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第十五章 ホワイトドラゴンの村

故郷の様相

「あれって、もしかしてスライムですか? 雪をまとっているみたいですけど」

 純白の雪道の中、ぴょんぴょんと飛び跳ねている生物を発見する。


 スライムによく似た姿形をしているが、ナナの言う通り、その生物は雪をまとっていた。

 名はスノウスライム。不凍液を分泌することで、寒気吹きすさぶ中でも自在に動き回れるようになったスライムだ。


「凍らないスライム……。本当に、『アヴァル大陸』とは環境が違うんですね。この目で見るまで、信じきれませんでしたよ」

「半信半疑だったってこと? 酷いなぁ、僕は君に故郷のことを本気で教えていたのに」

 口を尖らせる僕を見て、ナナは半笑いをしながら舌を突き出していた。


 気候が穏やかな『アヴァル大陸』出身の彼女では、年中雪だらけの土地など想像もつかなかったのだろう。

 実際、僕が初めて大陸を渡った際も、どこまでも続く緑の草原や深い森を見て目を疑ったものだ。


「ナナさん、あそこ。スノウスライムを見てみて」

 ナナと共にレンが指し示した先に視線を送ると、スノウスライムが雪の上でコロコロと転がっている姿が。


 その様子を見て疑問を頭に浮かべたナナに、レイカが解説を行う。


「スノウスライムは、ああやって自分の体に雪をつけて身を隠すんですよ。雪だらけのこの土地では、白い体の方が目立たなくて済むんです」

「なるほどね。じゃあ、レイカちゃんやレン君の白い髪も、隠れるための物なのかな?」

 ナナの質問に、レイカとレンはお互いの頭部を見つめながら悩みだした。


 結局は寒さ対策のために様々な服を纏うので、あまり関係がない気がする。


「あのスライムは、私たちとは別方向に行っちゃうみたいですね。雪で擬態をするということは、この辺りのモンスターは気性が荒かったりするんでしょうか?」

「アマロ村の周辺と比べたら荒いね。でも、どちらかと言うと自身や仲間を守るために躍起になりやすいだけだから、むやみに近寄らなければ安全だよ」

 僕の言葉を聞き、ナナはキョロキョロと周囲を見渡しながら道を歩き始めた。


 お互いを傷つけあわないようにするためには、警戒をすることが一番だ。


「見えてきた。白い煙が立ち上っている場所に、僕たちの村がある」

 レンが僕たちの前へと駆け出し、前方を指さした。


 彼の指さす先にある雪山のふもとから、白い煙が空へと昇っていく様子が見える。


「何かが燃えている煙ではないみたいですね。あれは、湯気でしょうか?」

「正解。プルイナ村は、温泉という温かい水が湧き出る場所なんだ。この寒さだから、よりいっそう白く見えるね」

 ナナは温泉という言葉に疑問を抱いたらしく、首を傾けながら僕に視線を向けた。


 『アヴァル大陸』は、水の大陸と呼ばれるほどに湧水が豊富な大陸だが、温泉だけは存在していない。

 彼女どころか、ヒューマンにとっては全くなじみがない存在だ。


「簡単に言えば天然のお風呂だよ。地下で温められた水がお湯となって地上に出てくるから、それを岩なり木材で囲うなりして入浴できるようにしてあるんだ」

 お風呂と入浴という言葉を聞き、ナナは期待に満ちた表情でプルイナ村を見つめた。


 航海中はまともに入浴ができなかったので、早く身を清めたいと考えているのだろう。


「プルイナ村の温泉は、露天風呂になっているんです! お風呂で火照った体を、降り積もった雪で冷やすと気持ちいいですよ!」

「そ、それって、外で裸になるってこと……? それはちょっと……」

「大丈夫、ちゃんと見えないようになってるから。安心して、温泉を満喫してほしいな」

 温泉の説明を聞いていくうちに、ナナの表情がどんどん好奇心で満ちていく。


 そんなこんなで様々な会話をしている内に、プルイナ村が肉眼で見えるようになってきた。

 少しずつ村の様相が見えるようになるにつれ、僕の心は嬉しさに震えだす。


「到着! ここがプルイナ村だよ」

 村の入り口からの故郷の様相は、七年前と全く変わらない光景だった。


 木造の家、白い雪が積もった茅葺の屋根。

 村の一番奥にある、大きな建物のそばから立ち昇る温泉の白い湯気。


 これが僕たちの故郷、プルイナ村だ。


「おや? ブラックドラゴンの旅人さんかな? こんなへき地の村までようこそ」

 僕たちがやって来たことに気付いた男性が、こちらに歩み寄りながら声をかけてきた。


 白い髪に白い角、紛れもなくホワイトドラゴンだ。


「ブラックドラゴン? 名前の響き的に、ホワイトドラゴンと似た種族ですか?」

「そういえば話してなかったっけ。『ブラックドラゴン族』は、この大陸に住むもう一つの種族。ホワイトドラゴンが知識を求めるのに対し、彼らは力を求める種族なんだ」

 ブラックドラゴンにも、ホワイトドラゴンと同じく旅をする文化があるらしい。


 そう言った点も含め、僕とナナの黒い髪を見たことで勘違いをしたのだろう。


「何を喋ってるんだ? そんな寒空にいないで、早く村に入って温ま――って、あれ? よく見たら角がないな。しかも黒に白が混ざった髪の奴もいる……。もしや……?」

 村人は、僕たちの頭部をまじまじと見つめている。


 ブラックドラゴンではないことに気付き、ヒューマンではないかという疑いも抱いたようだが、確信には至っていない様子だ。


「お久しぶりです! レイカとレン、ただいま戻りました!」

「ただいま」

 レイカたちは僕とナナの間を通り抜け、挨拶をしながら村人へと近づいていく。


 子どもたちの姿を見て、彼は驚いているようだ。


「『アヴァル大陸』に渡った姉弟が無事に帰って来たということは……。あんたら、やっぱりヒューマンなのかい?」

「え、ええ。そうですけど……」

 どこか訝し気な視線を向けられたことに対し、ナナはおどおどと返事をする。


 素性の聞かれ方に、不安を抱いてしまったようだ。


「そうか、ヒューマンがね……。さっきは村に入って良いって言ったが、悪い、ちょっと待ってろ」

 村人は僕たちに背を向け、村の中心に向けて歩き出す。


 言葉だけから判断すると、僕たちが滞在することに懸念を抱いたようにも感じるが、それは違うと確実に言える。

 だが、ホワイトドラゴンの村を初めて訪れたナナだけは、心配そうに僕を見つめた。


「何か、間違ったことを言っちゃったでしょうか……?」

「大丈夫。ちょっと待っていればすぐ答えが分かるよ」

 不安げなナナの手を握りながら、村人の移動を目で追いかける。


 やがて彼は足を止め、大きく息を吸い込みながら口に手を当ると。


「おーい!! ヒューマンのお客さんがいらっしゃったぞ!!」

 村全体に響き渡りそうなほどの大声を発した。


 道行く村人だけでなく、家屋の中にいる村人たちもその声に反応し、声を発した彼に一斉に詰め寄っていく。


「ヒューマンのお客さん!? どこ!? どこにいるの!?」

「まさか、ヒューマンの皆さんを再びお目にかけることができるとは……! 長生きをするもんじゃのう! で、どこにおるんじゃ!?」

「村の入り口以外、どこからこの村に入るんだよ。ほら、あそこだ」

 村人たちの視線が、一斉に僕たちの方へと向けられる。


 すると、老若男女問わずに瞳を光り輝かせたホワイトドラゴンたちが、僕たちの前に詰めかけてきた。


「ふおおお!? 本当だ! 本当に角がねぇ! すげぇ! 初めて見た!」

「再びヒューマンたちが海を渡ってきてくれるとは……! しかも、あんたが着ているその服は……!」

「ねぇねぇ! ほかにヒューマンさんはいないの? おにいちゃんとおねえちゃんだけ?」

 そばに来た村人たちから、ひっきりなしに好奇心の視線が飛んでくる。


 こんな人たちだっただろうかと少しだけ動揺しつつも、ちらりとナナの様子をうかがう。

 彼女もまた動揺しつつも、安心したような表情を浮かべていた。


「僕たちは、魔法剣士ギルドから派遣されてきた調査団の者です。ご質問等があるところ申し訳ありませんが、村の長をお呼びしていただくことは可能でしょうか?」

 まさか、故郷でかしこまった言葉を使うことになるとは思わなかった。


 だが、現在の僕はあくまで調査団の代表。

 故郷に帰ってきた嬉しさをぐっと飲みこみ、代表らしい行動を取らなければ。


「私が村長でございます。む……? あなたのそのお顔、どこかで見たことがある気がしますが……」

 村人たちをかき分け、白いひげを蓄えた老人が進み出てくると同時に、彼は僕の顔を見て疑問を浮かべていた。


 よく見ると、彼以外にも僕に見覚えがある方がいるらしく、首を傾げている方がちらほら。

 彼らのその表情を見ていると、自身を偽っているのはなんだか馬鹿らしく思えてくる。


「……村長さん、村の皆さん。本当に、お久しぶりです。覚えておいでですか? 僕の名前は、ムラクモソラです」

「ムラクモ……ソラじゃと……!?」

 僕の正体に気付き、村長さんの表情が驚きのものに変化していく。


 どうやら僕のことを覚えていてくれたようだ。


「本当に、ソラなのか……? しかし、その白い髪は……?」

「この髪は――まあ、色々ありまして……。とにかく、長らく帰ってくることもせず、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

 村長さんに向け、ゆっくりと頭を下げる。


 僕の正体を知った村人たちの間にも、どよめきが広がっているようだ。


「よく、帰って来たな。こんなに大きく、立派になって……」

 村長さんは僕の肩へと手を伸ばし、ポンと優しく叩いてくれた。


 ほんの小さな触れ合いではあったが、村の一員と見続けてくれていたことが分かり、心が嬉しさで跳ねだす。


「僕、魔法剣士になったんですよ。ほら、この青い服、魔法剣士の制服です」

「ああ、魔法剣士ギルドの調査団と言っていたな。よく似合っているじゃないか。お前の両親も、きっと喜んでくれるだろう」

 村長さんは僕の家がある方向に顔を向け、嬉しそうにうなずく。


 再び僕たちへと向けられた彼の表情には、微笑みと決意のようなものが浮かべられていた。


「お前からの要望は大体把握した。他の調査団の者たちの寝床を用意してほしいといったところだろう?」

「さすがです! お願いできますか?」

 村長さんは胸を小さく叩きながら大きくうなずいてくれる。


 ほとんど何も説明していないというのに、こちらの要望を理解しただけでなく、自ら受け入れてくれた。

 村人たちも、村長さんの指示を待ってくれているようだ。


「これからヒューマンの調査団がやってくる! 手早く寝床と歓迎の準備をするぞ!」

「「「オオッーー!!」」」

 村人たちが総出で村の一画へと向かって行く。


 僕たちも彼らを手伝おうと、歩き出そうとするのだが。


「ソラ、レイカ、レン。お前たちは自宅に帰るがいい。かなりの疲労があるようだし、家族に顔を見せねばいかんだろう?」

 その場に残っていた村長さんが、自宅へと帰るように勧めてきた。


 特に僕は七年間帰ってきていなかったので、可能な限り早く帰宅するべきではある。

 だが、後のことを丸投げするのもはばかれるわけで。


「調査団のことは我々が受け持つ。その代わりに、お前はちゃんと両親に顔を合わせ、向こうで何をしてきたのか話をするんだ。言葉に出すことはなかったが、奴らも心配していたんだぞ?」

「そう、ですよね……。すみません、後のことはお願いできますか?」

 僕のお願いに、村長さんは優しくうなずいてくれる。


 後ろ髪を引かれる思いもあるものの、任せられるところは任せ、実家に帰るとしよう。


「また明日、調査団の皆さんが集まる場所に行きますね! ソラさん、ナナさん、それじゃ!」

「久しぶりの我が家」

 レイカとレンは、彼女たちの自宅がある方向へ歩いていった。


 僕もナナを伴い、自宅がある方向へ歩き出す。


「行こうか。僕の家へ案内するよ」

「ええ、よろしくお願いします」

 帰ろう、七年ぶりの我が家へ。

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