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魔力注入!

「オーラム鉱山の問題を解決してくれて、本当にありがとう! みんなのおかげで大事にならずに済んだよ!」

 報告書を見ながら、嬉しそうな笑みを浮かべてくれるエイミーさん。


 僕たちは、オーラム鉱山での出来事を自宅で話し合っていた。


「鉱山の問題は解決できたけど、肝心の兄さんらしき人物は見つけられなかった……」

「こら。気持ちは分かるけど、行儀悪いよ」

 ずるずると椅子から滑り落ちていくレンを見て、口を尖らせながら注意をする。


 手掛かりを見つけられなかったことに対する不満があるのは分かるが、お客さんがいる前でやることではないだろう。


「私も調査してるし、きっとまた冒険者ギルドにも情報が入ってくるよ! ……多分」

「エイミーさん……。そこは不安にならないでくださいよ……」

 冒険者ギルドは絶賛成長中なので、致し方がない部分があるのは確か。


 国営と言えど人が関わる組織である以上、最初から全力で動くことなどできないのだから。


「コボルトの住処を襲った人物の調査も進めないとね……。単身で大規模の群れを破壊したわけなんだから、警戒はしておかないと」

「要注意人物として、マークをする……と」

 僕の言葉に、エイミーさんはコクリとうなずいた。


 件の人物が善意を持って行動をしていたとしても、あの群れを破壊するほどの存在に警戒心を抱かないわけがない。

 状況によっては、冒険者ギルドが囲みこもうとするのもあり得る話だろう。


「ソラさん、私たちはどうすればいいでしょうか……?」

 声に振り返ると、レイカが不安そうな表情で僕のことを見つめていた。


 何か不安になる要素が――なるほど、そういうことか。


「君たちが重荷に思うことはないよ。それに、まだ君たちのお兄さんとは限らないんだ。違う人物だと思って、気を楽にしておきな?」

「そう……ですよね……」

 レイカは僕から目をそらし、日向でリラックスしているルトとコバに視線を送る。


 現在の僕たちには情報が無い。件の人物の姿も、動機も、何もかもが分からない。

 自分の身内と判断して心を痛めるには、まだ気が早すぎる。


「ソラさんだったらどうしますか? その正体不明の人物に会えたら……」

「僕だったら? そうだなぁ、理由を聞くために問い詰めて……」

 もしも納得できなかったら? 容認できなかったら?


 どうすることが正しいのだろうか。

 思考を続けていると、カラン――カラン――と、来客を知らせる鐘が鳴った。


「お客さんだ。すみません、エイミーさん。少々外します」

 席を立ち、玄関に向かって歩き出す。


 やってきた人物には大体の目途がついている。


「はーい、いま開けまーす!」

 玄関先にいる人物に声をかけつつ、扉を開け放つ。


 想像通り、プラナムさんとシルバルさんの姿があった。


「ソラ様、ご機嫌麗しゅう……。ミスリル容器の準備ができましたわ!」

「お待たせしてしまい、申し訳ございません。その分、最高の容器を作成いたしました。どうぞ、ご査収ください」

 シルバルさんは背負った大きなバッグから黒ずんだ容器を取り出し、僕へと差し出す。


 かなりの大きさの容器だというのに、不思議と重みはほとんど感じなかった。


「ミスリルは他の金属と比べて軽いのです。それでいて鉄以上の硬度を誇るので、持ち運びの容易さを含め、唯一無二の性質を持つ金属なのですよ」

 確かにこの軽さで頑丈となれば、魔力だけでなく様々な物を保存する容器としても活用できる。


 いずれ、旅の必需品となる可能性もあるかもしれない。


「とりあえず、中へどうぞ――と言いたいところなんですが……。他にもお客さんが来ているんですよね……」

「そうなのですか? わたくしは気にしませんが、その方次第ということになるのでしょうか?」

「お嬢様……。そこは、また後日伺うと伝えるべきなのでは……?」

 プラナムさんの言葉に、ため息を吐きながらツッコミを入れるシルバルさん。


 実験を楽しみにしているあまり、ある程度であれば些細なことと判断してしまうのかもしれない。


「ソラ君? お客さんと話し込んでいるみたいだけど、どうしたの?」

「あ、すみません、エイミーさん。実は――」

 リビングから顔だけを出し、こちらを見ているエイミーさんに事情を説明する。


 すると彼女は満面の笑顔を見せ、こちらに手招きをした。


「世紀の実験じゃない! 私も見てみたいな~」

 反対するどころか、思いっきり賛成してくれている。


 エイミーさんが実験を見届けてくれれば、実験結果を各地に伝達してくれるかもしれない。

 僕としては、賛成してくれたことを歓迎したいところだが。


「わたくしたちとしても、手早く実験できることに越したことはありませんわ。早速開始いたしましょう!」

 プラナムさんもまた、一も二もなく受け入れてくれた。


 そんな彼女に呆れた様子を見せつつも、シルバルさんは小さく笑みを浮かべている。

 彼も実験に好奇心を抱いているようだ。


「じゃあ、みんなで実験をしてみましょう! さあ、お入りください!」

 プラナムさんたちを迎え入れ、実験の準備を開始する。


 その間、ミスリル容器を興味深そうに見つめていたエイミーさんが、このようなことをつぶやいた。


「これがミスリルを使った容器……。なんか、思ったよりも普通だね」

 魔力を通さないとただの黒い金属にしか見えないので、そう思うのも仕方ない。


 実験が始まった後のミスリル容器を見て、皆がどのような反応を見せるか楽しみだ。


「ふふ、実験が始まったらびっくりすると思いますよ。それじゃあ始めましょうか」

 容器の蓋を取り外し、中に魔力を封入する。


 実験内容は、長時間放置して魔力が失われないか確認すること。

 魔力を封入できる量を確認すること。この二点だ。


 まずは以前実験した時と同じ時間放置し、霧散しないかどうかのチェックから始めることにした。


「わぁ……。綺麗……」

 エイミーさんがミスリル容器の変化を見て、目を輝かせている。


 魔力が内部に入ったことで、ミスリル容器は全体が水色に輝いていた。

 輝いている間は、魔力が残り続けていると見ても良いかもしれない。


「ここで霧散しちゃうと魔力の保存は夢のまた夢なわけだけど……。うまくいくかなぁ……」

「信じて待つしかありませんわね。でもきっと、うまくいく。そんな気がしますわ」

 皆で雑談を交わしながら、目標の時間になるまで待機する。


 やがて、時間を過ぎたのを確認した僕たちは、容器のふたを開けてみることにした。

 容器は、いまだに水色に輝いている。


「中身は……あ!」

 容器の中から、僕自身の魔力を感じ取ることができた。


 霧散している様子は微塵もない。

 少なくとも、鉄で作られた容器よりは長時間魔力が保存可能ということだ。


「次の実験、魔力封入量の確認。よし、いくよ!」

 容器の中に魔力を少しずつ送り込んでいく。


 一度に大量に送り込み、溢れさせてしまうのでは勿体ない。

 許容量も分かりにくくなってしまうので、じっくり確実に。


「……ふぅ。こんなところかな」

 魔力があふれ出しそうなところで、送り込むのをやめて蓋を閉じる。


 容器全体から魔力の気配を感じる。これ以上の封入はできなさそうだ。


「これで、魔力が霧散しないうちに『アディア大陸』まで運ぶことができれば、問題なしですわね!」

「……いえ、問題ありです」

 喜ぶプラナムさんには悪いが、問題が発生してしまった。


 どのように解決すべきか考えるため、椅子に座って腕を組む。


「何か異常があるのでしょうか?」

 シルバルさんが容器のチェックをしてくれる。


 だが、問題はそこにはない。

 もっと根本的な部分に問題があるのだ。


「……封入できた魔力の量が少なすぎるんです」

 容器が満杯になるまでに、僕に宿っている魔力がほとんど減らなかった。


 これでは僕が魔力を放出し続けた方がマシなくらいだ。


「少なすぎる……。ということは……」

「ええ。この容器では大量の魔力を封入できません。『アディア大陸』まで持ち運び、向こうで使用できるようになったとしても、すぐに枯渇するでしょう」

 容器の中に物を入れようとしても、入るのは容器の大きさの分だけ。


 至極当然の結果ではあるが、魔力と相性が良いミスリルであればそういった面も解決できるのではという予想は、どうやら甘かったようだ。

 とはいえ、この問題を解決するのは実に簡単。


 より大きな容器を用意するか、大量の容器を用意するか、もしくは両方してしまうか。

 時間と労力をかければ、解決できる事柄ではあるのだが。


「そんな大量のミスリルを、わたくしたちのためだけに使うなんてできませんわ……」

 プラナムさんは、肩を大きく落としてしまった。


 この大陸にミスリルがたくさん眠っているからと言って、他の種族のために大量に使うのはどう考えても間違いだ。

 これからは僕たちヒューマンも使うことになるので、その進歩を奪うことにも繋がりかねない。


 本格的に、あれを調べてみるしかないか。


「エイミーさん。大人数の渡航許可証を発行してもらうことはできますか?」

「とこ……!? まって、ソラ君。大陸の外に出たいってどういうこと? しかも大人数って……!」

 エイミーさんは疑問を抱きつつも、メモを取り出して手早く準備に取り掛かってくれる。


 彼女を家に招いた状態で実験をしたことは、僥倖だったようだ。


「一つだけあるかもしれないんです。ミスリル容器の大きさも数も変更することなく、魔力問題を解決できる可能性が」

「本当ですの!? それは一体……?」

 大きさも数も変えずに、より多くの物を封入する方法はある。


 封入された存在を圧縮するのだ。


「僕はとある魔法を研究しています。それを完成させられれば、この問題は解決に至ると思います」

 あの魔法を完成させるためには、より多くの知識が必要だ。


 そのために、戻らなければならない。


「……そう言うってことは、あるんだよね? 『アヴァル大陸』の外に、『戻りの大渦』を越えた先に求める答えが」

「ええ。僕が行こうと思っているのは『アイラル大陸』。知識を求める種族、ホワイトドラゴンが住む大陸です」

 そして、あの海を越えるための船がある場所――魔法剣士ギルドに。


 五年と七年ぶりの里帰りだ。

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