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恋人岬

「どう? 味は気に入ってくれたかい?」

「はい! フィナンシェもギモーヴも、とっても美味しかったです! シェアしていただき、ありがとうございました!」

 スイーツを食べ終え、お店から出てきた僕とナナは、街の散策を再開していた。


 レイカたちとはお店を出てすぐに別れたため、道を歩むのは僕たち二人だけだ。


「さて、他に見てない場所はあったかな。時間も遅くなってきたし、あまり遠くまではいけないんだけど……」

 見上げると、空はオレンジ色に染まっていた。


 もう間もなく、海都の一日が終わりに至ろうとしている。


「ソラさん、ソラさん。夜景、見に行きませんか?」

 ナナに手を引かれ、彼女の視線の先を追ってみると、掲示板に一枚のチラシが貼ってあるのが見えた。


 掲示板に近寄り、それを読んでみると、確かに夜景のことが書かれている。


「恋人岬? そんな名前の岬あったかな……」

「えっと、海都の南にあるみたいですね。あれがそうじゃないですか?」

 ナナが指さしたのは、魔法剣士ギルドの建物とは真逆の方向。


 海都から少し離れたところにあるのが、件の岬のようだ。


「いつからあそこは恋人岬なんて名前になったんだ……。確かに、元々カップルが集まる場所だったけどさぁ……」

「もしかして、行かれたことがあるんですか?」

 ナナの質問にうなずきつつ、最後にあの岬を訪れた日を思い返す。


 あれは確か、ルペス先輩やウェルテ先輩と同じチームに配属された日だっただろうか。

 あそこで僕たち三人は、与えられた立場に必ず報いると誓い合った。


「思い出話は今度にして、とりあえず行ってみようか。スイーツを食べた後の腹ごなしにもなるし」

「ですね。行きましょう!」

 白亜の街を歩き、街の入り口を抜け、軽い勾配を進んでいく。


 道中は草原となっており、その光景がアマロ村の情景を思い起こさせた。


「スラランたち、元気にしているでしょうか?」

「きっと楽しく遊んでるよ。まあ、心配になる気持ちも分かるけどね」

 スラランは当然ユールさんの元で、ルトとコバはオーラム鉱山の親方の元で預かってもらっている。


 どちらも信頼できる人がそばにいるので、問題が出ることはないだろう。


「パナケアちゃんは、また泣き出していないでしょうか……」

「あの子にも仲間たちがたくさんいる。寂しく思うことはあっても、きっと大丈夫さ」

 パナケアにも海都に向かう前に声をかけてきたが、僕たちがしばらく会いに来れないことを知ったとたんに泣き出してしまった。


 なんとか泣き止ませることはできたものの、その時の会話を思い出して泣きださないか心配だ。


「帰ったら会いに行こう。とびっきりの笑顔を見せて、安心させてあげようよ」

「そう、ですね。私たちが帰ることこそが、あの子たちにとって一番嬉しいことですよね」

 いま僕たちがするべきことは、後ろめたさに浸ることではない。


 目的に向けて行動をし続け、なるべく早く完遂することだ。


「日が暮れちゃったか。海都の方は見ないようにね?」

「せっかくなら目的地で見た方が良いですもんね。よかったら、手を引いていただけません? 目を閉じているので」

 ナナの要望通り手を引き、岬へと足を進め続ける。


 目的地に近づくたび、少しずつ他者の声も聞こえてきた。


「さあ、着いた。ここが目的地だよ」

「もう、見ても大丈夫ですか?」

「もちろん。ゆっくりと、まぶたを開けてみて」

 僕の言葉通り、ナナはゆっくりとまぶたを開いてくれる。


 彼女の美しい瞳に、街の明かりが少しずつ灯っていく。


「すごい……! こんなに綺麗だなんて……!」

 僕たちの瞳には、白く輝く海都の光景が移りこんでいた。


 街灯や家屋の窓から漏れた明かりにより白亜の壁が照らされ、まるで地上に落ちた白き星のようだ。


「光を反射しやすい白亜の石材……。こういう用途もあるんですね……」

「さすがに想定してなかっただろうけどね。でも、それを使おうと考えなければ、この光景は生まれてこなかった。美しいめぐり合わせだよね」

 きっかけは、日々を少しでも暮らしやすいように工夫したこと。


 それが現在では、昼夜問わずの美しい都と評判になっているのだから、人々の見出す力には恐れ入る。


「カップルが多いですね……。私たち、場違いじゃないでしょうか……?」

「恋人岬って名前になっただけはあるみたいだね。でもまあ、心配はないよ。周りからは僕たちもカップルだと思われているだろうし」

 周囲の様子を見て居心地が悪そうにしていたナナが、僕の言葉を聞いて顔を赤くする。


 僕たちの状況が、周りの人たちとそう変わらないことに気付いたようだ。


「どうせなら、腕でも組んでみるかい?」

「う、嬉しいですけど、何か含みがありません?」

「そんなのあるわけないさ。ほら、どうする?」

 自身の左半身と左腕を使って小さな輪を作り、ナナを待つ。


 彼女は恥ずかしそうな表情を浮かべつつも、僕の腕に右腕を通してくれた。


「いざやってみると、意外と恥ずかしくないですね」

「むしろ、嬉しいという気持ちが強まってくるよ。同時に、もったいないという気持ちも。こんなに小さなことで幸せになれるのなら、もっと前からやればよかった」

 都合の良い言葉を並べ立てて先延ばしをしてきたが、結局のところは進めることを恐れているだけなのかもしれない。


 それを理解したというのに。


「それでも、いまの僕たちじゃ恋人になれないんだね。それだけの絆はあるし、資格はあるはずだけど……。心の奥底の方から、幸せになって良いのかという恐れが湧き出てくる。誰もが、それを望んでくれているはずなのに」

「私も同じです。こうしてあなたと触れ合えることがとても嬉しい。でも、同時に疑問が沸いてきてしまうんです。それがとても悔しい。あなたの恋人になりたいと思いきれない私が恨めしい……」

 こんなにも想い合っているのに、僕たちは進むことができなかった。


 もうずっと、新たな関係になることができていない。


「やっぱり、僕たちにはまだ場違いだったかな。夜景も見れたし、帰ろうか?」

「そう……ですね。あなたとこの光景を見られた。それで私は十分です」

 腕組みを解除し、恋人岬から離れる。


 行きとは違い、重苦しい空気が僕たちを包み込む。


「また、行きましょうね。今度こそは恋人になって……」

「うん。心から幸せを堪能できるようになってから、君と一緒に……」

 その未来を思い描きながら、ナナと共に心を癒していこう。

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