「二人とも、今日はお疲れ様。休む前に調査の報告会をしようか」
初日の調査を終えた僕たちは、グラノ村の宿で二つ部屋を借り、そのうちの一部屋で話し合いを始めた。
情報の共有は、調査を進めるうえで何よりも大切なこと。
特に見習い魔法剣士であるレイカとミタマさんは、最重要視しなければならない部分だ。
「まずは僕から話をするね。僕が農家の男性から聞けたのは――」
昼間の小麦畑での出来事をレイカとミタマさんに伝える。
二人ともうなずいたり、質問をしたりしながら話を聞いてくれた。
「ウィートバードに困らされているけど、傷つけるようなことはしたくない……。ウチら側から説得するにも難しい、複雑な状態になってるんですね……」
「農家の方の気持ち、分かるな……。私たちも、モンスターと暮らしているからかな……」
スラランとルトとコバ。あの子たちと暮らしているからこそ、抱ける感情なのだろう。
僕たちでもそうなのだから、長年ウィートバードたちと共に暮らし続けてきたグラノ村の住人たちの想いは、外部の人物が解きほぐせるものでは無くなっているはずだ。
「え? レイカちゃんたちって、モンスターと暮らしてるの?」
「うん、そうだよ。スライムと、コボルトの子どもと赤ちゃん! とっても可愛いんだ~!」
「す、すごいね……。モンスターと暮らしてるって、ウチには想像できないよ……」
ミタマさんの反応に、レイカは疑問を浮かべた顔をしていた。
大抵の人はモンスターに対して恐れを抱いているので、この場合は僕たちが異常と見られてしまうのだ。
「はいはい、話を戻すよ。それで、二人の方はどうだった?」
「はい! えっと、ウィートバードたちを数えてみたんですけど、とても数えきれるものではありませんでした……。あの場にやって来た子たちだけでも、数百体以上いたのでは……と」
レイカとミタマさんの二人体制で調べてもらったが、さすがに把握しきれなかったようだ。
あれを瞬時に見分けられる方が特別なので、何ら不思議なことはない。
「食事を終えたウィートバードたちは森に帰っていきましたね。農家の方の情報とも一致してますし、そこに住処があるのは間違いないかと」
ミタマさんは空いている紙に絵を描きながら説明をしてくれる。
僕から見て左側に森、中央にグラノ村、右側に小麦畑という絵だ。
そこに鳥の絵が描き足され、どのように移動を行っていたのかを分かりやすいようにしてくれた。
「情報はこんなもんか……。明日の行動はどうするかな」
引き続き村人たちから話を聞くのもいい。畑でウィートバードの観察や、彼らの住処があるであろう森に入って調査をしてみるのもいいだろう。
この中で最も情報が集まりそうなのは、森の調査だろうか。
「ウチは森の中の調査をするべきだと思います。畑に来てたのが全部じゃないはずですし、そばで調べた方が色々分かるかと」
「そうだね。村で調査をしていても新しい情報が入ってくるとは限らないし、動いてみようか。レイカも森の調査で良いかい?」
「はい、問題ないです」
よし、明日の行動が決まった。
知らない森に入るのは非常に危険。
しっかりと準備をし、注意と警戒を切らさないようにしなければ。
「二人とも、森の中で変わった物を見つけたからって即座に行動しないでね。必ず一緒に行動すること。それが無理そうでも誰かに声をかけておくこと」
「森の中で迷子なんて考えたくもないですしね……」
森の規模も植生すら分からない。
そんな状態で迷ってしまえば、一大事だ。
「森で迷った時の脱出法や、それを防ぐ目印の付け方は現地で説明する。肌を露出しない程度に動きやすい服を選ぶことと、念のために戦う準備は行っておくこと。いいね?」
「「はい!」」
僕の言葉を合図に、レイカたちは自分の部屋へと戻っていく。
二人を導くための準備をした後、ベッドに飛び込む。
隣の部屋から、二人の楽しげな声が響いてきていた。
●
「んしょっと……。もうすぐ冬なのに、うっそうとしてるね。気をつけないと、本当にはぐれちゃいそう……」
「レイカちゃんは背が低いもんね。大丈夫、ウチがちゃんと見てるから!」
「む~……。一つしか変わらないのに、なんでミタマちゃんはそんなに……」
レイカとミタマさんは、お喋りをしながら枝葉を払いのけ、僕の後をついてきている。
僕たちが居る場所は、ウィートバードたちの住処があると教えてもらった森の中。
朝食を食べてすぐに出てきたのだが、まだ件のモンスターは見つけられていない。
「こっちに来てから僕の家に来るまで、まともに食事を摂ってなかったんでしょ? そのせいもあるんじゃない?」
「あー……。やっぱり、ちゃんと食べてなきゃダメだったのかな……」
「ウチはちっちゃいレイカちゃんも好きだよ! なでなでー」
レイカはミタマさんに頭をなでられ、不服そうにしていた。
現在はきちんと食べられているのだから、気にする必要はないと思うのだが。
「それにしても、森に入ってからそれなりに経ったというのに、一匹としてウィートバードが見つかりませんね」
「そうだねぇ……。だいぶ日も昇って来てるし、ウィートバードが目覚めていないってことはないと思うんだけど……。見当違いの方向に向かってるのかもしれないね」
これまでに姿はおろか、鳴き声らしきものも聞いていない。
警戒心が高いのだとしても、声を発さないことはないと思うのだが。
「僕も探知魔法を覚えるべきかな。魔力の消費も扱いも難しいのが難点だけど……」
現在の不安定な状態で、ある程度の魔法を扱えるナナには驚かされる。
彼女が真に力を発揮できるようになったら、一体どれほどの魔導士となるのだろうか。
「さて、そろそろ目印をつけるかな。レイカ、やってみて」
「はーい。えっと、歩いてきた方向を向いている木の枝にロープを……」
レイカはするするりと木を登り、枝にロープを巻き付けていく。
教えたとおりのことはできるようになったようだ。
「すごいなぁ……。ウチ、木登りできないんですよね……」
「任せられるところは任せればいいのさ。それに、目印の付け方はほかにも色々ある。他の魔法剣士と任務に出かけた時にでも、注目してみるといいよ」
分かりやすい目印であれば、それこそなんだっていいのだ。
目立つ物を地面に落としていくのもいいし、木の幹に傷をつけるのもいい。
あくまで迷わないようにするための目印なのだから。
「よし、完成! ソラさん、これでいいですかー?」
「どれ……。うん、大丈夫そうだね。それじゃ、行軍を再開しようか」
木の上からレイカが下りてくるのを待ちながら、進むべき方向を思案する。
これまでは森の中心に向かって歩き続けていたが、もう少し外縁部寄りに移動するのもいいかもしれない。
「この地域に強力なモンスターは住んでいないみたいだし、わざわざ森の中心に住処を構える必要はないのかもしれないね。よし、進行方向を少し変えて――」
「やば! 大人だ!」
「え?」
聞きなれない声に振り返ると、背を向けて走り去る子どもの姿が見えた。
何で子どもがこんなところに? 僕の姿を見て逃げたように思えたが。
「よいしょっと……。さっきの子、どうしたのかな?」
「さあ……? ソラさんを見て逃げて行ったような……?」
レイカとミタマさんが、僕のことを見つめてきた。
彼女たちも同じように感じたのであれば、僕の勘違いではないのだろう。
大人が来ると、何か不都合なことでもあるのだろうか。
「あんなに慌てて逃げたら、たとえ森で遊んでいる子どもであっても道に迷う可能性がある。追いかけ――」
「分かりました! 急ぎましょう!」
僕の言葉を遮るように、レイカが率先して子どもの後を追いかけだす。
自分勝手な行動ではないが、少々気合を入れ過ぎだ。
「ちょ、ちょっとレイカちゃん!? あの子まで見失ったら大変です! 追いかけなきゃ!」
「そうだね、行こう!」
レイカの行動に驚きつつも、僕とミタマさんも走り出す。
あの子どもは、なぜ僕から逃げるような真似をしたのだろうか。
好奇心に導かれながらも、僕たちは森を進んでいく。