「今日の日替わりは――へぇ、サーモンのバター焼きかぁ……。魚がメニューに並ぶのは珍しいや」
興味を抱いたメニューを注文し、調理が行われる過程を眺めながらしばし待つ。
いまいる場所は、魔法剣士ギルド内にある大食堂。
お腹を空かせた魔法剣士たちが一堂に会し、様々な会話を楽しみながら食事を行う場所なのだが。
「朝早くに食堂に来たかいはあったなぁ……。あんまり人もいないし、のんびり食べられそうだ」
食堂内にいる人影はまばらなもので、空いている席の方がはるかに多い。
それもそのはず、現在時刻はまだ日が明けきっていない早朝。
なぜそんな時間に起きて行動しているのかと言うと、昨夜の恋人岬での出来事が心に残り、眠れなかったという理由がある。
「あったかいご飯を食べて、心が落ち着けば眠くなるかな。今日は作業予定が何にもないとはいえ、眠れないのはしんどいし」
食事をしている魔法剣士たちへと視線を動かしつつ、改めて僕とナナの関係について思考を巡らせる。
僕たちは救い救われた間柄。
強い絆を持ち、いまでは恋い慕う程にお互いを想い合うようになった。
それでもなお、過去の痛みに向き合いきれず、未来を思い描くことができていない。
「乗り越えられたら、必ず想いを伝えるって決めてるんだけどな……」
昨夜の状況から考えるまでもなく、僕たちは乗り越えられていないことがよくわかる。
お互い好意を抱いていることは理解しているのに、想いが一つに溶け合っているのに受け入れられないのだから。
「変われないのかな……。このまま、想いを抱え込みながら生きていくのかな……」
何がきっかけで変われるのかが分からない。
どうすれば、あの日の苦しみを過去にできるのだろうか。
「おはようございます、ソラさん。考え事ですか?」
「へ? あれ、ナナ? どうしたの、こんな朝早くに」
声に気付き現実に戻ると、いつの間にかナナがそばにいた。
彼女がこんな朝早くに目を覚ますなど珍しい。
「実は昨夜、全く寝付けなくて……。ご飯を食べたら少しは落ち着くかなって、起きてきたんです」
「な~んだ、ナナも同じか。道具屋さんじゃないけど、本当に僕たちは似た者同士なんだね」
小さく笑い合うと、ナナも料理の注文を行った。
彼女が注文したのも僕と同じ料理。
僕たちは、同じ料理を持って同じテーブルに座るのだった。
「いただきまーす。海のお魚を食べるなんて、久しぶりです!」
「ただでさえこの大陸は漁をするのが難しい環境だから、海都でもなかなか出回らないんだよねぇ……。それはそうと、いただきまーす」
食器を操り、料理を丁寧に切り分けていく。
身はとても柔らかく、口に入れただけで溶けていきそうだ。
「ん~、美味しい! こんな美味しいお料理を、ソラさんたちは食べ続けてきたんですね~」
「ふふふ……。任務を終えて帰ってきた魔法剣士たちが、真っ先に飛び込む施設って言われてるくらいだからね。そんじょそこらの料理人には負けないさ」
笑顔を見せながら料理を頬張るナナに習い、大きめに切りわけた料理を口の中に放り込む。
青臭さは全くなく、優しいバターの香りが嗅覚を刺激する。
塩味が少し強めだが、それがむしろ寝起きの体を目覚めさせる源となるのだろう。
「川魚より、海魚の方が食べやすいな。僕たちの処理が下手なだけなのかもしれないけど、どうしても臭みがねぇ……」
「多分、海魚を調理しても同じようなことを言うと思いますよ……。お魚って、焼き加減とか鱗取りとか難しいですし。調理をする前に切れ込みを入れたりするんでしょう?」
料理を食べながら会話を続けている内に、いつの間にか心のつかえが取れていることに気付く。
あんなに悩んでいたというのに、ナナといるだけでこんなにも心安らぐなんて。
「不思議だよね。こんなにも落ち着けるのに、どうして一歩を踏み出せないんだろう」
「家族同然な暮らしをするのは問題ないのに、恋人となると足を止めてしまうんですもんね……。私たちって、何なんでしょうね?」
恋人にはなれないのに、恋人以上の関係を築いている。
このような関係を持つ人は、僕たち以外にもいるのだろうか。
「まあ、これがいまの僕たちってことなんだろうね。んで、この関係を言い表すとしたら、恋人以上、恋人未満なのかぁ……」
「ふふっ、なんですかそれ。意味不明な言葉を作らないでくださいよ」
料理を口に入れながら、柔らかな笑みを浮かべてくれるナナ。
不自然な形であろうとも、これが現在の僕たちにとって最良の形。
言葉で言い表せるような段階は、もう過ぎ去っている。