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苦しみの記憶

「任務の内容は至極単純。とある村に行き、その村を護衛すること」

「護衛……。さっき言っていた、魔法剣士の大切なお仕事ですね?」

 レイカの質問に、コクリとうなずいてから話を続ける。


「村の名前はアルティ村。この大陸屈指の実力を持つ魔導士たちが住む村であるのと同時に、ナナの故郷。僕とルペス先輩、そして、ウェルテという先輩を含めた三人で、その村を守る任務を受けたんだ」

 先ほど受付で出会った男性と、現在の魔法剣士ギルドにはいないもう一人の人物。


 僕はその人たちとチームを組み、活動をしていた。


「村を訪れた僕たちは、村人やナナと交流をしながら日々を過ごしていた。護衛任務だということを忘れるくらい平和な日々でね、まるで休暇にでも行ったみたいだったよ」

 村人たちから魔法を教わったり、ナナと共に星を見に出かけたり。


 自分が魔法剣士であることすら忘れそうな日々だった。


「そんなある日、僕はアルティ村への旅路を逆戻りしていた。理由は、当時の魔法剣士マスターだった、ケイルムさんを護衛するため。村とここまでの間は厳しい環境の場所もあったから、念のためにと出ていたんだ」

「もしかして、そのタイミングで村に異変が……?」

 察しが高い子で本当に助かる。


 あの前後は記憶が曖昧なため、あまり説明ができないのだ。


「村の方から煙が出ていることに気付き、僕たちは急行した。そこで起きていたのは、この世の終わりかと思える光景だった」

 知っているモンスターも、知らないモンスターも、本来喰い、喰われる関係であるはずのモンスターも、全てがごちゃ混ぜとなったモンスターの大群。


 それらがアルティ村を襲撃していたのだ。


「いくら大火力で広範囲を焼き尽くせる魔導士たちでも、押し返しきれないほどの数だった。これが、いまなおこの大陸で爪痕を残している事件、モンスター大発生事件の始まり」

「ナナさんの故郷が、モンスターの大群に……。だから、オーラム鉱山で怯えていたんですね……」

 倒れるコボルトたちを見て、五年前の光景を思い出していたのだろう。


 倒れている存在が人にしろモンスターにしろ、近しい状況を見てしまえばどうしても連想してしまうもの。

 僕ですらそうだったのだから、ナナではなおのこと深く連想したはずだ。


「僕たちは救援に入る形で、大量のモンスターと戦った。要となっているモンスターを討ち倒し、少しずつこちら側に有利になっていくと僕は思い込んだ。……あのモンスターが出現するまでは」

「あのモンスター……?」

 あの恐ろしい姿を想像するだけで、体が大きく震えだす。


 屈強な体と、見る者全てを畏怖させる角を持った巨大なモンスター。

 名は分からない。されどあのモンスターが現れたことで、僕たちは、ケイルムさんは――


「僕をかばい、ケイルムさんは致命傷を負った……! そのまま彼は、僕の目の前で……!」

 あの人は優しい笑みを最期に浮かべていた。


 その表情が消えていくのを見て泣き叫んだのは覚えているが、その後のことは再び僕の名を呼ぶ者が現れるまで覚えていない。


「気が付いたら、僕のそばにルペス先輩とウェルテ先輩がいた……。ルペス先輩は足を負傷し、まともに動けない状態だったのに、僕のことを真っ先に心配してくれた。そして、ウェルテ先輩は……」

 ケイルムさんの遺体を見て、怒り狂っていた記憶がある。


 打ちひしがれているとはいえ動くことができる僕を連れ、去っていく巨大なモンスターを追いかけようとしていたはずだ。


「僕は、震える手で差し出された手を取ろうとした。でも、僕は握れなかった。ナナの声が聞こえてきたから……」

 僕と同じくらい、いや、それ以上に悲痛な悲鳴が遠方から聞こえてきた。


 その声を聞いた僕はいてもたってもいられなくなり、無我夢中で走り出したのだ。


「彼女は屋敷のそばで救助を求めていた。お父さんとお母さんを助けてってね……。けれど、僕の力でも、魔法の力でも、もう救助は不可能だった」

 ナナの両親は、燃え盛り、潰れかけた屋敷に閉じ込められていた。


 屋敷が焼失するのは時間の問題であり、このままでは彼女も巻き込まれる可能性すらあると判断した僕は――


「泣き叫ぶナナを背負い、僕は炎と煙の中を走った。彼女の両親から受けた、最期の依頼を噛みしめながら……ね」

「最期の……依頼……?」

 レイカから視線を外し、訓練場の壁にかけられている時計を見つめる。


「娘を見守る者となってほしい。この子の命が尽きるその時まで……。大切な我が子を想う、両親の愛情ってところ……かな」

 両親の最後の愛情を胸に抱き、今日までナナは生きてくれている。


 それを否定的に考えてしまうこともあるそうだが、いつか二人に心から感謝できるようになりたいと願いながら、僕と共に歩き続けているとのことだ。


「お二人に……。魔法剣士の皆さんに、そんな過去があったんですね……」

「うん……。僕にしても、ナナにしても、魔法剣士のみんなにしても……。あまりにも大きな出来事だった」

 ケイルムさんが亡くなったことで、魔法剣士ギルドは大きく揺れた。


 誰が次のマスターとなるのか。いま抱えている問題はどう対処するのか。

 新たな問題はどう対処していけばいいのか。


「その話は置いておくとして、僕とナナはしばらく魔法剣士ギルドに滞在することにしたんだ。けど、傷ついた僕たちにこの街の音は煩わしかった。この地を離れ、静かな土地に移住することにしたんだ」

「それが、アマロ村……?」

 僕たちがアマロ村に住みついた理由は、心を休ませる場所にうってつけだったから。


 穏やかな気候に豊かな自然。なにより、とても暖かい土地だったからだ。


「五年間アマロ村に住み続け、後は君の知っての通り。僕とナナは、その事件の生き残りなんだ……」

「……」

 レイカは悲しそうでもあり、困っているようにも見える表情を僕に向けていた。


 かける言葉に悩んでいるのかもしれない。


「ナナに、このことはあまり聞かないであげてね。気丈に振舞っているけど、心の底ではいまも嘆き悲しんでいる。何がきっかけで砕けるか分からないから……」

 本当なら、僕からレイカに教えるべきことではないのだろう。


 だが、いずれ彼女も知ることであり、無意識にナナを傷つけてしまうよりかはずっと良いはずだ。


「私なんかより、ずっと苦しい思いをお二人はしていたんですね……。あはは、なんか自分が馬鹿らしいなぁ……」

「レイカ……?」

 レイカは軽く笑うと、どこか無気力に見える瞳で天井を見つめた。


「私なんて石を投げられただけなのに、あんなに苦しんでたんですよ……? いまも、ヒューマンを恐れる気持ちは変わってない……。お二人より、ずっと、ずっと弱い人です……」

「……」

 弱い自分を変えるために、苦しみの乗り越え方を聞こうとしたのかもしれない。


 だが、返ってきたのは遥かに悲惨な記憶。

 僕たちの過去が、逆に自身の弱さを際立たせてしまったのだろう。


「そこまで」

「い――!? あ……!?」

 トンという音と共に、僕の右手の側面がレイカの頭頂部に直撃する。


 思ったよりも返ってくる衝撃が強い。彼女の頭も、中々に固いようだ。


「自分の苦しみを人と比べたって意味ないよ。君には君の苦しみを、僕には僕の苦しみしか味わえないんだから」

「え……。それって、どういう……?」

「自分の苦しみを悲しんであげればいいってことさ。君は僕たちの苦しみを聞いて、同じように泣き叫ぶことができるのかい?」

 人から聞いた苦しみで、涙を流すほどに悲しくなることはあっても、泣き叫ぶことなど不可能だ。


 誰かが感じた苦しみを、誰かが同じように感じることなどできないのだから。


「苦しみを覚えた人に寄り添うのは構わない。だけど、自分の苦しみと比べることは絶対にしちゃいけない。自分自身を見失う原因にもなるから」

「あ、本当だ……。私……」

 自分を見失っていたことに気付いたらしく、レイカはしょんぼりと頭を下げた。


 その頭部に優しく触れ、ゆっくりと撫でる。


「君は、君の苦しみに思いっきり泣いてあげるだけでいい。僕たちがそうしたようにね」

「自分のために泣く……。簡単そうで、難しいですね……」

 再度向けられた瞳からは、一筋の涙がこぼれていく。


 白一色の頭を撫で続けながら、泣き止むのを静かに待つのだった。

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