「見えてきたみたいですね。あれがグラノ村のはずです」
海都から客車に揺られること数時間。僕たちは、ウィートバード問題が発生しているグラノ村のそばまでやって来ていた。
グラノ村――
良質な小麦が作られていることで有名な村。
この村の小麦で作られたパンはとてもフワフワで絶品。
各地の街や王都でもスイーツや料理の材料として買われるらしく、重要な集落の一つという位置づけとなっている。
「よし、着いたらさっそく情報収集といきたいところだけど……。先に言っておかないとね」
レイカとミタマさんに手招きをし、小さな声で二人に語り掛ける。
「自分たちの身分は明かさないようにすること。いいね?」
「身分を明かさない……? 魔法剣士だってことが、バレないようにするってことですか?」
レイカの疑問にコクリとうなずく。
すると、ミタマさんが得意げな様子を見せながら口を開いた。
「まだ期待感を上げたくないの。依頼した魔法剣士の人たちが来たと村の人にバレれば、絶対に喜ばれちゃう。そうなると、いまここで対処をしないといけなくなっちゃうから」
ミタマさんの解説に、レイカはほうほうと口にしながらうなずいていた。
本来であれば、身分を明かして村の人たちから話を聞く方が、必要とする情報を得られやすくなるだろう。
だがそれは、いますぐ問題を解決してほしいから情報を与えるのであって、調査をしてもらうために情報を与えているわけではない。
僕たちは解決へと至るための調査に来ただけであり、いますぐ問題を解決するつもりではないため、食い違いが発生してしまうのだ。
「解決してくれると思っていたら、調べるだけ調べて帰っちゃった……。確かに、印象が悪くなっちゃうかも……」
「印象が悪くなるだけならまだいいさ。一番マズイのは、村人が怒り出すことなんだ」
助けを求めたのに助けてくれない。見て見ぬふりをされた。
時間がかかればかかるほど、怒りは憎しみへと変わっていく。
その憎しみは、魔法剣士に向けられるだけではなく、問題が発生していない各地の集落へと向けられていくことになる。
どうして俺たちばかり、他の集落が羨ましい――と。
「一気に解決までこぎつけられればそれが一番なんだけどね……。ま、そういうわけだから、僕たちは観光客として行動するようにしよう。話を聞くときも、それとなくお願い」
「「はーい」」
現状を把握しない限りは何も手を出せない。
情報が集まらないうちに行動したせいで、村の人たちに更なる被害を出してしまっては元も子もないので、丁寧に行動しなければ。
「グラノ村に到着いたしました」
御者さんの到着を知らせる声が聞こえてきたので、各自荷物を持って客車を降りる。
深呼吸をすると、風に乗って小麦が焦げるような香りが漂ってきた。
「観光客気分になりそうでちょっとまずいな……。レイカとミタマさんは村の様子を見てきてくれないかい? 僕はお金を払ってくるから」
レイカたちに指示を出しつつ、御者さんの元へ向かう。
お金を払いつつ、軽く情報収集をしておこうか。
「すみません。少々お聞きしたいのですが、この村で食料を売っている、もしくは食堂のような場所はありませんか? お昼時にはちょっと早いですが、お腹が空いてきちゃったので……」
「ええ、ありますよ。あそこに風車が見えますよね? 向かって右隣にある建物が食堂です。名物は、この村で育てられた小麦を挽いて作られたパン。とってもフワフワで、美味しいんですよ」
御者さんは村にある風車を指さしながら、ニコニコとした表情で説明してくれた。
その様子を見るに、本当に美味しいパンだということが伝わってくる。
「ただ、去年はモンスターに小麦を荒らされて不作だったようで……。今年もモンスターに畑を荒らされるかもという話を耳にしました。ここのパン、食べられなくなるのかな……」
御者さんは寂しそうな表情で村を見つめていた。
被害を受けているのは村の人たちだけじゃない。
運搬の仕事に従事している人たちも、被害を受けていることを改めて理解できた。
「おっと、感傷的になっている場合ではありませんでした。帰りはどうされますか?」
「しばらく滞在しようと思っているので、帰りは歩いて海都まで戻ります。情報、ありがとうございました」
御者さんにお礼を言ってから客車を離れる。
まずは腹ごしらえをして、ウィートバードの情報を集めるとしよう。
「……ところで、様子を見てきてとは言ったけど、レイカたちはどこまで行ったんだろう?」
二人を探しながら村の中へと入る。
僕が彼女たちの姿を見つけた場所は、御者さんが教えてくれた風車のすぐそばだった。
●
「どこに行ったのかと思って探してみたら、風車を眺めていたなんて……。気持ちは分かるよ?」
グラノ村の食堂にて。僕は、レイカとミタマさんに説教をしていた。
二人の言い分を聞くに、双方とも風車を間近で見るのは初めてだったので、興味をそそられたとのことだ。
「興味を持ってくれるのは良いんだけど、最初の目的は忘れないようにね?」
「「はーい……」」
僕の説教を受け、二人はシュンと落ち込んでいた。
とりあえず反省してくれたようなので、お説教はここまでにするとしよう。
「さて、それじゃあ目的の話をしようか。ある程度、村の様子は見てこれたかい?」
「私は話しかけることに抵抗があったので、村の方々の様子を見ていました」
最初に話をしてくれるのはレイカのようだ。
「皆さん、かなり不安そうな表情をされていたように思えました……」
「ウチの方も同じ……。今年がダメなら来年は……。お先真っ暗って雰囲気でした……」
村の人たちが切羽詰まっているのは、御者さんから聞いた通りのようだ。
去年は例年未満の量しか出荷ができず、今年はどうなるか分からない。
そんな状態で、明るい顔などできるわけがないのだろう。
「食料とか、金銭の支援はできないんですか?」
「魔法剣士も余裕があるわけじゃないんだ。支援者から援助を受けて成り立っているところもあるから、こちらの一存で全てを決められないさ」
問題を解決するわけなので、その報酬として金銭のやり取りは行っている。
だが、受け取る金銭は必ずしも多い訳ではないし、メンバーに分配する必要もある。
他所の人々の生活を支援する余裕は、僕たちにはない。
「おいそれと支援をするわけにもいかないの。一度支援してもらえたから、次同じことが起きてもきっと支援してくれる。心は、楽な方へと移動しちゃうから……」
ミタマさんは、窓を見つめながらそう話してくれた。
模擬戦の時もそうだったが、彼女は時折達観したような発言をする。
達観というよりかは、諦観と言った方が正しいのかもしれないが。
「それに、他にも同じような問題を抱えた集落が、いい顔をしないんだ。アイツらは支援を受けられたのに、どうして自分たちは――てね」
どちらか一方にしか物を与えなければ、当然与えられなかった側は文句を言う。
文句を抑えるために与えれば、文句を言えばくれるのだと誤解させてしまう。
全ての人がとは言わないが、要望が通ると分かれば人は甘えてしまうのだ。
「問題は解決する。でも、金銭支援等は可能な限り行わない。人々を立ち直らせ、再び自分たちだけで歩き出せるよう、道を整えることが僕たちの理念なんだ」
困っている人々の背を押したり、時には手を引いたり。
人々の目線に立って解決への探究を行う。それが魔法剣士だ。
「グラノ村特製トースト三つ、お待たせしましたー」
店員の声が聞こえてきたので、会話をやめて静かに待つ。
テーブルの上に、こんがりとした焼き目が付いたパンと、少しだけ溶かされたバターが置かれていく。
小麦が焦げた香りと、うっすらと漂う甘い香りが食欲を刺激した。
火傷をしないよう、注意をしながらパンを縦に引き裂く。
一体どこに隠れていたんだと思えるほど、大量の白い湯気が立ち昇った。
「いただきます」
まずは何もつけていない状態のパンを口に含む。
サクサクだ。これが最初に浮かんだ感想。
だが、パンの切り口が舌へと触れるとその感想も消し飛ぶ。
フワフワだ。それが次の感想だった。
口の中のパンを奥歯に移動させて噛みしめると、甘い香りが口の中にあふれ出す。
咀嚼をするたび、パンの柔らかさが理解できる。
舌で押しつぶすだけでも、食べられるのではと思えるほどだ。
次はバターを塗って食べてみるとしよう。
小皿に置かれているそれをヘラで取り出し、パンの表面に置く。
それは熱にさらされたことでじわじわと溶け出し、茶褐色の焦げ目に染み渡る。
溶けていくバターと、それが染み込んだ部分を一気に口へと含む。
濃厚な香りが鼻へと昇り、塩味がパンの甘さを強調していく。
「美味しい……」
口から出た感想は、それだけだった。
レイカとミタマさんに視線を向けてみると、二人とも夢中でパンにかじりついている。
彼女たちもこの村の名産が気に入ったようだ。
これほどに美味しいパンを食べられなくなるのは、どう考えても間違いだ。
解決するための足掛かり、絶対に作らなければ。
「ごちそうさまでした。さあ、情報収集を始めようか」
残っているパンを一気に口の中へと放り込んだ僕たちは、決意新たに村へと繰り出すのだった。