「では、魔法剣士候補者レイカの最終試験。模擬戦を行います」
僕の前で、レイカとミタマさんが対面をしている。
最終試験の内容は、剣と魔法を用いた一対一の模擬戦。
既に魔法剣士となっている人物、もしくは少し上程度の能力を持つ人物と戦い、受験者に眠っている魔法剣士の素質を見極めることが目的だ。
「相手に直接魔法を使用する場合は、最下級の魔法に限ること。また、首より上を故意に狙った攻撃は、剣・魔法共に禁止します。偶然当たったと判断できる場合は不問としますが、複数回起きた場合は反則とします」
可能であればルールに縛られずに自由にやってほしいが、そうもいかない。
相手の命を奪う可能性や、過剰な恐怖を植え付ける可能性を排除しなければならないからだ。
「決着の方法は、相手に敗北宣言をさせること。もしくは、相手を戦闘継続不能とした場合も決着とします。両者、不調や疑問点がある場合はいまのうちに」
模擬戦を行ったことはいくらでもあるが、審判をするのはこれが初めて。
まともに審判ができる心理状態ではないと思うが、頼まれたものはしっかりこなさなければ。
「はいはーい。質問とは違うんですけど、一点いいですか?」
右手を伸ばしながら、ミタマさんがこちらに視線を向けた。
コクリとうなずき、彼女の言葉を静かに待つ。
「どうせ戦うんだったら、罰をつけませんか?」
「罰……? 内容にもよりますが、なぜそれをつけようと?」
模擬戦という言葉を使っているが、戦いは戦い。
遊び半分な気持ちがあれば却下しなければならないが。
「戦いは勝ち負けです。命を奪うこともあれば、奪われることもある。模擬戦とはいえ勝負なんですから、なにか奪われるくらいの覚悟は必要だと思いまして」
ミタマさんの発言に、僕はたじろいでしまう。
十代前半の子どもの発言とは思えない。
いったい、彼女は何を経験してきたのだろうか。
「といっても、ややこしいことはなにも要求しません。レイカちゃんのフードの下になにがあるのか、見られればそれで十分です」
「……! それは……!」
視線がついレイカの方へと向いてしまう。
彼女もミタマさんの言葉に動揺しているようだ。
「ふふ、お二人のその反応。やっぱりなんかあるんですね? 楽しみです!」
思ったより、油断ならない性格をしているようだ。
勝ちを取りに行くような、ずる賢い戦法を取るかもしれない。
「……罰の件、認めるかい?」
この勝負を受けるかどうか確認をする。
自ら正体を教えるのではなく、暴かれるのでは嫌悪感を抱く可能性がある。
罰をルールに加えることすら断っても良いのだが。
「認めます」
レイカはピシャリと言い放つ。
アマロ村の歓迎会の時と同じ、覚悟が込められた声だった。
「魔法剣士の道を勧められた時、とても嬉しかった。でも、それだけでした……。やってみようかなとは思えても、心の底からやりたいとは思っていなかった」
レイカの言葉に何も返せない。
その思いは、僕も感じたことだったから。
「でも、ソラさんたちの苦しみを聞き、考えて、自分のために魔法剣士になりたいと思えたんです。やっぱり私は、色んなものを知りたい。知らない場所に行ってみたい! そして、大切なものを守るために! 勝って、必ず魔法剣士になります!」
「そっか。それが、君の抱いた夢なんだね」
レイカも真剣に戦おうとしている。いまするべきことは、彼女の想いを汲むことだ。
大きく息を吸い、覚悟を決める。
「あ、でも、私が勝った時の彼女への罰は保留にさせてください。いまは戦いに集中したいので」
「うん、分かった。それでは両者、合意と認めさせていただきます。他に質問等がなければ始めさせていただきますが。……よろしいですね。それでは、構え!」
僕が合図をすると同時に、レイカもミタマさんもお互いの武器を構える。
いまだに僕の心はレイカとの関係に揺れている。
だが、僕の感情などいまはどうでもいいこと。
大切な家族が懸命に戦おうとしている。僕は、それを見守るだけだ。
「始め!」
合図で二人が動き出す。
先手を打ったのはミタマさんだった。
●
「うう……! この……!」
「おっと、こっちに来たらダメだよ! それ! ウインドショット!」
レイカは魔法による攻撃を防ぎ切った後、ミタマさんの元へと駆け寄ろうとする。
その行動を見た彼女は、接近そのものを防ぐために魔法の弾幕をばらまく。
多数の魔法弾に狙われたレイカは近づくのを止め、被弾を防ぐための防御魔法を展開した。
「ふむ、あのままでは確実にジリ貧となるだろうね」
「やっぱり、そうですよね……」
レイカはその場から大きく動かず、飛んでくる魔法全ての処理をしている。
一見正しい行動をしているように見えるのだが、このまま防御を続けていても戦いに勝つことはできない。
相手に敗北宣言をさせること、もしくは戦闘不能にさせることが勝利の条件である以上、攻めなければ意味が無いのだ。
「それにしても、ミタマさんは面白い戦法を取りますね。最初期だけ打ち合いを行い、剣での攻撃が主体だと思わせてから、あとは距離を保ち続けながら魔法を使う……と」
僕が戦闘開始の合図をすると同時に、ミタマさんは素早くレイカに斬りかかった。
しばらくの間は二人で剣を打ち合っていたのだが、先手を打たれたことに動揺したのか、レイカは次第に防御を主体に動くようになり、それを見たミタマさんは距離を取って魔法を使い出したのだ。
「視野というものは実に狭くなるものだ。そうだと思いこめば、それ以外の物は全て排除されるようになる。改めて、俺たちも気をつけなければいけないね」
無言でうなずき、ルペス先輩の言葉に同意する。
これまでに幾度、この現象に苦しめられてきたことか。
「だが、この状況はかなりの見物だな。あの子が子狐ちゃんの策略を抜けられるかどうか。魔法剣士としての素質が出てくるのはそこだろう」
「思考を重ね、最善の一手を打つのが魔法剣士ですからね」
魔法と剣、そして知識を扱うのが魔法剣士。
魔法剣士にできることは非常に多い。
できること全てを使い、答えを模索できなければ魔法剣士とは言えないのだ。
「しばらく膠着状態が続きそうだな。ちょうどいい。試合中に悪いが、一つ聞きたいことがあるんだ。良いかい?」
「あ、はい、なんでしょうか?」
二人の戦いからは目をそらさずに、先輩に返事をする。
レイカの体に魔法がかすったが、問題はなさそうだ。
「なぜ、あの子を魔法剣士に選ぼうと思ったんだい?」
「……それが、レイカとあの子の弟を守る最善の道だと思ったからです」
試験中にするような質問だとは思えない。
先輩は、僕から何を聞き出そうと考えているのだろうか。
「警戒する必要はないよ。単純に、君とあの子の関係を知りたいだけだから」
「関係……ですか。実を言うと、よく分からないんですよ」
いままでは、あの子たちのことを新たにできた家族と思っていた。
だが、先ほどのレイカとのやり取りにより、僕たちは幼い頃からの付き合いがある可能性に気付いた。
もしそれが真実であれば、僕はあの子たちをどう見てあげればよいのだろうか。
「ほう! 以前、君が語っていた故郷での幼なじみか。急にそのことについて語らなくなったと思っていたが……。久方ぶりに会えて嬉しかったんじゃないかい?」
嬉しいというより、動揺の方が強かった。
仮に僕たちの関係が正しかったとすれば、僕は薄情な兄だ。
あの子たちの顔も名前も忘れ、いままで会いに行こうとすらしなかった。
僕に会いたいがためにレイカは海を渡り、ヒューマンたちに傷つけられてしまった以上、僕は彼女の心が傷ついた遠因ということでもある。
共に旅を出るという約束も守れなかった。
「君が望むのなら、それは家族なのだろう。だが、その望みが揺らいでしまっていると」
「そう……なります……」
攻撃をしのぎ切り、接近しようとしているレイカの元に魔法弾が飛んでいく。
回避には成功したものの、足をもつれさせて転んでしまう。
すぐさま追撃が飛んでくるが、彼女は訓練場の床を転がって回避する。
「こればっかりは君たちの問題だから、俺がどうこう言う立場にはないが……。少しばかり、勿体ないんじゃないか?」
「勿体ない……?」
苦心の末、隙を突いたレイカはミタマさんに肉薄するものの、剣を振ることなく防御姿勢を取ってしまう。
剣で攻撃される可能性を考え、消極的な行動を取ったのだろう。
これ幸いとミタマさんは距離を取り、いままでと同じように魔法を使い続ける。
「あの子は君に会いたいと心の底から望み、あの海を渡ったわけだ。そして、それは現在も変わっていない。君は、そんな健気な幼なじみの頑張りを受け入れてあげないのかい?」
受け入れてあげたい。でも、分からない。
どういう顔をして、どういう態度で迎えてあげればいいのか。
「彼女たちと過ごした日々、忘れたいのかい?」
「……忘れたくない。忘れられるわけがありません」
僕が子どもの頃の記憶、現在のレイカたちとの記憶。
両方とも大切で、失いたくないと思えるほどの宝物だ。
「それなら大丈夫さ。君はその想いを守りつつ、あの子と共に新たな未来を築けばいい。どんな形になるのかは、その時の君たち次第だ」
「僕たち次第……」
あの子たちと共にいて良いのか? あの子たちの成長を見守っても良いのか?
レイカが魔法剣士として成長する姿を、見ても良いのだろうか?
「前を向かなければ望みもついてこない。あの子といたいという自分自身を信じて、歩き続けるんだ。君がこれまでそうしてきたように」
先輩の言葉で、心の奥底にしまいかけた想いが励起する。
ヒューマンとの暮らしを受け入れきれないレイカが、自ら僕たちの元を離れると言った時に感じたあの想いが。
「そうだ……。僕は、レイカたちと一緒にいたいから家族として迎えたんだ……! それはいまも僕の内にある。ううん、あの時以上に強く想ってる……!」
「なら、道は一つだ。さあ、君はどうするんだい?」
想いを心の柱とし、レイカの姿をしっかり見定める。
苦戦しているが、諦めようとする様子はない。
彼女も、自分自身の想いのために戦っているようだ。
「先輩。立場上やって良いことではないんですが……。一回だけ、えこひいきしてもいいですか?」
「ほう? 君の口からそんな言葉が飛び出してくるとはね。あの子が魔法剣士の素質を引き出すきっかけとなるのだったら、やってみるといいさ」
「ええ、もちろんです」
レイカはまだ信じきれていない。自分自身の魔法剣士の姿を。
だから真似してしまう。最も間近で見てきた魔法剣士の動きを。
「レイカ! 君自身がやってみたいことを信じてあげて!」
レイカは守ることを止めた。