「私自身がやってみたいこと……。本当にできるかは分からないけど……!」
僕の助言に反応したレイカが、防御魔法を解除した。
その代わりとして、鋭い目つきでミタマさんを睨みつけている。
「なんか変わったみたいだね。それなら……。これでどう!?」
その視線に気圧されることもなく、ミタマさんはいままでよりも遥かに多い魔法弾を出現させ、レイカに向かって発射する。
剣を構え、レイカは飛んでくるそれらを動揺することなく見据えていた。
魔法弾が彼女の体に命中しようとしたその時。
「はあああ!!」
レイカは握っている剣を素早く振り、一息に魔法たちを叩き落とす。
突然の彼女の攻勢にひるむことなく、再度魔法で攻撃しようとするミタマさん。
だがそれよりも早く、レイカは行動を終えていた。
「アクセラ!」
強化魔法を使い終えた彼女は、高速でミタマさんに突っ込んでいく。
その速度はとても目で追いきれるものではなく、これまで見てきた魔法剣士たちの中でも最速と思えるほどだった。
瞬時に移動が終わり、高速状態のまま横なぎに剣を振り抜かれる。
「く……! う……!」
ミタマさんは何とか攻撃に合わせることができたものの、その速度まで抑え込むことはできなかったようで、一気に壁際まで押し込まれてしまう。
レイカは攻勢を緩めず、後がなくなったミタマさんに連続で斬撃を打ち込んでいく。
ミタマさんもまた攻撃を防ぎ、いなし続け、レイカから距離を離す機会を懸命にうかがっていた。
「素晴らしい速度だ。素早い身のこなしが得意な魔法剣士は少ないから、良い切り込み役となれそうだね」
ルペス先輩は、嬉々たる表情を浮かべながら用紙に現状を記入していた。
どうやら、好意的な印象を与えられたようだ。
「あまりミタマさんのことを心配されてないようですが、まだ彼女も秘めたる力を?」
「ああ、もちろん。でなければ、俺が模擬戦に連れてくることなどないさ」
先輩の言葉と同時に、ミタマさんは訓練場の床に魔法を放ち、風圧を巻き起こすことでレイカとの距離を強制的に引き離すという荒業を見せた。
極限状態で相手に攻撃をするのではなく、周囲の空間に対して行動を取るのはなかなか難しい。
周囲の状況を常に見ていられるとは限らない上、どうしても相手を打倒せねばという思いが出てしまうからだ。
そうしているうちに視野は次第に狭まっていき、行動が直線的になっていく。
やがて状況を打破するために隙が大きい行動を選択するようになり、最終的に敗北へと繋がりやすくなってしまう。
「周りが良く見えているんですね。レイカはちょっと直線的な所があるので、チームを組めばなかなか良いバランスになりそうです」
「子狐ちゃんは俺と同じように魔法型を主にしようとしているが、本来の性質は君に近いんだ。調子に乗ると、威力が高い魔法を放ちたがるのが懸念点だがね」
威力が高い攻撃をしたがるのは、力を得てすぐの人物にはありがちなこと。
僕も覚えたての力があれば使いたくなってしまうので、あまり人のことは言えない。
「しかし、ここまで戦局がひっくり返るとは思わなかった。俺が教えた子を一瞬で押し返すとは」
「急に戦い方が変わったからというのもありそうですね。防御主体が突然速攻型に変われば、動揺もしますよ」
持久力が弱いレイカに、再度同じ戦法を取るのは不可能だろう。
今回限りの特別攻撃といったところだ。
「ふぅ……。さすがだね。ウチが攻めてた時とは動きが全然ちがうじゃん。推薦されるだけ、あるみたいだね」
「そっちこそ……! ハァ……。こんなに攻めてるのに、フゥ……。どれも直撃してくれないんだもん……! 魔法剣士になれる人は、みんな強いんだね……!」
まだまだ余裕があるように見えるミタマさんに対し、レイカの呼吸はかなり荒れてきている。
あんな速度で移動し、剣を振り回せば疲れないわけがない。
そろそろ決着の時が近そうだ。
「だけど、ちょっと真っすぐすぎ。絡め手も覚えなきゃだめだよ?」
ミタマさんは魔導書を開き、何やら魔法を詠唱しだす。
高難度の魔法を直接レイカに使用するのであれば、注意をしなければならないが。
「エンチャント・ウインド」
詠唱完了と同時に、ミタマさんの持つ剣の周囲に風が出現した。
彼女が唱えた魔法は、風を纏わせる強化魔法。
巨大スライムや、森の主と戦った際に使用した魔法たちと同じ区分のものだ。
強化魔法と言えど風を纏わせるものでしかないため、炎や氷よりも攻撃性は弱め。
特に注意をする必要はなさそうだ。
「でもなんで、彼女は風の強化魔法を選択したんでしょう? あまり意味がある行動とは思えないんですけど」
「風を纏っている中心点はどこだい? よく見てみるんだ」
「え? それは、当然剣身で――」
先輩に促されミタマさんの武器を確認してみると、風が吹き荒れているのは剣身ではなく握りの部分のようだった。
なぜあんなところに強化魔法を? いや、もしかすると剣ではなく自分の手に?
「さあ、いくよ。ウインドショット!」
立て続けに、ミタマさんは魔法弾をレイカに向かって撃ち出す。
レイカも飛んでくる魔法弾を叩き落とし、強化魔法を再使用してから勢いよくミタマさんに近づいていく。
「いまの私じゃこれしかできない……けど!」
接近を終えたレイカは、大きく剣を振りかぶる。
次の攻撃へとミタマさんが移る前に、戦いを終わらせるつもりのようだ。
「これで……終わり!」
レイカは横なぎに剣を振り、攻撃はミタマさんの胴体に直撃すると思われたのだが。
「きゃ……!? え……消えた……!?」
強力な風圧が発生したと思ったら、レイカが見つめる先からミタマさんの姿が消えてなくなった。
突如消えた彼女の姿を探し、レイカは慌てて周囲を見渡している。
「言ったでしょ? 真っすぐすぎるって」
ミタマさんの声が聞こえてきたのは、空中からだった。
風の強化魔法を利用し、レイカの攻撃をかわしつつ大きく飛び上がったのだ。
「さっきのもそうだけど、なかなかできることじゃないのに……。すごいな……」
あれほど周囲を活用しながら戦う人物は初めて見る。
本当に、ミタマさんが取る戦法には驚かされっぱなしだ。
「これで終わり! レイカちゃん!」
空中で魔法が発動され、地上にいるレイカに向かって魔法弾が飛んでいく。
上空からの攻撃は、目でとらえ続けられたとしても対応は難しい。
レイカは回避したり防御したりして魔法弾をしのぎ続けていたが、体力不足も相まって少しずつ被弾していき――
「この……あ!? きゃあああ!?」
とうとう、魔法弾の一つが直撃してしまう。
レイカは訓練場の床に倒れ、起き上がることができないようだ。
「そこまで! 魔法剣士候補者レイカとミタマの戦い。勝者、ミタマ!」
模擬戦は、レイカの敗北という形で終了した。