを元通りにすると、倉庫から取り出していた麻の袋をテーブルに置いた。
カチャリと金属が触れ合う音が聞こえたところから察するに、あの中にお金が入っているようだ。
「以前売りあげた分の薬代だ。分かってると思うが、次回薬を持ってきたときに今回の売り上げ分を渡すからな?」
「ええ、もちろんです。では、また次回の時に」
「お薬、よろしくお願いしますね」
ズシリと重い麻袋を肩に背負い、ナナと共に店を出る。
行きより軽くなったはずの荷物だが、不思議といまの方が重量を感じる。
お金という分かりやすく価値がある物を担いだことで、気負いが生じているのだろうか。
「多くの人たちの想いが込められてますからね。当然、重いですよ」
「アハハ。君がそんなことを言うなんて珍しいね」
「フフ。私も持ちますよ。そうすれば、軽くなるでしょう?」
言葉を交わしながら僕たちは帰路に付く。
重いのであれば、二人で持てばいいだけだ。