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第十二章 海都での一日

魔法剣士の講義

「では、教書三十三ページを開いてください。ここには、戦闘で主に使う強化魔法について書かれています。上から――」

 魔法剣士ギルド内の講堂にて。僕は、若手の魔法剣士たちに座学を教える講師をしていた。


 先輩魔法剣士として、後輩たちに魔法剣士の戦い方を教えているのだ。


「――特に、筋力強化や速力強化は優先度が高い強化魔法です。強大なモンスター相手に立ち回るには、こちらも強化を行うことが重要ですからね。ただし、強化をしすぎると身体に悪影響が出るので、自身の許容量を把握しておくように」

「はい、はーい。他者の身体に影響を出さずに、強化魔法を使用できる人も居ると聞きましたけど、どんな理屈なんですか?」

 最前列で話を聞いていたミタマさんが、大きく手を挙げて質問をしてきた。


 彼女もまた見習い魔法剣士なので、座学を中心に勉強中というわけだ。


「知っての通り、人に流れる魔力はその人によって変わります。当然、違う流れが入ってきたら異常は起きる。これが、他者に魔力を供給できない理由ですね」

 背後の黒板に人体の簡易図を描き、魔力の説明を始める。


 流れが異なる川同士を繋げてしまえば、大きく荒れるのは必然。

 それは人でも同じことではあるが、例外という物もあるわけで。


「中には他者の魔力と馴染みやすい魔力を作れる人たちが居る。こういった人たちが強化魔法を使うことで、限界まで身体の強化を行うことができるのです」

 過剰な強化を行ったとしても、余剰分は強化された側の魔力として吸収することができる。


 つまり、最適な強化を行える上に、簡易ながら魔力の回復もできるというわけだ。


「魔法剣士内にもそれを行える者は複数存在します。ですが、その数はまだ少ない。もし皆さんの中でそれが可能だという人がいれば、次の実技を受けてくれると……」

 次の時間に行われる予定の、強化魔法実技の説明をしながら講堂全体を見回す。


 悲しいことに、その能力を持つ者はこの場に居ないようだ。


「……とりあえず、僕の座学はこれでお終いです。次の座学、または実技に遅れないよう気をつけてくださいね」

 終わりを告げると同時に、受講者たちが講堂から出ていく。


 一人でもいてくれれば、色々と変わってくるのだが。


「お疲れ様です。座学、おもしろかったです!」

「ありがとう、ミタマさん。君にそう言ってもらえてうれしいよ……」

 強化魔法関連は個人で完結する部分が多いため、必修となる教練の数が少ない。


 繰り返して学ぶ内容というわけでもないので、受講者数自体もあまり多くないのだ。


「こればっかりは体質だからなぁ……。無いものねだりをしてもしょうがないか」

 他者に馴染みやすい魔力を作れる者はそういない。


 僕の家族やミタマさん、ルペス先輩ですらその体質ではないのだ。


「ソラさん以外で、他人に強化魔法を使える人なんて見たことも聞いたこともないんでけど……。おられるんですか?」

「この場所にはほとんど駐在してないね。そういう人たちは護衛任務の方にまわってるから」

 強力な魔法剣士一人を集落の護衛に任せるのではなく、多くの人に強化魔法を扱える魔法剣士を送る。


 モンスターに集落を襲われるなどの非常事態が起きても、人々を素早く逃がし、解決に向けて協力などができるからだ。


「魔法剣士としての役目を、最も全うしている人たちなんですね……。人々が歩む道を整える、でしたよね?」

「そういうこと、よく理解してくれているみたいだね。さて、次の講義が始まる前に片付けをしなきゃ。これから君は、レイカたちに街の案内をしてくれるんだっけ?」

「はい! 折角お友達になったので、一緒にお買い物とか街の名所を見て回りたいんです! ソラさん、ありがとうございました!」

 そう言って、ミタマさんは講堂から飛び出していく。


 講堂に残っているのは僕が最後。

 黒板に書いた文字たちを消し、教書を持って講堂の外へ出ると。


「やあ、白雲君。講師をしてみてどうだったかな?」

 ルペス先輩が、講堂の外の壁に寄りかかりながら僕のことを待っていた。


 様子を見に来てくれたのは嬉しいが、心配されていたという部分もあるのだろう。


「ちゃんと教えられたとは思いますけど……。いくら講師の人が急にお休みになったからって、僕に任せるのはどうなんですか……?」

「新たな視点に立つことで、君も更なる知見を得られると思ってね。それに、いずれは教える側になる。いまのうちに経験しておくのも悪くないだろう?」

 後から思いついた言い訳なのだろうが、良い分自体は至極もっともなため、非常に言い返しにくい。


 もう少し僕の頭が回れば良いのかもしれないが、どうにもそういったことは苦手だ。


「実技の方は、いまのところ問題はないですかね?」

「他の講師が入ってくれるから大丈夫。慣れないことをして疲れているはずだから、君は部屋に戻ってゆっくり体を休めるといいさ。じゃ、俺は戻るよ。またね、白雲君」

 別れの挨拶を交わし、僕は講堂から離れて自室へと向かう。


「さて、残りの時間は書類作成でもしますかね」

 久しぶりの魔法剣士ギルドで行う仕事は、新しいことが盛りだくさんだ。

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