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彼方に映るは

 航海十五日目。『アイラル大陸』への旅程は平穏そのもの。

 日数的にも、そろそろ目的の大地が見えてきてもよい頃だ。


「穏やかに魚を釣れる海か……。外の海って、こんなにもおとなしかったんだな。なんだか異様に感じるぜ」

 船の縁に寄りかかりながら、海を見つめているウォル君。


 そんな彼のそばに近寄り、苦笑を浮かべながら口を開く。


「僕からすれば、『戻りの大渦』に囲まれている『アヴァル大陸』の方が異様なんだけどね」

「あ? どういうことだよ。『アヴァル大陸』の方が異様って」

 僕の会話の仕方に違和感を抱いたらしく、ウォル君は怪訝そうな表情を浮かべながら質問をしてきた。


 彼ならば、真実を明かしても大丈夫だろう。


「僕はね、『アイラル大陸』出身のヒューマンなんだ」

「へー。『アイラル大陸』出身の――って、ホントかよそれ!?」

「うん、本当。細かい説明は省くけど、七年前まで向こうで暮らしていて、一人で海を渡ったんだ。で、魔法剣士になって、いまの僕って感じさ」

「なるほどなぁ。興味本位で聞いちまうが、『アイラル大陸』ってどんなところなんだ?」

 僕を見つめる瞳がキラキラと輝きだす。


 どうやら、好奇心を強く刺激されたようだ。


「それじゃあ、君の冒険を邪魔しない程度に説明するよ。まず、向こうの環境なんだけど――」

 ほぼ万年、雪と氷に覆われた土地のこと、ホワイトドラゴンのこと。


 ウォル君が興味を抱きそうな話題を出しつつ、それでいて重要な部分を伝えないようにしながら。


「なるほどな! 『アイラル大陸』、俄然興味が湧いてきたぜ!」

 ウォル君は興奮した様子で船首へと移動していった。


 そんな彼の後ろ姿に微笑みつつ、後を追いかける。


「『アイラル大陸』、『アイラル大陸』~。早く見えてこねぇかなぁ~! ん? そういえばなんで、ホワイトドラゴンたちは『アヴァル大陸』に来ないんだ? お前がそうだったように、海を渡る技術はあるんだろ?」

「行きの技術はね。でも、帰りの技術は持っていない。だからホワイトドラゴンは向かわない、向かえないんだ。知識は一人で持ち続けても意味はない。共有することで、一つの知識となっていくから」

 ホワイトドラゴンの文化にあるように、生まれた場所に帰るまでが知識の旅。


 帰れないのでは意味がないのだ。


「『戻りの大渦』がなければ、オイラたちだけじゃなく、ホワイトドラゴンもお互いの大陸を冒険できたってことか。もったいねぇなぁ……」

「へぇ、君もそういう表現をするんだ」

 義父さんと義母さんが『アヴァル大陸』の話をする際、赴けないことがもったいなかったとよく言っていた。


 もしかしたら、あの二人もウォル君のことを気に入るかもしれない。


「なんで、『戻りの大渦』はあるんだろうなぁ……」

「さぁ……。こればっかりは……」

 分かっているのは、冬の間だけ海流の勢いが弱まるということだけ。


 冬は氷の属性が強まる季節のため、その力に押されて水属性の力が弱まるからという説が有力だが、それでも分からないことが多すぎる。

 渦の中に入ることができれば何か分かるのかもしれないが、残念ながらそのような技術は持ち合わせていない。


 海を見つめながら、『戻りの大渦』が発生する理由を考えていると。


「前方! 島影を確認!」

 鐘を打ち鳴らしながら、見張りが大声を上げた。


 音と声を聞き、船内で過ごしていた人たちも船上に飛び出してきたようだ。


「島影!? どれだ!? あれか!?」

「あそこ、真正面に見える影だよ。どんどん大きくなってく……!」

 はるか遠くの水平線、小さかった影が横に広がっていく。


 間違いない、あの島影は――


「前方の島影、『アイラル大陸』です!」

 とうとう僕たちは、『アイラル大陸』を視界に捉えたのだった。



「よぉし! 積み荷を降ろせ! お待ちかねの時間だぞ!」

 船長が大声を上げながら、船員に指示を出している。


 僕たちが乗ったレジナ・ウェントゥス号は、『アイラル大陸』の岸に接近し、錨を下ろしていた。

 さっそく荷物や人を載せた小舟が海に降ろされ、大陸の岸辺に向かって行く。


「さ、さ、寒い……。う、海の上も寒かったが、こ、この土地は寒すぎだろ……。ほんとに雪だらけだし……」

「あんたは寒がりだもんね。ま、動き回ってたらすぐ温かくなるでしょ。ほら、この荷物でも運んで温まりなさい!」

「それ、おまえの荷物だろ! かこつけてオイラに運ばせようとすんな!」

 寒さに体を震わせるウォル君が、アニサさんに荷物を持たされている。


 普段は彼の方がやりたい放題しているようだが、所々で立場が逆転することもあるようだ。


「雪が真っ白で綺麗……。一面の銀世界ですね……」

 ナナは船の縁に手を置き、景色を眺めていた。


 海岸も、坂道も、平坦な道も、全てが雪で覆われている。

 森などの木々は見える範囲にはないため、まるでどこまでも続く純白のカーペットだ。


「ようこそ、僕たちの故郷へ。これから、僕たちが生まれ育った村へとご案内いたしますね」

「ふふっ。何をわざとらしい演技をしているんですか。でも、そうですね……。案内、よろしくお願いいたしますね」

 僕の気取った演技に、ナナもお嬢様らしい仕草を返してくれた。


 こうしていると、初めて出会った時のことが脳裏に浮かび上がってくる。


「ソラ! すまんが、皆より先に滞在予定先の村まで行ってきてくれないか?」

「村にですか? 構いませんが、何か問題でも?」

 ナナと話をしている所に、船長さんがやって来た。


 特に困っている様子には見えないが、何かあったのだろうか。


「いやなに。村の人々に、我々が来たことを伝えてきて欲しくてな」

「ああ、なるほど……。いきなり大勢の人が押しかけてきたら驚いちゃいますもんね……。そういうことでしたらお任せください。人数と目的を伝えれば大丈夫でしょうか?」

「ああ、頼むぞ。お前のことだから心配ないとは思うが、念のためにプルイナ村がある場所を確認しておこうか」

 遠景に見える雪山を指さしながら、船長さんはプルイナ村がある場所を説明してくれる。


 故郷の名が出てきたことに、僕は懐かしいという思いを抱きながら話を聞いていた。


「問題が発生しない限り、こちらには戻ってこなくていい。家族を連れ、故郷を満喫してこい」

「ありがとうございます。それでは行ってきますね! 行こう、ナナ!」

「はい!」

 ナナを連れ、レジナ・ウェントゥス号から『アイラル大陸』の大地へと降り立つ。


 大地に挨拶をしつつ、荷物の運び出しを手伝っていたレイカたちに声をかける。

 彼女たちは、手伝いの手を止めてこちらに歩いてきた。


「僕たち四人は、先行してプルイナ村へと向かうことになった。村の人たちに僕たちが来たことを伝えるという役目だよ」

 僕の話を聞き、姉弟は喜びの表情を見せてくれる。


 故郷がすぐ目の前にあるというのに、なかなか向かえないことにもどかしさを感じていたのかもしれない。


「さあ、行こう! プルイナ村へ!」

 足跡を雪に残しながら、僕たちは雪道を進んでいく。


 七年ぶりの故郷を想いながら。

 新たな旅の始まりを予感しながら。

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