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レイカとミタマ

「やあ、白雲君。楽しげな声が聞こえてくるが、何を喋っているのかな?」

「あ……。すみません、ルペス先輩! 長々と話し込んでしまって……!」

 レイカと子どもの頃の思い出等を共有していると、医務室の扉を開きながらルペス先輩が声をかけてきた。


 いつの間にやら、かなりの時間が経過している。

 この場を長時間占有していたことで、文句でも出てしまっただろうか。


「いや、いや。君たちを叱りに来たわけじゃないんだ。寝込んでいた彼女にね、お客さんが来ているんだよ」

「お客さん……?」

 ベッドから離れて医務室の扉に近寄ると、先輩の陰に隠れている、金髪の少女の姿が目に入った。


 なるほど、用があるのは僕ではないようだ。


「レイカ、君にお客さんだよ。こっちに来れるかい?」

「はい……。大丈夫ですけど、お客さんって――」

「だめ、だめ! 頭を打ったんでしょ!? ベッドで休んでないと!」

 ベッドから降り、こちらへ歩み寄ろうとしたレイカを慌てて止めだす少女。


 お客さんというのは、ミタマさんのことだった。


「あ……。ダメだなぁ、ウチったら……。大声出す方がレイカちゃんの体に悪いのに……」

「う、ううん。私はもう平気だよ。ソラさんが見てくれてたし」

 頭を打っての気絶なので、完全に回復したかどうかの判断が難しい。


 目覚めてから時間が経っている上、ふらつく様子はないので問題ないとは思うが。


「椅子に座って話しなよ。そうすれば、ミタマさんも少しは安心するだろうし」

「そうですね。分かりました」

 椅子を二つ用意し、レイカとミタマさんを座らせる。


 僕とルペス先輩は壁に寄りかかり、彼女たちの様子を見守ることにした。


「痛くさせちゃって、ごめんね……。さっきの試合、楽しくなって調子に乗っちゃった……」

「ううん。試合なんだから、痛いのはしょうがないよ。気にしないで!」

 申し訳なさそうに顔を伏せるミタマさんに対し、笑顔を見せるレイカ。


 さっきの試合結果は、受け入れることができたようだ。


「レイカちゃんの速度、びっくりしちゃった。あんなに速く動ける人がいるんだね!」

「えへへ……。私、走ったりするのは得意なの! ソラさんから強化魔法の使い方をみっちり教わってたから、あんな速度が出せるようになったんだよ!」

 既に二人の間には壁がなくなっているらしく、楽しそうに会話を行っている。


 特にレイカはヒューマンが苦手なのに、あそこまで朗らかに会話ができているのは驚きだった。


「ミタマさんの動きもすごかったよ! あの大きく飛び上がったやつとか、どうやったの? 私にもできるかな!?」

「ああ、あれ? あれは風の強化魔法を手に纏わせて、床に向けて一気に放っただけ。とっさに思いついたことだから、褒められるのはむず痒いなぁ……」

 とっさに思いついたにしても、あの行動を取るのは相当な胆力が必要だろうに。


 レイカのやる気に当てられたのか、それともミタマさん自身の力なのか。


「レイカちゃんは、強化魔法で飛び上がったほうが手っ取り早いんじゃない?」

「あ、そっか。でもなぁ……。言われた通り、からめ手も覚える必要はあると思うし……」

 二人の会話内容は、模擬戦の振り返りから変わっていく様子がない。


 年頃の少女たちがする会話とは思えないが、彼女たちが楽しそうにしているのであればそれが一番だ。


「良い関係になれそうですね」

「ああ。切磋琢磨し合い、立派な魔法剣士となってくれるはずさ」

 ルペス先輩もまた、優しい笑顔を少女たちに向けている。


 これでまた少し、レイカを見守ってくれる人が増えた。


「結局、模擬戦は私が負けちゃったわけだし、フードの下を見せないとだよね……?」

「ああ、あれはレイカちゃんの本気を見たかっただけだから。無理に見せなくてもいいよ」

 ミタマさんはそう言って遠慮はするものの、どこか期待を抱いているように思える。


 僕たちが何かを隠しているのは一連の流れで分かっていることなので、好奇心を消しきる方が難しいか。


「ううん、ちゃんと見せる。勝負に対して真剣に、って部分は本音なんでしょ?」

「うっ……。それはそうなんだけど……。ほんとに、見せてくれるの?」

 ミタマさんの瞳がキラキラと輝いていく。


 先輩が言った通り、彼女の魔法剣士らしさは十分のようだ。


「うん。約束だし、ミタマさんにはありのままの自分を見てほしいと思ったんだ。隠し事、したくない」

 レイカ自ら言い出すということは、ミタマさんのことがよっぽど気にいったのだろう。


 同時に、彼女の心が新たな世界を求めだしたということでもある。


「その前に、私の正体だけ言っておくね。驚かせちゃうのは嫌だし……」

「何見せられたって驚かないよ。例え、怖いものだったとしてもね」

 レイカは自分のフードに手をかけ、深呼吸をしてから言葉を紡ぐ。


「私はヒューマンじゃないんだ。ホワイトドラゴンって言う、『アイラル大陸』に住んでいる種族だよ」

「ホワイトドラゴン……。座学で聞いたことある。ずっと昔に、魔法剣士の調査団が交流をしてた種族って……」

 ホワイトドラゴンについては、既にミタマさんも教わっていたようだ。


 彼女が言った通り、かつて魔法剣士とホワイトドラゴンは交流をしていた。

 だが、ある時期を境に魔法剣士側が『アイラル大陸』に向かう機会を減らしてしまい、交流がなくなっていたのだ。


 最後に行った調査活動後に、こちらの大陸各地で問題が発生したためと聞いているが、直接見てきたわけではないので詳細は分からない。


「私は、そんなホワイトドラゴンの子ども。はい、どうぞ」

 レイカは目を閉じ、ゆっくりとフードを取り外す。


 その内からは、白い髪と小ぶりの白い角が姿を現した。


「……! ほんとだ、ウチらと全然ちがう……。ほんとに――」

 ミタマさんは、その髪と角を見て口を大きく開ける。


 レイカは口を強く結び、次に来る言葉を耐えようとしていた。


「ほんとに、可愛らしい角……」

「え……」

 ミタマさんの発した言葉に、僕はほっと息を吐く。


 レイカは大きく動揺し、ぽかりと口を開いていた。


「こんなに可愛らしい角、初めて見たよ。羨ましいなぁ……。ちょっと、触ってみてもいい?」

「え、ええ……?」

 ミタマさんは、目を光り輝かせながら白い角を見つめている。


 そんな彼女の様子に戸惑ったのか、レイカは僕に顔を向けた。


「君の思う通りに伝えればいい。もうちょっとで、君が望むものが手に入るから」

「……うん! ミタマさん、触ってみて!」

「さんじゃなくて、ちゃんって呼んでほしいな。じゃ、遠慮なく触らせてもらうね!」

 ミタマさんに角や髪を触られ、レイカは楽しそうな笑みを見せていた。


 彼女は魔法剣士の道だけでなく、異種族の友人をも得ることができたようだ。

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