「う~ん……。メニューにいろんなスイーツの名前がありますけど、見たことも聞いたこともない物もありますね……」
海で遊ぶことをやめた僕たちは、当初の目的地であるスイーツのお店にやって来ていた。
お店の外観は、他の建物と同様の白亜の壁。
その壁にいくつかの壁掛けプランターが取り付けられており、暖色系の花の模型で彩られている。
「紅茶のフィナンシェに、季節のフルーツ……ギモーヴ……? ホントに、お菓子の名前なの……?」
ナナはお店前に置かれているメニューを見つめ、唸っている。
絵が描かれていないため、見た目からの判断ができない。
レンから絵は大事と言われ続けているが、確かに重要なことのようだ。
「ナナ、とりあえずお店の中に入ろうよ。周りの視線が気になるからさ……」
振り返ると、往来を歩く人々が僕たちに視線を向けていた。
別に全ての人々がこちらを見てくるわけではないが、どうにも居心地が悪い。
中に入ってから悩む方が、よっぽど気楽だろう。
「そ、それもそうですね。お店の人にどんなスイーツか教えてもらえばいいですし、他のお客さんが食べているのを見て、判断できますし」
ナナがメニューから離れ、お店の扉を開こうとしたその時。
「あれ? もしかして、ソラさん?」
「ん? この声は……」
声に振り返ると、見知った顔たちがそろってこちらを見ていた。
「ミタマさんじゃないか。レイカとレンも。ここで会うなんて奇遇だね」
「まさかソラさんがここに来ているとは思いませんでした。もしかして、そちらの女性とデートですか?」
ミタマさんは、僕とナナを交互に見てからニヤリと口元をゆがめる。
デートと言えばデートなのかもしれない。
二人っきりで、仲良く街を歩き回っていたのだから。
「彼女も海都を歩くのは初めてだからね。君と同じように案内をしていたのさ」
「ふむふむ。知人にデートをしているところを見られたら、案内をしてると言う……。メモメモ」
「何メモしてんの。そんなに重要なことを言った覚えはないよ」
どうやら僕の言動を誤魔化しだと思ったようだ。
メモをする手を止めないミタマさんを置き、レイカたちに声をかけることにした。
「ミタマさんの案内、どんな感じだい?」
「いろんな場所の豆知識とかを教えてくれるので、とっても面白いですよ!」
「絵を描くのに良さそうな場所とか教えてもらった」
姉弟は満足そうな笑みを浮かべている。
どうやら楽しくやれているようだ。
「ソラさん。お店の前でお話していたら、他のお客さんのお邪魔になっちゃいますよ」
「ああ、そうだった。君たちもここに来たってことは、スイーツを食べに来たんだよね。みんなで一緒にお店の中に入ろうか」
「「「はーい」」」
お店の中に入っていったナナの後を、レイカたちと一緒に追う。
扉をくぐると、ショーケース内に置かれたスイーツたちの姿が目に入る。
果実がたっぷり乗せられたケーキや、色とりどりのゼリー。様々な味でコーティングされたドーナツなどが置かれているようだ。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
僕たちに気付いた店員に人数を伝え、空いている席に座る。
店内には女性のお客さんが多く、あちこちのテーブルでスイーツを頬張る姿が見受けられた。
「こちら、メニューになります。ごゆっくりおくつろぎください」
「ありがとうございます。それと、すみません。ギモーヴというスイーツについて聞きたいんですけど……」
メニューを受け取ったナナは、早速スイーツの質問をしていた。
ギモーヴとは、各種フルーツピューレにゼラチンを加え、泡立ててから固めたスイーツらしい。
噛むともっちりとした食感と共に、果実の濃厚な味と香りを味わえるそうだ。
「ギモーヴも美味しそうだけど、フィナンシェが食べたいかな……。ん~どうしよ……」
話を聞き終えたナナは、メニューを睨みつけながら食べる物を悩んでいた。
他の皆は既に決まっているようなので、後は彼女の決定次第だが。
「僕はギモーヴにするつもりだけど……。もし良かったらシェアしようか?」
「いいですか? それじゃあ、フィナンシェにしようかな」
僕の提案を受け入れたナナは、納得したように大きくうなずき、メニューを閉じてテーブルの端へと移動させた。
「よし、じゃあ店員さんを呼ぶけど、みんなも心変わりはないよね?」
皆がうなずくのを確認してから、テーブルに置かれていた小さな鈴を手に取る。
しばらく待っていると、一人の店員がメモを持ってこちらにやって来た。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「はい、え~っと……。紅茶のフィナンシェと、季節のフルーツギモーヴ。それと――」
スイーツの注文を終えたので、それらがやってくるまでのんびり話をすることにした。
会話内容は、僕とレイカたちとの関係についてだ。
「こっちの大陸では家族で、『アイラル大陸』では幼なじみ……。素敵な関係だったんだね……」
「本当に幼なじみなのかは、まだ分からないんだけどね。でも、私はそう信じてるし、ソラさんもそう感じてくれてるみたい。レンもそうなんでしょ?」
「僕は前々から兄さんだと確信してた」
コップに入れられた水を飲みながら、レンは至極当然のように言い放つ。
彼曰く、姉弟が僕の家に定住することになる少し前から気付いていたらしいが、どこまで本当のことなのやら。
「七年前だから覚えていないことの方が多いんだ。私もまだ五歳か六歳くらいだったから」
「ふ~ん。レイカちゃんはそうかもしれないけど、ソラさんは覚えていても良かったんじゃないですか? 十二か三歳くらいの時なんですよね?」
「う……。それはそうなんだけど……。僕もこっちに来てから色々あったからさ……」
顔はともかく、名前を忘れるのは自分でもどうかと思う。
恋しく思わないよう、可能な限り故郷の人々の名前をださないように話をしていたのが原因だろうか。
「でもソラさんは、二人のことを認めようとしているじゃないですか。認められずに拒絶しちゃう可能性もあったんですよ?」
「ルペス先輩のおかげさ。自分だけで考えてたら、きっと拒絶してた。あの人のおかげで向き合おうと思えたんだ」
ルペス先輩が道を示してくれたおかげで、僕はその道を歩こうと思えた。
まだまだ自分の足だけでは歩けないことに、心の中でため息を吐く。
「それにしても、三兄妹か……。羨ましいなぁ」
「うん? ナナもレイカたちのことを妹弟だと思えば良いじゃないか。以前、そんなこと言ってなかったっけ?」
僕の言葉に、ナナは思い出そうとする仕草を始める。
しばらくして顔をあげた彼女の表情は、嬉しそうな笑顔となっていた。
「ナナさんがお姉ちゃんかぁ……! それもいいかも!」
「僕が一番下なのは変わらない……。嬉しいけど」
姉弟たちも、とても嬉しそうな表情を浮かべている。
だが、なぜかミタマさんだけは悲しそうにうつむいていた。
「ミタマさん? どうかしたかい?」
「え? ああ、何でもないです……よ? それより、お待ちかねの物が来たみたいです。ほら、あそこ、あそこ」
言及を避けるかのように、ミタマさんは店内の一角を指さす。
僕たちが注文したスイーツたちが、台車に乗せられて運ばれてきたようだ。
「乙女の秘密に干渉するのは感心しませんよ? ルペスさんの後輩だったとしても」
「……? どういう意味だい?」
「いまは何にも、気にしないでください! それだけです! さあ、食べよ、食べよ!」
そう言ってミタマさんは、運ばれてきたスイーツを頬張りだす。
彼女にも何かしらの事情があるのだろう。
魔法剣士ギルドは、そういう者が集まってくる場所でもあるのだから。