「あ! お話中でしたか。やかましくしてしまい、申し訳ありません。ルペスさん、素材はいつもの場所に置いときますね!」
「ああ、頼むよ。それと素材の収納が終わったら、ここに来て待っていてくれ。次にお願いしたいことができたから」
金髪の少女は分かりましたとだけ言うと、背負った荷物と共にギルドの奥へと入っていった。
五年前に彼女の姿を見かけた記憶はない。新人の魔法剣士だろうか。
「彼女は今年の夏に入ってきた子なんだ。いまは素材集めの任務から帰ってきたところだね」
「やっぱり、新人さんなんですね……」
あの少女はどのような魔法剣士を志しているのだろうか。
見た目年齢的にほぼレイカと変わらないように思えるので、彼女の友達になってくれると嬉しいのだが。
「興味を持ってくれたようだね。あの子もまさしく、魔法剣士と言っていい性格をしている。まだ半年も修行をしていないというのに、技術もなかなかのものがあるんだ」
「もしかして、先輩があの子を?」
僕の質問に、ルペス先輩はハッハッハと笑い出す。
彼が認めたということは、特に優秀な人物なのだろう。
「その辺は、後の彼女との交流で……な?」
「分かりました。楽しみにしておきますね」
この後に起きることを軽く想像しつつ、ちらりとレイカに視線を向ける。
彼女も先ほどの少女に興味を抱いたのか、ギルドの奥へと通じる通路をじっと見つめていた。
「さて、早速適正試験を始めようか。いまの時間なら訓練場が空いているはずだから、そこで君が見てやってくれ」
「え? 僕が試験官をするんですか? いつもでしたら、推薦人以外が行う取り決めでしたよね?」
先輩は、各種試験項目が書かれた紙を僕に渡しながらそう言った。
レイカと共に暮らし、彼女をよく知っている僕に試験官を任せるのは良くないと思うのだが。
「その子は、自分の姿を他人――というかヒューマンに見られることに、抵抗があるんだろう? なら、事情をよく理解している君に任せた方が安心だからね」
僕以外の人物が試験官をすれば、レイカも怯えて本当の力を出せない可能性はある。
だとしても、えこひいきになりそうなので辞退したいくらいなのだが。
「ルペス先輩も事情を理解しているじゃないですか。だったら――」
「俺は船を出したいという話をマスターに持っていく。もし君が頼ってくることがあれば、必ず回してほしいと言われているんだ」
先輩の言葉に大きく驚く。
一介の魔法剣士に過ぎない僕に、どうしてマスターが行動を起こしてくれるのだろうか。
「それに、最近は推薦人が試験官をすることが多くなっているんだ。その方が試験を受ける側も実力を発揮できることが分かったからね」
僕の顔をじっと見つめ、ニヤリと笑う先輩。
結局のところ、僕がまいた種のようだ。
「模擬戦の時は俺も様子を見に行くし、何より君が不正を働くなんて思ってないさ。それじゃ、俺はマスターの所に行ってくる。任せたよ」
言い終えるなり、先輩は杖をつきながらギルドの奥へと入っていく。
その後ろ姿と共に歩んでいく影が見えた気がして、寂しさを感じてしまう。
「あら? ルペスさん、もう戻られてしまったんですね……」
先輩との入れ替わりで、ナナが飲み物を持って戻ってきた。
これを飲んで一息入れたら、試験を行うとしよう。
「悲しそうな顔をされてますね……。やっぱり、あの方がいないのは……」
「うん、どうしてもね……。でも、彼女がいなくて心を痛めているのは、先輩の方だから……」
僕が心を痛めているように、先輩も心に深い傷を負っている。
だというのに、彼はその痛みに負けずに日々の業務を全うしているのだ。
こうしてこの場に戻ってきた以上、僕にできることをしていかなければ。
「よし、訓練場に行こうか。悪いけど、ナナとレンは少し待っていてくれるかい?」
「分かりました。のんびり待ってますね」
ナナは飲み物を飲みながら、レンは持ってきていた本を開きながら待つことにしたようだ。
僕はレイカを連れ、二つのカウンターの間にある扉を押し開く。
扉の向こうでは、数多くの魔法剣士たちが忙しなく動き回っている姿があった。
「試験……。頑張らないと……!」
「落ち着いてやれば大丈夫。いままで練習した通りにやれば、難しいことは何もないから」
僕たちは訓練所へと向かい、試験を開始する。
時に試験内容に苦しむこともあったが、レイカは一つ一つ丁寧に取り組んでいくのだった。
●
「よし、試験終了。こっちに戻って来て」
用紙に記入を行いながら、試験を行っていたレイカを呼び寄せる。
魔力は問題なし。若干持久力が弱いが、瞬発力に秀でたものがあるようだ。
いまのところ、前に出て戦うスタイルが彼女に合っているかもしれない。
「ハァ……フゥ……。これで、能力試験は終了ですか……?」
息を切らせながら、レイカはこちらに歩み寄ってきた。
彼女には頭のフードを外させ、動きやすい服を着させている。
訓練場は中からカギを閉められるようになっているので、白い髪と角を見られる問題もない。
といっても、ここにはホワイトドラゴンについて詳しい人が多いので、見られたところで大きな問題にはならないはず。
あくまでレイカが平常心でいられるための処置だ。
「うん、終わり。あとは実技試験である模擬戦を越えれば試験は終了。模擬戦はルペス先輩も見てくれることになっているから、いまはしっかり休んでおいて」
言いながら、レイカにタオルと水筒を手渡す。
彼女はそれらを受け取ると、近くの壁に寄りかかりながらゆっくりと座った。
「ハァ……。魔法剣士って、想像以上に体力を使うんですね……。本当に、私でもなれるのかな……」
「アハハハ……。言ってしまえば、剣士と魔導士の中間みたいな存在だからね。やれることが多い分、消耗も大きくなりやすいんだ」
落ち込んでいるレイカに、改めて魔法剣士の説明をする。
魔法剣士とは、その名の通り剣と魔法を使って戦う戦士。
遠方の敵には魔法を放ち、近くの敵には剣を振るい、剣で敵を斬り裂き、時に魔法で敵を打ち砕く。
両方を行えるのが魔法剣士であり、両方を行えるからこそ体力も魔力も大きく消耗しやすいのだ。
「試験で体力と魔力のチェックを行う理由が、そこにあるんですね……」
「そういうこと。どちらかが欠けていると、途端に魔法剣士として戦うことに難が出ちゃうからね」
体力が弱ければ剣を振るえず、魔力が弱ければ魔法を放てない。
その点レイカは、体力魔力共に大きな問題があるわけではないので、十分に魔法剣士として活躍できるはずだ。
「それだけ、戦う機会も多いってことですよね……」
「うん。増えすぎたモンスターの討伐に始まり、要人の警護。集落の護衛なんかもやったりするよ」
魔法剣士の主な仕事は、一般の人々では手出しできない問題に関与すること。
やれることが多い分、危険な仕事を任されることも多いのだ。
「オーラム鉱山でブラッドバッドと戦った時、言い表しようのない悪寒が襲ってきました。危険な存在とはいえ、多くの命が自分の行動で消えていくと分かり、怖くなりました……」
レイカは自分の右手を見つめながら、震える声で呟いた。
心理的に成熟していないレイカたちに、あれほどの戦いをさせてしまったのは僕の失態。
いくら旅の中でモンスターと戦ったことがあると言っても、あれでは恐怖を抱くのもしょうがない。
「でも、コバにミルクを与えた時にその思いは吹き飛びました。この子を救えてよかった。敵を倒せる力を貰っていて良かったって思ったんです」
レイカは自分の手から視線を外し、僕の顔を見上げた。
不安はない。それでいて、笑みも浮かべられていない。
どこか無表情だが、その瞳の奥には激しい熱が込められているようにも見える。
「でも、必ずそうなるとは限らないんですよね? 時には負け、大切なものを失うこともある。任務に失敗することだって……」
「……うん、あったよ」
少し頭をよぎるだけで、連鎖的に一連の記憶が蘇る。
全てに蓋をし、忘れ去りたいと何度も願ったあの記憶。
だが決して忘れられない、忘れることができない暗い記憶。
「よろしければ教えていただけませんか? そのとき何があったのか、どんなことを思ったのかを。好奇心で知りたいんじゃない。魔法剣士を志す者として、苦しみを受け入れる力も必要だと思ったので……」
「それは……」
脳裏にイメージが浮かぶたび、体が震える。
口に出そうとすれば、そのまま体の中にある物まで流れ出そうな嫌悪感。
「……全部は話せない。僕自身まだ乗り越えられていないし、がむしゃらに動きすぎて記憶があいまいな部分もあるんだ。かいつまんだ説明になってもいいのなら話すよ」
「それで構いません。お願いします」
レイカは姿勢を正し、じっと僕の瞳を見つめる。
小さく深呼吸をし、震える体を抑えながら口を開く。
「全ての始まりは五年前。たった一つの任務が僕たちの運命を大きく狂わせたんだ」
二つの別れと、一つの出会いの始まりとなったあの任務。
僕はあの日、どんな顔をして任務を受けたのだろうか。