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ソラの願い

「ちょっと違うかなぁ……。やっぱり、文章を考えるって難しいや」

 机の上に散らばった複数の資料。それらを見ながら、僕はモンスター図鑑に記載する予定の説明文を作っていた。


 ただ事実を羅列していくだけでは、モンスターに興味を持ってもらえない。

 かといって、魅力的に見えるように書いてしまえば、警戒心を大きく下げることに繋がってしまう。


 最初にぶつかった課題が、いまだに襲い掛かってくる。

 この作業を続けている間は、延々と悩み続けることになるのだろう。


「もう、こんな時間かぁ……。そろそろ休もうかな」

 時計に視線を向けると、針は日が変わる時間帯を指していた。


 今日は魔法の実験から始まり、モンスター図鑑の作業まで行っていたので、さすがに疲れを感じる。

 鍛錬を行える程度の体調に戻ったとはいえ、無理をすればナナから大目玉を食らってしまう。


「あ、そういえば今日は……」

 寝間着に着替えながらぼんやり暦を見ていると、今日は少しだけ変わった夜だったことを思い出す。


 急いで窓際に移動して外の景色を眺めると、普段の夜より明るいように見える。


「このまま寝るのは勿体ないし、ちょっと見てこよっと」

 椅子に掛けてあった厚手の上着に腕を通し、寒さ対策をしてから家の外に出る。


 夜空には、満点の星空が輝いていた。


「おおー、すごい。こんなに綺麗に見えるのはいつぶりかな」

 赤や黄色、白に青、まるで宝石のような空模様。


 いくつもの星々が、僕たちの住むアマロ村を照らしていた。


「そう、そう。ナナと一緒に見たんだっけ。彼女をこっそり連れ出して、一緒に高台で寝転んで……」

 何度思い返しても、あの時はとんでもないことをしたものだ。


 いくらナナの希望だったからとはいえ、共に夜の屋外に飛び出すとは。


「でも、あの行動をとらなければ、彼女と共にいなかったんだろうなぁ……」

 本当に、何がきっかけで変化するのか分からない。


 これから先も、同様のことが起こり得るのだろうか。


「東の空。あの先に、僕たちの故郷がある。僕とレイカとレンが住んでいた『アイラル大陸』が」

 東の空に目を向けると、暗い夜空に白い星々が映えて見えた。


「義父さんも義母さんも、あの子たちも……。村のみんなも見ているのかな」

 故郷を出立したあの日、舟を貰って海へと漕ぎ出したあの日。


 両親も、思い出の中のあの子たちも見送りに来てくれた。

 僕に張り付き、大泣きしていたあの女の子。その様子を、彼女たちの母親の服を握りながら見つめていた男の子。


 あの子たちも、無事に旅に出たのだろうか。


「レイカとレンも、僕と同じように舟でこっちに来たのか……。理由が同じようなものじゃ、無茶はしちゃうか……」

 いまだに僕の最初の目的は達成されておらず、それに対しての心苦しさは募るばかり。


 だがその目的よりも、ナナと共に歩み続けるべきだという心もまた存在している。

 生みの親を探す目的を二の次にし、自身が愛した人と共に生きることを優先しようとしているのだから、親不孝も良いところだ。


「二人は、お兄さんを見つけたら故郷に帰るのかな? それとも、さらに見聞の旅を続けるのかな?」

 できればここに残り、魔法の研究や、モンスター図鑑の手伝いをしてほしいという思いはある。


 だが、僕の気持ちだけで、姉弟の行動を狭めるようなことはできない。

 あの子たちにはあの子たちの、歩くべき道があるのだから。


「南の空。プラナムさんたちの故郷、『アディア大陸』があるのはあっちだね」

 プラナムさんたちはどうやってこの大陸に来たのだろうか。


 あの二人を見ている限りでは舟で来たとは考えにくいので、どこかに大きな船を停めてあるのかもしれない。


「プラナムさんたちは、魔法を使える人を求めてこの大陸に来たって言っていたけど……。何をしようとしているんだろう……」

 向こうの大陸にたどり着いたら、魔力を何に使うのか教えてくれるだろうか。


 悪事に使おうとしているようには思えないので、必ず有効活用してくれると信じているが。


「シルバルさんには、盾の存在意義を教えてもらったな……」

 自身を守り、大切な存在を守り、想いをも守る。


 まだまだ理解しきれていない部分もあるが、必ず物にして見せる。


「ミスリル鉱も、今度こそはちゃんと取りに行かないとね」

 オーラム鉱山が補修作業に入ったため、結局ミスリル鉱は採り損ねてしまった。


 プラナムさんたちは仕方がないことだと言っていたが、本心は早く故郷に戻りたいと願っているはず。

 採掘が再開され次第鉱山に向かい、ミスリル鉱を採取してこなければ。


「さて、そろそろ……。来た、来た!」

 最後に頭上を仰ぎ見ると、いくつもの流れ星が空を駆け巡りだしていた。


 次第に流れ星の出現位置が下がっていき、東西南北全ての夜空を彩りだす。


「こんなにたくさん流れ星が見えていたら、願い事なんて一瞬で埋まっちゃうなぁ……」

 と言っても、僕の願い事は三つくらいな物だが。


「レイカとレンのお兄さんが見つかりますように。プラナムさんたちの願いが叶いますように。そして……」

 胸に手を当て、僕自身の願いを流れ星に込める。


「ナナと共に歩み続けられますように」

 流れ星の中心にある一際明るい星が、キラリときらめいた。

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