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モンスターたちの暮らし

「目的地まではもう少し。疲れてきてないかい?」

「ワウ!」

 真横を歩く子どもコボルトに声をかけると、元気に返事をしてくれた。


 僕たちがいまいる場所はアマロ村南の森。

 目的は、森の中にある薬草群生地帯にいるモンスターに会うことだ。


「キュゥ~ン……」

「あれ? お腹すいちゃった? ソラさん。ミルクを上げるので、ちょっと待っていてください」

 後ろを歩くナナは、肩にかけているカバンからミルクが入ったビンと計量容器を取り出し、赤ちゃんコボルトに食事を与える準備を開始した。


 暇を持て余したのか、僕の頭の上に移動してきたスラランがぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 僕たちも、少し休憩をするとしようか。


 カバンから小袋を取り出し、中に入っているものを手に取る。

 出てきたものは、アマロ村の果実を使って作られたドライフルーツだ。


「ほら、君もお腹が空いたでしょ?」

「ワウ! ワウ!」

 手のひらに乗せられたそれを見た子どもコボルトは、あっという間に咥えて飲み込んでしまった。


 オーラム鉱山で出会ったコボルトたちの名前は、それぞれルトとコバ。

 子どもコボルトがルトで、赤ちゃんコボルトがコバだ。


「スラランも食べるかい?」

 スラランに声をかけつつ、ドライフルーツを彼の近くへと持ちあげる。


 手の上が重くなったと思ったらあっという間に軽くなり、手を目の前に下げてみるとそこにはもう何もなかった。

 ナナが作るドライフルーツは、モンスターたちにも好評だ。


「はい、美味しかった? 残りはまた後で飲もうね」

 コバは口の周りに付いたミルクをペロペロと舐めている。


 ナナの方も休憩が終わったようだ。


「よし、それじゃあ行軍再開。もう少しで目的地だよ」

 モンスターたちに声をかけ、森の奥へと歩み出す。


 木漏れ日が歩くべき道を指し示し、木の枝に停まった鳥がこちらを見下ろしている。

 様々なことがあったこの森も、すっかり平和となったようだ。


「パナケアちゃん……。喜んでくれるでしょうか……?」

「そりゃ喜んでくれるでしょ。会いに来てくれたって、飛びついてくるはずだよ」

 マンドラゴラのパナケアは、森の住人たちと更に仲良くなることはできただろうか。


 森の主が見守ってくれているので、大丈夫だとは思っているが。


「匂いが変わってきた。みんな、到着したよ」

 甘い花の蜜と、ハーブに近い香りが混ざった不思議な匂いが鼻を刺激する。


 スラランが頭の上から飛び降り、我先にと匂いの元へと飛び跳ねていく。

 ルトは鼻をヒクヒクと動かしながら、僕の横を離れずに歩いていた。


 茂みをかき分け、目的地に足を踏み入れる。

 薬草群生地帯の奥の方に、小さな影が複数動いている姿が見えた。


「パナケアちゃーん! 来たよー!」

 ナナの声に反応した影たちが、こちらに顔を向ける。


 すると、そのうちの一体がものすごいスピードで駆け寄ってきた。


「まうまー!!」

 駆け寄ってきたのは、マンドラゴラのパナケアだった。


 彼女はナナのそばまで走り寄り、一気に飛び上がる。


「おっとっと、久しぶり。元気だった?」

「まう!」

 ナナの胸元に抱き着いたパナケアは、元気よく返事をする。


 その笑顔には一点の曇りもない。

 どうやら森の皆と仲良く暮らせているようだ。


「久しぶりだね、パナケア。元気そうでよかった」

「まうっ!」

 挨拶をすると、元気よく返事をしてくれた。


 ナナだけでなく、僕のこともしっかり覚えてくれていたようだ。


「パナケアちゃん。約束通り、お友達を連れてきたよ」

 ナナは抱きかかえていたパナケアを地面に降ろし、僕たちが連れてきたモンスターたちと対面させる。


 彼女はモンスターたちに気付くと、不思議そうに彼らのことを見つめていた。


「まう~?」

「そう、お友達。仲良くしてくれると嬉しいな」

 少し距離を取って様子を見ることにしたが、お互いなかなか動きを見せない。


 見かけない同士なので、警戒するのも無理はないだろう。

 ならば、こちらから警戒を解いていかなければ。


「スララン。君のとびっきりの挨拶、お願いできるかい?」

 声をかけると、スラランはその場でプルプルと体を揺らし、ぴょんと飛び跳ねた。


 すでに何度も見ている行動だが、これが彼なりの挨拶だ。


「まうまー」

「ふふ、よろしくだって。じゃあ次! ルト、お願い」

 僕の指示を聞き、ルトはパナケアのそばに近寄っていく。


 一定の距離まで近づいたところで座り、彼女に向けて声をかけてくれる。


「ワウ」

「まうー……」

 自身より大きな存在だからか、パナケアは少々不安そうな様子。


 されど興味が無いというわけではないらしく、彼女はルトの白い毛をじっと見つめていた。


「大丈夫だよ。ほら、こうしてゆっくり……」

 ナナがパナケアの手を取り、ゆっくりとルトの体に触れさせる。


 その優しい撫で方に、ルトも気持ちよさそうに目を細め――


「まー! まうまう!」

 突如としてパナケアは、嬉しそうにルトの体を触りだした。


 モフモフの毛皮の触り心地に、感動したのだろう。

 彼女は満面の笑顔を浮かべていたが、突然触れ方が変わったせいか、ルトは不満そうな顔つきをしていた。


「あんまりペタペタ触りすぎちゃダメだよ。ルトも嫌がっちゃうから」

「むー……」

 ルトから離されたことで、パナケアは表情を不満げなものに変化させていた。


 嫌がることをしすぎて彼女を傷つけることになれば、双方に嫌な思いをすることになる。

 いまはこれくらいがちょうど良いのかもしれない。


「さて、あとはコバだね。……よっと」

 コバを抱き上げ、少し離れてパナケアと対面させる。


 いきなりつかみかかることはないと思うが、用心しなければ。


「まうー!」

「きゃうーん!」

 パナケアは手を振りながら、コバは尻尾を振りながら挨拶を交わしていた。


 両者とも怖がっているように見えない。近寄らせても問題なさそうだ。


「さあ、行っておいで」

 コバを地面へと下ろし、自由に歩き回れるようにする。


 早速自分からパナケアへと近寄って行き、においを嗅いだり頬を舐めたりするのだった。


「キャハハハー! まう! まうまー!」

 パナケアも嬉しそうにコバの体を撫でたり抱きしめたりしていた。


 不安は既に、あの子たちの中から消え去ったようだ。


「良かった……。パナケアちゃんとの約束、ちゃんと守れました」

「そうだね。満足そうで良かったよ。ただ……」

 視線をルトに向けると、少しそわそわとしているように見える。


 この場所に満ちる香りが落ち着かないのだろう。


「大体のモンスターは、この場所の香りが得意じゃないんだったね……」

「場所を変えましょうか。私はパナケアちゃんと一緒にお友達も連れて行こうと思うので、ソラさんは先にルトたちを誘導してあげてください。場所は泉が良いと思います」

 ナナの指示通り、僕は家族を連れて泉へと向かう。


 その後、泉は多種多様な存在が遊ぶ、不思議な空間となるのだった。

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