「せい! はあ!」
鍛錬用の剣を握り、強く振るたびに汗が滴り落ちていく。
既に肌寒い季節となってきているのに、体の熱は増していくばかり。
この熱が冷めきらぬうちに、次の鍛錬へと入らなければ。
「よし、素振りは終わり。次はあの時の感覚を再現する練習だ」
家の壁に立てかけておいた自分の武器を手に取り、剣を鞘から抜き取る。
銀に輝くそれには、複雑な表情を浮かべる僕が映り込んでいた。
「……プロテク!」
剣を地面に突き刺し、防御魔法を使用する。
オレンジ色の膜が僕の周囲を覆い、強力な防壁となってくれるのだが。
「あの時ほどの防壁が作れないなぁ……。何が違うのかな……」
ブラッドバッドの攻撃からナナを守ったあの時、防御魔法は青白い防壁として出現した。
いまの防壁も強力なことには違いないのだが、青白い防壁と比べれば言い表せないほどの差がある。
「精が出ますね、ソラ殿」
「あれ? シルバルさんじゃないですか。いつの間に……」
声に反応して振り返ると、そこにはシルバルさんの姿があった。
鍛錬している所を見られてしまったようだ。
「悩みがあるように見えますが……」
「ええ、どうしてもあの時のことを再現できなくて……。いつでも出せるようになれば、みんなを守りやすくなるんですけど……」
再度防御魔法を使ってみたが、やはり出現するのはオレンジ色の防壁。
使っている魔力の量はほぼ同じはずなのに、いま出せないことには何か理由があるのだろうか。
「戦闘力はなかなかのものがありますが、盾を担う者としては未熟なところがあるようですね。と言っても、ほぼ初心者同然なわけですし、致し方ないか……」
「シルバルさん……?」
腕を組み、ぼそりと呟くシルバルさん。
もしや、あの防御魔法を使えなくなった理由を彼は知っているのだろうか。
「……ソラ殿は、盾とは何かと考えたことはありますか?」
「盾とは何か……?」
シルバルさんの言いたいことを想像しつつ、自分の中から答えを探す。
盾を持ったことも、ましてや自分が盾となろうと考えたことすらない。
盾とは何かなどと、頭をよぎるはずがなかった。
「考え込む必要はありませんよ。ただ、私はあるかないかを聞いただけなのですから」
「あ……。そうでしたね。じゃあ、一応はないです……」
ないと返せばいいだけなのに、余計な言葉をつけてしまう。
真っすぐ答えてしまえば、負けた気分になりそうだったからだ。
「ソラ殿も負けず嫌いな所があるようですね。私と同じです」
そういえば、僕に盾をお願いしてきた時に、シルバルさんは悔しそうな表情を浮かべていた。
自分自身の宣言に対する負い目だと思っていたが、自身だけではやり遂げられないと理解してしまったことに、悔しさを感じていたのかもしれない。
「実は私も、この質問をされたことがあるのですが……。私の答えはソラ殿の返答より酷いものでしたよ。見当違いの答えを返し、叱られたことを覚えています」
「アハハ……。なんだか意外です。最初から盾としての心構えができている人だと思っていたので」
「……心構えなどできていませんよ。いまだに揺らいでしまうことがありますので」
どこか悲しげな返事を聞き、配慮に欠いた言葉を発してしまったことに気付く。
だが、僕が謝罪するよりも早くシルバルさんは向き直り、口を開いた。
「さて、盾とは何かの答えを伝えなければなりませんね。私の身の上話を続けたところで何も意味はありませんから」
「え? あ、はい……」
シルバルさんが抱いている何かを聞き出そうとは思えなかった。
なぜかは分からないが、僕たちと似たものではないかと感じたからだ。
「盾は守るための力。背後にある物を守り抜く、何よりも優しき存在」
「優しき存在……」
不思議としっくりくる表現だった。
僕は、その優しき存在となれたのだろうか。
「同時に、こうともとれます。自らを犠牲にする独りよがりの力とも」
これも、不思議と納得がいく言葉だった。
周りを見ずにただ守り通そうとすれば、それはただの独善だ。
「盾の道を志す者は、特に後者の思考に陥りやすい。自分が倒れても、後ろの存在が立っていればいい。命を失ってでも、守り切れればそれで良いと」
「僕も、命を張って守られたことがありますね……」
僕のことを守り切った代わりに、目の前の命が散っていく。
辛かった、苦しかった。なぜ僕なんかをと泣き叫んだ。
それでも、ケイルムさんは優しそうに微笑むだけだった。
「ですが、盾が壊れてしまえば守られるはずだった存在がむき出しとなる。それでは何も意味がない。壊れないことこそが盾の証なのです」
「盾の……証……」
ならば、ケイルムさんは盾になれきれなかったということだろうか。
こうして僕たちの命は紡がれ、現在も生き続けているというのに。
「命を守ることだけが盾の役割ではありませんよ。損傷することなく、心も身体をも守りぬくことができる存在が盾なのです」
自らが壊れることなく、背後にいる存在の身と心を守りぬく。
簡単なように思えるが、とても難しいということは僕も経験している。
「最終的には倒れてしまいましたが、あなたはあの時、自らを犠牲にとは考えなかったのでは? これからもナナ殿と共に歩みたいがために、自らの想いを守る盾を作り出したのではないのでしょうか?」
「結局のところ、独りよがりの力を引き出したってことですか……?」
ナナを守ろうとしたのではなく、自分の想いを守ろうとしたのであれば、結局は独善だろう。
それに、彼女を守りたいという想いを独善で片付けられるのは、少しショックを感じる。
「人の感情は、全て独善です。守りたいと思っても、相手は守られることを拒むかもしれない。共に歩みたいと願っていても、相手はそれを望まないかもしれない。相手を思いやっているように見えて、実際の所は自分本位なのです」
シルバルさんの言葉を聞き、ハッとする。
森の主の攻撃から逃れようと四苦八苦している際に、ナナが僕の言葉に反対して攻撃を仕掛けたこと。
コボルト問題を解決するために話し合いを行った際、プラナムさんに苦言を呈されたこと。
どちらも、僕が勝手にモンスターたちのことを可哀想と思い込み、それを咎めようとした行動だ。
「誰かのために行動しているように見えて、人は自分のためにしか行動できない。ですが、それでよいのです。自らへの想いが高まった際に、人は力を発揮できるのですから」
そうか、だからあの時の防御魔法は――
「いまなら使えるはずですよ。大切な存在と、自らを守るあの魔法が」
「……はい! やってみます!」
剣を地面に突き刺し、想いを込めながら魔法を発動する。
レイカとレンと共に、たくさんの物を見てみたい。ナナと共に、生きていきたい!
「プロテク!」
高ぶった想いと共に、魔法を発動する。
周囲に出現した防壁は、オレンジではなく青白いものだった。
「できた……! できたぁ!!」
剣を地面から抜き取り、小躍りしながら喜ぶ。
そんな僕の様子を見ていたシルバルさんが、パチパチと拍手をしてくれた。
「お見事です。いまのあなたであれば、壊れぬ盾として行動ができるはずですよ」
「はい! ありがとうございます!」
再度防御魔法を展開してみるが、出現するのは青白い防壁だった。
きちんとコツをつかめたみたいだが、それにしても。
「シルバルさんは魔法を使えない……んですよね? なのにどうして、僕の魔法に足りないものが分かったんですか?」
「答えとして正しいものか分かりませんが……。私たちは魔法が使えない分、自身の想いを何より大切にしているんです。ソラ殿たちも、それは変わらないのではないかと思っただけですよ」
想いが力となる。
それだけでこれほどの力となるのであれば、ナナの使えなくなっていた魔法が、突然解放された理由付けにもなりそうだ。
「これまで色々言ってきましたが、唯一、独善と言い切れない行動があります。それが何か、もうお分かりですよね?」
誰かを守ることも、相手を思いやることも結局は独善。
ならば自身を守り、思いやることが正解だろう。
「正解です。あなたが誰かを守りたいと想う時、誰かもあなたを守りたいと想っている。自身を守る行動は、誰かのその想いすらも守っているのです」
「自身を守り、大切な人たちを守り、想いをも守る。難しいですね……」
どれか一つが欠けただけで、盾として機能しなくなる。
新たに示された道は、途方もないほどに長く、険しい道のようだ。
「大切な存在だけを見るのではなく、自身の想いも大切にしてください。それらが、あなたの更なる力となってくれるはずです」
「……はい、分かりました!」
この新たな力を携え、歩き出そう。
家族と、大切な人と、僕自身の想いを守り抜くために。