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実家

「ホワイトドラゴンの皆さん、本当に知的好奇心が強いんですね。驚いちゃいました」

「極端な話、種族全体がレイカとレンみたいな性格をしているわけだからね。後から来る調査団の人たち、特に冒険者側は面食らうかもしれないなぁ」

 僕とナナは、実家へと至る道を歩いていた。


 質問攻めを受ければ魔法剣士たちも困るかもしれないが、ホワイトドラゴンに対する理解ができていない冒険者たちは特に大変そうだ。


「村長さんや船長さんが上手くやってくれると思うから、そこはあまり心配してないんだけどね。むしろウォル君が調子に乗りそうでさぁ……」

「きっと、アニサさんが止めてくれますよ。でも、楽しくて元気な人ですから、悪感情を抱かれることはないと思いますけどね」

 質問攻めにされたウォル君が、気を良くしている姿は容易に想像ができる。


 その後、アニサさんに叱責をされ、不満げな表情を浮かべている姿も。


「ところで、一つ質問があるんです。村長さんに対してムラクモソラって名乗っていましたけど、あれって何ですか?」

「君のナナ・ジェイドスと同じさ。こっちの大陸では、ファミリーネームを先につけるんだよ」

 『アヴァル大陸』と『アイラル大陸』では、名乗り方のルールが異なっている。


 『アヴァル大陸』的に言うと、僕の名前はソラ・ムラクモ。

 『アイラル大陸』的に言うと、ムラクモソラとなる。


「じゃあ、私がこちらで名乗る場合は、ジェイドスナナになるんですか?」

「そういうことだね。ちょっと気になるかもしれないけど、理解してくれると嬉しいよ」

 ナナは自身の名を口ずさみながら、少しだけ困ったような表情を浮かべていた。


 急に名の呼び方が変われば、違和感も出るだろう。


「心配しなくても、ナナと名乗れば大丈夫だよ」

「それはそうかもしれませんけど……。ソラさんのご両親とお会いするわけですから、ちゃんと自己紹介できるようにしておかないと」

 ナナと僕の両親が顔を見せるのはこれが初めて。


 いがみ合うようなことはないと思うが、僕が間を取り持つようにしなければ。


「まあ、そこは僕も説明するからあまり気負わなくてもいいよ。それより、僕の家が見えてきたよ」

 道の先に、これまでに見てきた家屋とそれほど変わらない家が見えてきた。


 形も場所も変わらない。正真正銘、僕の実家だ。


「ソラさんのご両親が、あのお家に……。どんな方々でしょうか……」

「会ってからのお楽しみ。といっても、これまでに見てきたホワイトドラゴンの人たちとそんなに変わらないと思うけどね」

 ナナは期待と不安に満ちた表情を浮かべながら、僕のすぐ横を歩いてくれる。


 少しの間だけ無言になりつつも、実家にたどり着く。

 僕は深呼吸をしてから玄関の戸を叩くことにした。


「……よし、呼ぶよ。すみませーん。どなたかおられませんかー?」

 家の中に向けて声をかけると、床が踏み鳴らされる音が聞こえてきた。


 その音が大きくなるにつれ、僕の心には不安が押し寄せてくる。

 隣にいるナナへと視線を向けると、彼女は僕とは違い、どこかリラックスした表情を浮かべていた。


 家に帰って来ただけ。不安になる意味はないじゃないか。

 きっと、大丈夫。僕の両親は、温かく迎えてくれる。


 頬を叩き、もう一度深呼吸をしながら戸が開かれるのを待っていると。


「はーい、お待たせしました~。ご用件は――あなたたちは……?」

 開かれた戸の奥から、一人の女性が姿を現した。


 彼女は、僕たちの姿を見て不思議そうな顔を浮かべている。


「え、えっと……。ひ、久しぶり」

 挨拶をするも、つい顔をそむけてしまう。


 どんな顔を女性に向ければいいか、分からなくなってしまったのだ。


「ソラちゃん……?」

 名前が呼ばれ、ピクリと反応を起こしてしまう。


 ゆっくりと顔を上げ、女性に向けていく。

 白い髪を肩くらいの長さでそろえられた、やや小柄ながらも健康的な体つきの女性。


 顔にはしわが浮かべられていたが、間違いない。僕の義母さんだ。


「う、うん。ソラだよ。義母さんと義父さんに十二年育ててもらった、ソラ」

 僕の言葉を聞き、義母さんはいまにも泣きだしそうな表情を浮かべた。


 やがて一筋の涙を瞳から落としつつ、彼女は僕に向けて声をかける。


「七年も音沙汰無しで、心配かけて……!」

「ごめん……」

 地面へと視線が落ちてしまう。


 こんなことを言える立場ではない。それでも僕は言わなければならない。


「帰って来たよ。いっぱい、知識をつけて」

 再び顔をあげつつ笑みを浮かべ、義母さんの姿を瞳にいれる。


 そんな僕の姿を見て、彼女は大粒の涙を流していく。


「頑張ってきたのね……! お帰りなさい、ソラちゃん」

 涙を拭うこともせず、義母さんは僕の体を優しく抱きしめてくれた。


 僕より小さくなってしまった彼女の体を抱きしめ返し、温もりを心に刻む。


「色々話したいことはあるんだけど、まず彼女のことを紹介するね」

 義母さんを抱きしめるのを止め、ナナに向けて腕を伸ばす。


 ナナは義母さんに向けて深くお辞儀をしてくれた。


「彼女はナナ。僕の大切な人で、僕の家族。僕と一緒に、ここまで来てくれたんだよ」

「ソラちゃんの……!? あらあら。みっともないところを見られちゃって、恥ずかしいわ。ごめんなさいね」

「いえ、お気になさらないでください。私はジェイドスナナと申します。お初にお目にかかります」

 涙を拭う義母さんに対し、丁寧に挨拶をするナナ。


 そんな彼女を見て、義母さんはとても嬉しそうな笑顔を見せる。


「こんなに可愛くて、素敵な女の子をお嫁さんに貰えるなんて、ソラちゃんもやるじゃない!」

「お、お嫁さん!? あ、そっか……。大切な人で家族って言ったら、勘違いしちゃうよね。そこは後でちゃんと説明するよ」

 頭に疑問符を浮かべた義母さんと、恥ずかしそうに顔を赤くするナナ。


 いつまでも軒下で話をするわけにもいかないので、僕たちは家の中で事情を説明することにした。


「そうそう、靴は玄関で脱いでくれる? こっちは家の中では靴を履かないからさ」

「分かりました。それじゃあ、失礼します」

 玄関で靴を脱ぎ、木目の廊下を歩いて居間へと向かう。


 部屋の中心には囲炉裏が置かれ、薪の上をパチパチと火が踊っていた。


「わあ……。向こうのお家とは全然違うんですね。暖炉……ではないんでしょうけど、部屋を暖める設備が部屋の中心にあるなんて

「温めるだけじゃなくて、料理もここで行えるのよ。旦那が帰ってきたらご馳走を作ってあげるから、ちょっとだけ我慢しててね」

 囲炉裏の周囲に皆で腰を下ろし、向こうで何をしてきたのかを義母さんに伝える。


 楽しかったこと、嬉しかったこと。

 悲しかったこと、辛かったこと。


 大切な人を失い、ナナと出会ったこと全てを。


「そんな辛いことがあったのね。それでも、ソラちゃんは全てを捨て去らず、ナナちゃんを守り、癒し続けたと。すごいじゃない」

「そんな……。むしろナナには助けられてばっかりだよ。何度もくじけそうになったけど、必ずナナが声をかけてくれる。彼女がいたからこそ、僕はこうして帰ってこれたんだから」

「何を言ってるんですか。ソラさんがいたからこそ、私は元気になれたんです。色んなものを見たいという想いも抱けましたし、こうしてあなたのお義母様に会うこともできたんですよ?」

 お互いを褒め合う僕とナナを見て、義母さんは笑顔を見せ続けている。


 どうやら、ナナに対して嫌悪感を抱いてはいないようだ。


「いいわね~、若い頃を思い出すわ。私と夫との馴れ初めは、旅をしている最中にモンスターに襲われ、そこを彼に救われたことなの! 何度もこの村に押しかけちゃったわ~」

「もしかして、別の村出身だったんですか? すごいですね、この雪の中を……」

 なぜか恋の話をしだしたナナと義母さんの姿を見ながら、小さく微笑みを浮かべる。


 ずっと、お互いのことを紹介したいと思っていた。

 それがこうして無事に叶い、二人はとても楽しそうに話をしている。


「ただいまー。おん? 見慣れない靴があるが、客でも来てるのかー?」

 玄関の戸が開く音ともに、男性の声が聞こえてくる。


 どうやら義父さんが仕事から帰ってきたようだ。


「お帰りなさい! ソラちゃん、ナナちゃん。声を出しちゃダメだからね? あの人も驚かせてあげなきゃ!」

 そう言って、義母さんは居間から玄関へと向かって行く。


 僕はその間を利用してナナのそばに移動し、小声で話をすることにした。


「気が合いそうでよかったよ。本音を言うと、ちょっとだけ心配してた部分もあったからさ」

「七年間ほったらかしにされた状態で、私を連れて帰って来たわけですからね。私も、嫉妬されたりするんじゃないかと内心怯えてました」

 義母さんは受け入れてくれたどころか、ナナのことを気に入ってくれている。


 後は義父さんにも紹介をしなければならないが、問題は起きないだろう。



「俺の知り合いが女の子を連れてきた? よくわからん話だし、知り合いって誰だ?」

「それは会ってからのお楽しみ! さあ、居間にいるから会ってあげて!」

 床がきしむ音と共に、一つ増えた足音たちがこちらに向かってくる。


 僕たちは背筋を正し、二人が居間に入ってくるのを静かに待ち続けた。


「ようこそ、我が家に! どうかごゆっくり――」

 口上を述べながら居間に男性が入ってくるのだが、彼は僕の姿を見たとたんに言葉を途切れさせ、こちらにものすごい速度で駆け寄ってきた。


 そして僕の肩を掴み、こう口にしてくれる。


「ソラか!? ソラなんだな!? 七年間、どこで何をしてたんだ!? 良く帰って来てくれた!」

「うわわわわ……。た、確かにソラなんだけど、そんなに肩をゆすらないでぇぇぇ……」

 義母さんと同じように、しわを顔に刻んだ義父さんが僕を激しく揺する。


 何とか訴えは通じ、肩を揺することは止めてくれたものの、代わりに僕の頭を強く撫でるのだった。


「大きな獲物を狩れて上機嫌だったところに、まさか息子が帰ってきてくれるとは思わなかった! 今日の夕食は酒を飲まなきゃな!」

「ソラちゃんだけじゃないわ。女の子を連れてきてくれたって言ったでしょ?」

 義母さんの指摘に、義父さんは非常に嬉しそうな顔を浮かべながら、僕の隣へゆっくりと視線を向ける。


 そこにはナナがいるわけだが、彼女は緊張した様子で背筋を正していた。


「おお、おおおお……! こんな美人さんを連れて帰って来たということは、つまりお前の嫁さんだな!? いつ出会ったんだ!? 結婚したんだな!? 子どもは何人いるんだ!?」

「おおお落ち着いてよ……。一緒に暮らしてはいるけど、結婚はまだしてな――」

「まだって言うことは、いつか結婚したいと思っているということだな!? その時が来たら、ちゃんと俺たちを呼べよ!? 祝辞でもなんでもやってやるからな!」

 義母さんと似たような勘違いをする義父さんにも、僕たちがしてきたことを伝えていく。


 話が弾むうちに日は沈み、夕食の準備へと入っていくのだった。

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