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二人で散策

「ソラさん。居ますかー?」

 トン――トン――と、扉を叩く音と共にナナの声が室内に響く。


 彼女がやってきてくれたことに嬉しさを抱きつつ、廊下へと続く扉へ向かう。


「いるよー。開けるからちょっと待っててね」

 魔法剣士ギルド内には、魔法剣士たちが暮らすための寮がある。


 日々の任務で発生する疲れを取り、各種作業をするための場所というわけだ。


「失礼します。みんないなくて暇だったので、遊びに来ちゃいました。わあ……! いい景色ですね……!」

 扉を開けると、ナナが手を振りながら部屋の中に入ってきた。


 僕の部屋がある場所は、海都の景色が良く見える。

 どうやら彼女も気に入ってくれたようだ。


「来客用の部屋は――景色はともかく、居心地は良かったよね?」

「ええ、とっても良いです。窓から見える景色も悪くないですよ? ただ、ソラさんのお部屋が遠いのだけが残念ですね」

 ナナは部屋内に置かれているソファに座り、僕に笑顔を向けてくれる。


 どうやら、少々寂しい思いをさせてしまったようだ。


「この部屋に君たちを招待することも考えたんだけど……。魔法剣士たちの部屋は、さすがに部外者のために使えないからねぇ……」

「あら? 許可が出れば、一緒のお部屋で休ませてくれたんですか?」

 僕の発言を聞き、クスクスと笑い出すナナ。


 彼女の笑顔には、嫌悪感を抱いている様子は微塵もなかった。


「君とあの家で暮らしていると、その辺がどうもあいまいになってくるよ。本来なら、別の場所で暮らすのが普通なんだから。もちろん、君との暮らしが嫌なわけじゃないよ?」

「分かってますよ。私だって同じなんですから。むしろ、いまの方が違和感を抱くくらいです」

 いま思うと、五年間も同じ屋根の下で暮らしていたのはすごいことなのではないか。


 血の繋がりがあるわけでもなく、結婚しているわけでもないのに、何の問題も発生せずに家族として暮らせているのは相当なことだろう。


「座学を任されたって聞きましたけど、どんな講義をしてきたんですか?」

「強化魔法の担当講師が急用で出られなくなっちゃってね、代わりを務めてきたんだ。そうそう、講義を受けてくれた人たちがさぁ――」

 ナナと笑い合いながら、講義の話題で会話を盛り上げていく。


 大したことない会話内容かつ、今日という日はまだまだ終わらないが、最も有意義な時間に感じられる。


「で、ルペス先輩がさ? いずれは教える側になるからいまのうちに経験しとけって言うんだよ。まだ二十歳にもなってないんだけどなぁ……」

「フフッ。でも、レイカちゃんやレン君には色々教えてるわけじゃないですか。もしかしたら、私たちも既に次の世代へと託す期間に入っているのかもしれませんね」

 次の世代に託すと言われても、いまいちピンとこない。


 僕は生涯学ぶ側として、生き続けそうな気がするのだ。


「それはそれで素敵だと思いますけど……。私は、しがらみも何もかも気にせずにソラさんとのんびり過ごせる方がいいなぁ……」

「ただ一人の人として過ごす……か。そんな生活もいいかもしれないね」

 魔法剣士を辞め、ナナのために、家族のためだけに生きるのも悪くないのだろう。


 だが、そうなった僕がどのように、何をしながら暮らしているのか想像がつかない。

 というより僕の心は、そのような暮らしができると思っていないようだ。


「そんな生活、無理ですよね……。捨てたら期待を裏切ることになるし、捨てずに歩き続ければ、生涯抱えなければいけないんですから……」

「ナナ……」

 ナナは顔を下げ、膝の上で両手を強く握りしめていた。


 彼女が抱えている使命は重く険しいもの。

 その苦難と道のりは、僕ではとても推し量ることはできない。


「……なんか、お腹すいてきちゃったなー。海都には美味しいスイーツのお店があるらしいから、食べに行こうかなー。ナナも一緒に行こうよ」

「スイーツ……?」

「うん、前に約束してたでしょ? 美味しいスイーツのお店に連れて行くって。ほら、早く行こう。準備をしてさ」

 ソファから立ち上がり、カバンを手に取ってナナを部屋の中から押し出す。


 彼女は動揺した素振りを見せていたが、ギルドの外に出るまでの間に柔らかい笑みを浮かべてくれるようになった。


「ついでに街の案内もしちゃおっか。前回は見て回れなかったしね」

「……ありがとうございます。ソラさん」

 細く小さな手が、するりと僕の手に絡みつく。


 僕たちは手を握り合い、潮風香る海都へと繰り出すのだった。


「そういえば、この街の建物たちはほとんどが真っ白ですけど……。これって、何か理由があるんですか?」

「え~っと……。確か、夏場の暑さを和らげるためって聞いたかな。白い色は光を反射しやすいから、建物内の気温が上がるのを防げるんだって」

 この街は海のすぐそばということもあり、日差しを遮るものが少なく熱が溜まりやすい。


 その熱を少しでも減らすために、白い石材を使うようになったそうだ。


「なるほど、生活の知恵ってことですね」

 ナナは感心した様子で建物の壁を見つめながら歩いていた。


 初めに考え付いた人には本当に頭が下がる。


「さあ、遠目だけど見えてきたよ。あそこがポルト海水浴場。内海になっているから波もかなり穏やかでね。夏はたくさんの人が各地から泳ぎに来るんだよ」

 前方に白い砂浜と青い海が見えてくる。


 何名か人の姿があるようだが、さすがに海で泳いでいる人はいないようだ。


「海……。間近で見るのもこれが初めてなんですよね……。ソラさん、行ってみませんか?」

「了解。でも、海のそばは寒いよ~」

 ナナにしては珍しく、好奇心をむき出しにしている。


 あまり体を冷やしたくはないが、彼女が望むのであれば是非とも足を運ばなければ。


「海の香りって不思議ですよね。お水やお塩とはまた違う香り……」

「海中にいる、海藻や小さな生物が出しているらしいよ? あまり得意じゃない人もいるらしいけど……。君は平気そうだね」

 大きく深呼吸をし、満足そうな微笑みを浮かべるナナ。


 問題ないどころか、気に入っているようだ。


「う……。確かに、ちょっと寒くなってきたかも……。海のそばってこんなに寒いんですか?」

「極論言えば、巨大な湖のそばにいるようなものだからね……。森の泉に行くときも、若干寒さを感じるでしょ?」

 僕自身は寒さをほとんど感じないが、ナナは体をさすりだしていた。


 海に慣れていないこともあり、余計に寒さを感じるのかもしれない。


「それに、海のそばは遮るものが無いからね。冷やされた海風が直接吹き込むから体感温度も下がりやすいんだよ。ほら、これを」

「え? いいですよ。ソラさんだって寒いでしょう?」

「へーき、へーき。これくらいどうってことないって」

 着ていた上着を脱ぎ、これ以上反論される前にナナの肩にかける。


 これで寒さは防げるはずだ。


「えへへ、あったかい……。本当にありがとうございます。ソラさん」

「どういたしまして。さあ、海水浴場に入ろう」

 海水浴場に足を踏み入れた僕たちは、そのまま波打ち際まで移動する。


 波は静かに、僕たちの足元へと打ち付けていた。


「これが海なんですね……。とても、優しい音……」

 ナナは波打ち際にしゃがみ込み、海水に触れていた。


 僕も同じように、手を入れてみるのだが。


「う……冷たい……。君は平気なのかい?」

「冷たいですよ。でも、感じてみたいので」

 ナナは体を震わせつつも、じっと海水に触れ続ける。


 されど視線は海水浴場を越え、荒れ狂う海の遥か先に見える、水平線へと向いていた。


「この海を遥か超えた先に、ソラさんたちの故郷があるんですね」

「そういうこと。あの海を越えるのは本当に大変。覚悟しておいてね」

 僕の言葉に、ナナは薄く笑みを浮かべていた。


 既に覚悟は決まっているとでも言いたげな表情だ。


「例えどんな苦難が待ち受けようとも、私はあなたと共に見てみたいんです。あなたと共に行きたいんです。覚悟なんて、あなたと暮らし始めた時から決まってます」

「そうだったね。改めて問う程のことじゃなかったか」

 僕もナナも、お互いが居なければ生きていけない。生きる気力すら湧かない。


 純愛に見える歪んだ関係。壊れることを防ぐために、僕たちは求めあっている。

 共にいることこそが、僕たちの生きる導だ。


「冬の海だから、さすがに泳ぐことはできないけど……。それ!」

「きゃ!? 冷た!? やりましたね! それ、それ!」

 僕たちは、指先に付けた海水をお互いの顔にぶつけだす。


 小さな触れ合いが、心を癒すと信じながら。

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