「おらぁ! 声が足りねぇぞ! 休んでいた分、取り返すんだろぉ!?」
「「「オオー!!」」」
オーラム鉱山の親方の怒声と、鉱士の方々の声が暗闇内に響き渡る。
同時に、洞窟の壁にピッケルが叩きつけられる音がより大きくなっていく。
「元気に作業を行うことは大切です。暗い雰囲気で作業を行えば、事故を起こす可能性が増しますので。ヒューマンも私たちも、そういう面は変わらないようですわね」
元気に働く鉱士さんたちを見て、プラナムさんが感心の声をあげている。
僕たちは採掘を再開したオーラム鉱山に再訪し、ミスリル鉱を探していた。
「銅鉱石に……。こちらは鉄鉱石のようですね……。ふむ、なかなか質の良い鉱石たちだ」
シルバルさんが、自分で掘り出した鉱石のチェックを行っている。
僕たちが採掘を行っている場所は、コボルトの住処があった箇所。
親方が鉱山を救ってくれた礼にと、最前線に混ざって採掘をする許可を出してくれたのだ。
「うーん……。意外とミスリル鉱が出てきませんね……。これなら、古い坑道を探した方が良かったかな……」
「いくらミスリル鉱であろうとも、空気中に露出したものは劣化が進みます。土に埋まった物を探した方が、より良い容器を作れますよ」
長時間採掘を続けていたせいか、いい加減な考えが頭をよぎりだしてしまった。
魔力が霧散しないよう、長期間保存できるようにしておかなければならないので、中途半端な物を作るわけにはいかないというのに。
「少し休憩を入れた方が良いかもしれませんね。体を疲れさせたままの作業も危険ですわ」
「そうですね、分かりました」
手袋で額の汗をぬぐいながら、プラナムさんの提案を受け入れる。
思考が怠けに寄っただけでなく、だいぶ疲れてきていたのを見破られてしまったようだ。
「休憩用に、ナナがお菓子を持ってきてくれています。片付けが終わり次第向かいましょうか」
ナナ・レイカ・レンの三名は、別の場所で掘り出した鉱石のチェックをしてもらっている。
三人とも力仕事には向いていないので、役割分担というわけだ。
「ナナ様のお菓子は甘くて美味しいので楽しみですわ! さあシルバル、ソラ様! 参りましょう!」
一早く片づけを終えたプラナムさんは、ナナたちがいる場所へと歩いていく。
僕たちも急いで道具を片付け、彼女の後を追いかける。
「それにしても、お二人は本当に力が強いんですね……。僕よりも早く鉱石を掘り出してしまうんですから」
「これでも、使い慣れている道具ではないので遅いくらいです。もう少し慣れてくれば、さらに素早く土を掘れるようになりますよ」
お二人の怪力に恐れを抱きつつも、同時に頼もしさも感じる。
本当に、彼らと交流ができて良かった。
「キャウキャウ!」
「あ、皆さんお揃いで。休憩ですか?」
「うん。あまり体を疲れさせるのも良くないから――って、あれ? ルトはどうしたんだい? いないみたいだけど」
ナナたちがいる場所にたどり着いたものの、彼女たちのそばに子どもコボルトのルトがいないことに気付く。
群れの墓参りにもなると思って、赤ちゃんコボルトのコバと共に連れてきたのだが、どこに行ってしまったのだろうか。
「ソラさんたちが作業をしている方に歩いていくのを見ましたけど……。会っていないんですか?」
「僕たちの方に? いや、見てないなぁ……」
レイカの質問に答えつつ、歩いてきた暗闇に視線を向ける。
鉱士の方々が採掘をしている姿があるが、ルトの姿は見当たらない。
「もしかしたらだけど、人がたくさんいるから迷っちゃったのかも」
レンが心配そうにつぶやく。
あの子たちと暮らし始めてまだ日が浅いとはいえ、寝食を共にしているのだ。
判別がつかないということは、そうそうないと思うが。
「なんにしても、ルトを探さないとね。みんなも探すのを手伝ってもらってもいい? あの子も、僕たちといっしょにお菓子を食べたいはずだから。コバもお願いね」
「キャウーン!」
僕の言葉に家族皆がうなずき、ルトの弟であるコバも地面に顔を近づけ、姉を探し始めてくれた。
薄暗いこの状況では、コバの嗅覚を頼った方が確実だろう。
「もちろん、わたくしたちもお手伝いしますわ!」
「探す範囲はそれほど広くする必要はないでしょう。ここから我々が採掘していた場所まで歩きながら、名を呼べば反応が返ってくるかもしれません」
直接は関係ないプラナムさんとシルバルさんも、探索を手伝うと言ってくれる。
彼女たちにも感謝を伝え、共にルトの探索を始めるのだった。
「ルトー! おやつにしようよ! どこにいるんだーい!?」
「ルトー! どこにいるのー?」
皆でルトの名を呼びつつ歩き続ける。
繰り返しながらしばらく歩いていると、ルトの声が返ってきた。
しかし洞窟内だからか音が反響してしまい、どこから声を発されたのか分からない。
「この辺りにいるようですわね。コバは――あんなところに穴が開いていますわね……」
コバが向かって行く先に視線を向けると、壁際に穴が開いていることに気付く。
僕たちでもかがめばくぐれそうな大きさの穴だ。
「危険はないと思うけど……。シルバルさん、共にお願いできますか?」
「承知いたしました」
家族とプラナムさんには待機しているよう伝え、シルバルさんと共に穴の中へと入る。
穴を潜り抜けると、その先には空洞が存在していた。
空洞内の最奥にて、ルトは二足で立ち上がりながら壁を引っ掻いている。
「ルト? 一体何をしているんだい?」
「ワオーン! ワオーン!」
壁に向かって吠え続けるルト。
あの壁の向こうに、何かがあるのだろうか。
「……掘ってみましょうか。シルバルさん」
「分かりました。お手伝いいたします」
持っていたピッケルを使い、壁を掘る。
しばらく掘り続けていると、先端に何か硬いものがぶつかった。
掘り進めるのを一旦やめ、硬い何かの周辺を丁寧に削っていく。
どうやら、握りこぶし大程度の大きさの鉱石があるようだ。
見つけた鉱石を土から取り外し、両手で持つ。
その鉱石は、指が触れている部分だけ青く輝いていた。
「見つけた……! ミスリル鉱石……! ルト! お手柄だよ!」
「ワウ! ワオーン!」
ミスリル鉱石を地面に置き、ルトの体に触れる。
僕たちのために行動してくれたこの子を、思いっきり撫でるのだった。
●
「僕も、ミスリル鉱を製錬している所を見たかったな……」
鉱士さんたちの休憩所にある椅子に座りながら、足をブラブラと動かすレン。
製錬所を立ち入り禁止にされてしまったことに、不満を抱いているようだ。
「本音を言えば、僕も見たかったさ。でも、作業の邪魔をするわけにもいかないよ」
プラナムさんとシルバルさんは、大量のミスリル鉱を持ってオーラム鉱山内の製錬所へと入っている。
ミスリル鉱を見つけた場所を丹念に調べたところ、どうやらあそこは鉱脈が集中している場所だったらしく、大量に採掘してくることができたのだ。
「製錬方法が分かるのはお二人だけですもんね……。私たちも、聞けば教えてくれるのかな……」
「教えてもらったところで技術がからっきしだからなぁ……。あまり意味はないんじゃない?」
鉱士の人たちには教えるつもりらしく、主に製錬を担当している人たちも製錬所に入っている。
僕たちヒューマンでも扱える技術であればよいのだが。
「ルト、おやつ食べる?」
「クゥーン……」
ナナが差し出したおやつを見て、ルトは悲しげな声で返事をした。
坑道から出てくる前に、軽く叱ったのが原因だろう。
「大丈夫だよ。勝手にいなくならなければ、みんなも怒ったりしないから」
おやつを食べていいと促すと、ルトはゆっくりとナナの元へと近づいていく。
彼女の手の上に乗せられたおやつのにおいを嗅ぎ、静かに口を動かす。
「君はミスリル鉱を見つけてくれた。そこは誇って良いんだ。偉いぞ、ルト」
ルトの元に歩み寄り、優しく体を撫でる。
おやつを食べる勢いは、僕の手が触れるたびに増していくのだった。
「製錬にはそれなりに時間がかかるみたいだから、みんなも休んでおいて。じゃないと、帰りが大変だよ」
「「「はーい」」」
僕の言葉で、各々が自由に行動を始める。
コボルトたちと触れ合ったり、本を読んだり、寝始めたり。
僕は採掘してきた魔法石のチェックをしながら時間を潰すことにした。
「うーん、やっぱりオーラム鉱山の鉱石は質が良いなぁ……。王都のお店でもそうそう買えない物ばっかりだ」
少しチェックをしただけで、質の良い魔法石がゴロゴロと出てくる。
それらを純度別に分け、箱の中にしまい込む作業をしていると、急に外が騒がしくなった。
プラナムさんたちの作業が終わったのだろうか。
外へと続く扉を開き、音が聞こえてくる方向へ視線を向ける。
製錬所から鉱士さんたちが慌ただしく飛び出し、坑道へと向かって行く姿が目に入った。
製錬作業が終わったのは確実のようだ。
「ソラ様、お待たせいたしました。無事にミスリル鉱を製錬できましたわ!」
「お疲れ様です。おケガ等は――なさそうですね」
最後に製錬所から出てきたプラナムさんたちと親方を迎え入れつつ、労いの言葉をかける。
誰の顔にも疲れは浮かんでいないが、親方だけは動揺したような表情を浮かべていた。
「まさか、ミスリル鉱が製錬されていくところを見ることになるとは……。本当にここに残って、俺たちに製錬方法を教えてくれるのか?」
「ええ。製錬所を借りさせていただくわけですし、これでお礼になればと……」
プラナムさんたちはしばらくオーラム鉱山に滞在する代わりに、鉱士さんたちにミスリル鉱の製錬方法を教える約束を取り交わしていた。
ミスリル容器を作るためには、精錬をする場と加工をする場が必要なので、この場に滞在するしかないのだ。
「いやいやいや! ミスリル鉱は採掘を行う上で厄介の種であり続けたんだ。それを全て有効活用できるようになれば、この大陸の技術は大きく進む! むしろ、俺たちが返さなきゃならねぇぐらいなんだ!」
製錬・加工技術が広まれば、親方が言った通り様々な技術が大きく進む。
生活関連・魔法関連・武器関連。
僕が想像できないところでも、ミスリル鉱が求められていくはずだ。
ミスリル鉱の真価はまだ誰にも分らない。
ドワーフとゴブリンでさえ、ミスリル製の道具を作ることができるだけで、使いこなすことはできていないのだ。
きっと、新たな道を開くきっかけとなるだろう。
「ミスリル鉱を確実に製錬できるようになれば、飛ぶように売れるな……。弟子とかも、増えちまうかもなぁ!」
親方の顔がいびつに歪んでいく。
彼が想像したように、鉱石を売るのではなく、技術を売るだけでもお金が大きく動く。
また、数多くの人がそれを求め、市場が混乱に陥ることも容易に想像ができる。
それだけ、ミスリル鉱が持つ力は魅力的なのだ。
「そうそう。お前たちが掘りだした鉱石は自由に持っていって構わねぇぞ」
「え……。う、嬉しいですけど、よろしいのですか?」
ミスリル鉱以外の鉱石は、本来採掘許可を出されたものではない。
僕たちが掘りだしたとはいえ所有権は鉱山側にあるので、買い取ろうと思っていたのだが。
「こんなとんでもねぇ技術を持った奴らを紹介してくれたんだぞ? だってのに、これ以上貰えばバチが当たっちまう。俺たちからの礼だと思って、受け取ってくれや」
「……分かりました。ありがたく頂戴いたします」
嬉しく思うと同時に、どこかむず痒いような感覚を抱く。
エイミーさんから話を聞いた当初、僕はオーラム鉱山の問題を解決する気はなかった。
家族が危険に晒されるより、時間がかかってでも安全にミスリル鉱を採る方が良いと思ったからだ。
それに加え、冒険者ギルドに任せるべき問題と感じたのも理由の一つ。
彼らに任せた方が、経験と人脈の強化につながると考えたからだ。
結局鉱山には侵入し、皆を危険な目に合わせてしまったものの、プラナムさんたちの交流の幅が広がったため、結果オーライにはなったが。
「ミスリル容器が完成次第、ソラ様のお宅にお持ちいたしますわ。わたくしとシルバルの腕にかけまして、最高の容器を作成いたしますので!」
「ええ、楽しみに待ってます。僕たちの方でも、色々準備しておきますね」
お互い激励の言葉をかけ合ったのち、家族と共にオーラム鉱山を後にする。
プラナムさんたちの願いが叶うよう、しっかりと準備を整えよう。
「シルバル師匠! ミスリル鉱を採ってきました! ご指導の程、よろしく願いいたします!」
「俺も、俺も!」
「てめぇら! いきなり師匠と仰ぐんじゃねぇ! 困っておられるだろうが!」
「ハッハッハ! よろしいでしょう。きちんとついてきてもらいますよ!」
背後から、楽しそうなやり取りが聞こえてくる。
僕たちがオーラム鉱山を救ったことは、きっと間違いじゃない。