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大波の先で

「さ、さすがに疲れてきたぞ……。航海がここまで大変だとは思わなかった……」

 航海三日目。いまだに僕たちは、『戻りの大渦』の渦中を突き進んでいた。


 これまで元気な様子を見せ続けていたウォルさんも、さすがに泣き言を吐かざるを得ない状態らしい。

 初めての航海がこれでは、疲労も並ではないだろう。


 それでも彼は、自分にできることをする形で波と戦い続けている。

 彼に負けないよう、僕も頑張らなければ。


「進路前方、巨大な波です!」

 見張りの声を聞き、船の縁から身を乗り出して前方を確認する。


 この船のメインマストよりは低いようだが、それでもかなりの大きさを誇る波が前方から押し寄せてきていた。


「魔法部隊、攻撃準備! 総員、体を固定するのを忘れるな!」

「「「了解!」」」

 魔導士と魔法を主に扱う魔法剣士たちが船の前方に移動し、体と船体をロープでつなぐ。


 僕も彼らに追従し、魔法を発動する準備を行う。


「目標、前方大波! 攻撃始め!」

 合図と同時に、大波に向けて一斉に魔法が飛んでいく。


 攻撃によって波が砕けていき、乗り越えられる程度の高さにまで縮んだようだ。


「よし、乗り越えるぞ! ソラ、防御を頼む!」

「了解です! プロテクション!」

 想いによって強化された防御魔法を、船の前方を覆うように展開する。


 青白い防御壁は大波と衝突し、海水を激しく散らしていく。

 船は横転することなくあっという間に波を昇りきり、波の谷間へと向かって船首が下がりだす。


「落ちるぞ! 振り落とされるなよ!」

 船長の言葉と同時に、船はものすごいスピードで波を滑り落ちていく。


 今度の敵は波ではなく、海面だ。

 防御壁を展開し直しつつ、大きく息を吸って着水時の衝撃に備える。


 激しい衝撃と共に、レジナ・ウェントゥス号は海面へ着水。

 繋いであったロープが体に食い込んだことで痛みに襲われるも、船から投げ出されることはなかった。


「ぐ……! 皆、無事か?」

「魔法剣士たちは……問題ないです!」

「冒険者側も大丈夫だ! 誰一人、欠けてねぇ!」

 ロープを外して素早く乗員の確認をするも、異常を訴える者や姿が見えなくなった者はいない。


 冒険者側も問題ないようなので、ほっと胸をなでおろしたその時。


「前方、再び大波です!」

 再び聞こえてきた見張りの声に驚きつつ、船の前方を確認する。


 先ほどよりは小さいが、それでも見上げるほどの波が僕たちに襲い掛かろうとする様子が見えた。


「こうも立て続けに……! 総員、ロープを結び直せ! 直接乗り越えるぞ!」

 魔法部隊の準備を待てないと判断した船長は、いままでよりも語気を強めて指示を出す。


 僕も慌ててロープを結び直し、衝撃に備える。

 船は再び波を昇っていき、海水に向けて落下を始めるのだが。


「あ……!? やべぇ、ロープが……!」

 異常を知らせる声が耳に届き、振り返る。


 落下していく船と対照的に、ウォルさんだけが空中に浮いていく。

 慌てて結び直したせいで、結びの強度が不十分になってしまったのだろう。


「コンフォルト!」

 自身のロープをほどき、強化魔法をかけてウォルさんのそばまで一気に飛び上がる。


 海へと落下し始めていた彼を掴むことに何とか成功。

 しかしこのままでは、荒れ狂う海に呑まれてしまうだけだ。


「わ、わりい! だが、どうやって船まで……!」

「黙って! 舌を噛むよ!」

 船の現在位置を探りつつ、自身の背に吹き荒れる風を設置する。


 強い波のせいで船はどんどん離れていくが、まだこの程度の距離であれば届くはずだ。


「ウインドバースト! ぐ……!」

 魔法が発動するのと同時に、僕とウォルさんの体が勢いよく吹き飛ばされていく。


 彼の体から手を離さないよう懸命にこらえつつ、可能な限りの落下態勢を整える。


「が……は……!」

 ウォルさんの体と甲板に挟まれた衝撃と痛みにより、意識が揺らぐ。


 何とか戻ってくることに成功したものの、体が動きださない。


「前方、大波は存在しません!」

 見張りの大声が聞こえてくる。


 欠けることなく、なんとか守りきれたようだ。


「お、おい! 大丈夫なのかよ!?」

「大丈夫……ではないですよ……。あれほどの速度でぶつかったんですから……」

 ウォルさんが声をかけてくれていること、他の乗組員たちが僕のことを船室に連れて行こうとしている様子が伝わってくる。


 だが、少しずつ視界が暗くなり、音も聞こえにくくなっていく。


「腕のいい薬師や、強力な回復魔法を使える人がいますから……。僕は、少し休んでます……。後は、お願い……しますね……」

「お、おい! ソラ……! ソラーー!!」

 ウォルさんが僕の名を呼ぶ声を聞きつつ、暗闇に意識を手放すのだった。



「うあ……。ああ……?」

 瞼を開くと、木製の天井が視界に映った。


 どれくらい眠っていたのだろうか。

 こうして僕が目覚められたということは、皆も無事のはずだが。


「お、起きた……! 起きた! ソラが目を覚ましたぞ!!」

 真横から聞こえてきた大声に顔をしかめつつ、ゆっくりと頭を動かす。


 ドタドタと部屋の中から出ていく音とともに、何やら大勢で喜んでいる様子の声が聞こえてくる。

 しばらくすると、ウォルさんが僕の家族とアニサさんを連れて部屋の中に入ってきた。


「ソラー!! ちゃんと起きてくれたな! 心配したぞ!」

「ちょっとウォル! 静かに声をかけてあげなさいって言ったでしょ!? まだ寝起きだし、体に異常がないか分からないんだから!」

 大声で喜ぶウォルさんと、彼の声に負けないくらいの声で注意をするアニサさん。


 短い期間しか交流をしていないのに、僕が目覚めただけでここまで喜んでくれたことはとても嬉しい。

 寝起きかつ不完全な状態では、煩わしいという気持ちも強いが。


「ソラさん。お加減はいかかですか?」

 ウォルさんたちとは違い、ナナは優しく声をかけてくれた。


 姉弟たちも、心配そうな瞳で僕を見つめてくれている。


「うん、僕は大丈夫。ナナ、レン。君たちが治療をしてくれたんだよね?」

「それなんですけど、実は……」

 ナナはコクリとうなずくことはせず、微笑みを浮かべながら背後へ振り返る。


 彼女の視線には、アニサさんと口喧嘩をしているウォルさんの姿があった。


「眠るあなたの容体は、彼が見続けてくれたんです。決して、私たちだけが治療を行ったわけじゃないんですよ?」

「そっか……。そうなんだ……。ウォルさん。僕の容体を見て頂き、ありがとうございました。深く、お礼申し上げます」

「んあ? ああ、良いって、良いって。オイラもお前に助けてもらったんだからな!」

 ウォルさんはニカリと笑みを浮かべると、僕が横たわるベッドに近づいてきてくれた。


 なるほど、彼を助けたことへのお礼という側面もあったか。

 彼はベッドのそばにある椅子に腰を掛け、深く頭を下げた。


「悪いな。オイラの不注意で、お前には危険なことをさせた上にケガをさせちまった。本当に、すまなかった!」

「気にしないでください。あなたみたいな人がいなくなることの方が、よっぽど損なことですよ」

 ウォルさんは、本当に良い人なのだろう。


 誰よりも明るく、誰よりも率先して行動する太陽のような人。

 そんな人を助けることができて、僕の心は言いようのない想いに震えていた。


「ソラ君。この船は無事、『戻りの大渦』を抜けたの。いま甲板では、脱出記念の宴を開催する準備をしてるんだ。私たちはその準備の手伝いに行くけど、ウォルは置いていくから。騒音バカだけど、使い潰しちゃっていいからね」

「そうそう、お前が欲しいもんは持ってきて――って、騒音バカってなんだよ!」

「アハハ……。分かりました、甘えさせていただきますね」

 憤るウォルさんを置き、アニサさんが部屋の外に出ていく。


 僕の家族たちも彼女に続いて出ていってしまったので、部屋に残っているのは僕とウォルさんだけとなってしまった。


「ウォルさんは――」

「ウォルでいいよ。オイラも、お前のことはソラと呼ぶせてもらうさ」

 ニヒヒと笑いつつ、ウォルさんはそう言ってくれる。


 僕は家族以外の人物を呼び捨てにしたことは、一度もなかった。

 年上や目上の人には必ず敬称をつけ、年下でも君やちゃんとつけて呼んでいる。


 いま思うと、レイカたちを初対面の時から呼び捨てにしていたのは、無意識的に自分たちの関係に気付いていたからなのかもしれない。


「ウォル……ウォル……。う~ん、なんか言いにくいな……」

 いきなり呼び捨てにしても良いと言われても、少しばかり難しい。


 ナナの名を呼び捨てるようになった時も、同じことを考えていただろうか。


「なんだ? さんとかつけないと人の名を呼べないタイプなのか? だったら、ウォル様とか呼んでくれても良いんだぜ!」

「アニサさんに白い目で見られるだけだと思いますよ……」

 そんな呼び方をしている所を見られたら、確実にウォルさんが軽蔑されるだろう。


 どうでもよいことで、いがみ合う姿を見たいとは思わない。


「冗談だよ、冗談。つってもなー、友達なら呼び捨てにしてくれたっていいのによー」

「友達……? 僕のことを言っているんですか?」

 僕の質問に、ウォルさんは一も二もなく大きくうなずく。


 むしろ、この質問をしたことに疑問を抱いているようにも見える。


「お前は、オイラを命がけで助けてくれただろ? それは、オイラを友達と見てくれたからじゃねぇのか?」

「まあ、あなたと過ごす日々は楽しいですけど……」

 ウォルさんの言う通り、僕は彼のことを気に入りだしている。


 リーダー同士という関係だけでなく、さらに仲を深めたいとも思っているほどだ。


「よく分かんねぇな。オイラは、お前にとってどんな存在なんだ?」

「ど、どんな存在って……。明るくて、太陽みたいな存在ですけど……。一緒にいて楽しいし、仲良くしたいと――」

「じゃあ、友達で良いじゃねぇか! なあ、なろうぜ! 悪くしねぇからよ!」

「悪くしないって、友達になる時の言葉じゃな――わかった、わかった! なる、なるから! 羽交い絞めにしないで!」

 強制的にウォルさんの友人にされてしまったが、不思議と嫌な気は全くしない。


 むしろ、それが当然だったかのように思えてくる。


「ヘヘッ! これからよろしくな! ソラ!」

「こちらこそ。よろしく、ウォル君」

 大海原を行く途中で、ウォル君という新たな友人を見つけることになるとは思いもよらなかった。

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