「いや~! まさか、七年ぶりにソラが帰ってきただけでなく、女の子を連れて来るとはなぁ! めでたい、めでたい!」
「ちょっと、あなた。ナナちゃんに情けない姿を見せないでよ? ソラちゃんが幻滅されちゃったらどうするの?」
囲炉裏で温まりながら陽気に笑い続ける義父さんと、それを窘めながら台所で料理の準備をしている義母さん。
お酒は夕食時に飲むと言っていたはずなのだが、彼の顔が既に赤くなり出しているのはなぜだろうか。
「ていうか、獲物の処理はしなくていいの? お酒なんて飲んじゃったら作業ができないじゃない」
「客人たちに振舞いたいから譲ってくれと村の奴らに言われてな。誰が来たのか微塵も教えてくれないから疑問に思っていたが、まさかソラたちだったとはな! 処理も向こうで行うらしいから、全部任せてきたんだ」
大物を狩れたと言っていたのに、何も持っていなかったのはそれが理由のようだ。
僕の義父さんは、猟師をしている。
かなりの腕利きであり、村に必要な食料を集める役の一端を担っているのだ。
「ソラもだいぶ背が伸びたなぁ! だが、もう少し男らしさも必要だぞ? それなりに鍛え込んであるみたいだし、俺みたいにひげを伸ばしたらどうだ? 似合うと思うぞ!」
「ソラちゃんにひげ~? 私は無い方がいいとおもうわ。ナナちゃんもそう思うでしょ?」
「わ、私の意見ですか!? え、え~っと……」
義母さんに話を振られ、ナナは僕の顔をじっと見つめてくる。
ひげを生やした僕の姿を想像しているのだろう。
「いつもの姿が頭の中に浮かんでしまって、よく分からないです……」
「ほら! ナナちゃんも、ひげを生やさないほうが良いと思ってるみたいよ!」
「いや、いや! それはひげを生やした姿を見たことがないからだろ? 一度生やしてみろって。絶対似合うはずだからよ!」
なぜ、僕の家族たちはひげの有無で話が弾んでしまっているのだろうか。
でもまあ義父さんの言う通り、そのうち伸ばしてみるのも良いかもしれない。
何事も経験あるのみだ。
「それとソラ。一つ気になってたんだが、その白髪はどうしたんだ?」
「ああ、前髪のこれだね。さっき説明した出来事で、大きなショックを受けたせいだと思ってるんだけど」
義父さんにも、『アヴァル大陸』で起きたモンスター大発生事件のことは話してある。
あの事件でケイルムさんを失い、心に大きな傷を受けたことがきっかけで、髪が真っ白に染まってしまったのだと僕は考えているのだが。
「ケイルムの件か……。ったく、惜しい奴を亡くしたよ。必ず、またこの村に来るとか言っておきながらよ……」
ケイルムさんは、以前にこの村を訪れたことがあったらしい。
調査団の一員として海を渡り、村の人々たちと交流を深めていたそうだ。
「ナナちゃんも大きな負担を受けたんだったな……。よし! 悲しいことを思い出すばかりじゃなくて、楽しい思い出話でもするか! ナナちゃん。ソラが赤ん坊だった頃の話、聞きたいか?」
「ちょ、ちょっと義父さん!?」
「ソラさんが赤ちゃんの頃のお話……。是非、聞きたいです!」
慌てて義父さんを止めるものの、ナナが好奇心を抱いてしまった。
家族の幼い頃となれば当然興味は湧いてしまうだろうが、暴露される本人としてはたまったものではない。
「つっても、面白い話なんてほとんどねぇんだよな……。夜泣きもしねぇ、知らない奴を見かけても泣くどころか笑うような奴だったからな」
「良く笑う赤ちゃんだったわよねぇ~。ヒューマンの赤ちゃんはみんなそうなのかしら」
「いえ。私は人見知りが酷かったと言われたことがあるので、ヒューマンだからということはないんじゃないでしょうか」
幼かった頃のことを聞かされても、何一つとして想像ができない。
覚えていないことも理由の一つだが、泣かなかったという話が現在の自分とかけ離れすぎているように思えたのだ。
「変わってる所はあったけどな。お前は生まれてから物心がつくくらいまで、白髪だったんだぞ? 角は生えてこなかったけどよ」
「え!? そうなの!?」
ますます想像できないことを聞かされ、驚いてしまう。
ということは、三歳前後から黒髪になったということか。
「あの二人も、生まれてきたソラちゃんを見て驚いていたわよね。同時に、ホワイトドラゴンの魂が我が子に宿ったんだって喜んでたけど」
「そうなんだ。ちょっと安心」
本当の両親に気味悪がられたのではないかと思ってしまったが、望まれて生まれてこられたことに胸をなでおろす。
それにしても、どうして僕の髪は変色し続けているのだろうか。
白から黒に、そして再び白が僕の髪には存在しだしている。
「ヒューマンの肉体に、ホワイトドラゴンの魂が宿ってるわけだからな。色々と食い違いが出てるのかもしれねぇ。完全に馴染む時が来るとしたら、どんな変化を起こすんだろうな!」
「う~ん、そう言われるとちょっと怖くも感じるけど……。まだまだ、成長の余地があるとも考えられるし、悪くないのかな」
肉体と魂に食い違いが出ているからこそ、できずにいることがあるのかもしれない。
可能性の話でしかないとはいえ、更に大きく成長できる未来もあるはずだ。
「そういえば、ソラさんが『アヴァル大陸』に向かった理由って、産みのご両親を探すためでしたよね? もし、魔法剣士にご両親が所属していたとしても、髪の色が変化したせいで分からなかったんじゃ?」
「可能性としてはあるけど……。僕の素性と名前を知れば、分かるんじゃないかなぁ……」
両親が魔法剣士でない可能性もあるが、これまでの『アイラル大陸』調査に部外者が関わったという話は聞いたことがない。
ほぼ確実に魔法剣士だとは思っているが、僕の親だという人物が現れたことも、この人物と血の繋がりがあるのではないか、という噂話すら耳にしたことが無かった。
「デリケートな話でもあるし、旅に出た奴らの話はできないからな。ソラに頼まれても、口を割る気はないぜ」
「分かってる。だからこそ、二人は僕が『アヴァル大陸』に行くって言っても反対しなかったんでしょ? 僕の目と耳で、真実を知るために」
僕の言葉に、両親は深くうなずいてくれる。
それにしても、一体誰が僕の産みの両親なのだろう。
魔法剣士ギルドにいた二年間で、そのような人物は見つからなかったうえに、自分たちが親だと名乗る人物も現れなかった。
既に魔法剣士内にいない人物なのだろうか。
それとも、分かっていて姿を現さないのか。
仮に後者だとしたら、なぜ正体を明かしてくれないのだろう。
「ところで、ナナちゃんはどんなお仕事をしているの? 杖を持ち歩いていた様子を見るに、あなたも魔法を扱えるみたいだけど」
「いまはほとんど薬師です。本来は魔導士なんですけど、ショックのせいで魔法がほとんど使えなくなっちゃって……。その分、いろんなお薬を作って販売しているんです」
「ほう、薬師を……。本当に、良い女の子を選んだじゃないか!」
バシバシと、僕の背中を叩く義父さん。
恥ずかしくはあるが、不思議と嬉しさが沸き上がってくる。
ナナへと視線を向けると、彼女も少しだけ恥ずかしそうに微笑んでいた。
「よ~し、これでご飯の準備は完了! お鍋を囲炉裏に運ばないとね!」
「手伝うよ。ナナも台所――こっちのキッチンを見てみるかい?」
「見てみたいです! お手伝いもさせて頂きますね!」
ナナを連れ、義母さんがいる台所へと向かう。
石造りのかまどに乗せられた調理器具たちは、白い煙を噴き出している。
いつでも食べられる状態になっているようだ。
「ここでお料理をされているんですね。向こうと似ているようで、どこか違う……」
「向こうと主食が違うから、料理の仕方も変わってくるんだよ。ほら、これを見てみて」
かまどにかけられた鍋から、木の蓋を取り外す。
中からは、真っ白い穀物の料理が姿を現した。
「これは米と言って、向こうで言うパンと同じ、食事の中心になる食べ物なんだ。当然、パンとは全然違う味と食感を持っているから、違いを楽しんでくれると嬉しいな」
「真っ白いお豆にも見えますね。こちらではこれを食べると」
しゃもじを手に取り、皆が使う予定の茶碗に米をよそう。
よそい終わったそれをナナに手渡し、居間へと運んでもらうことにした。
「私はお鍋を運ばないとね! そ~れっと!」
手に幾重にも布を巻き、義母さんは熱い鍋を囲炉裏に運んでいく。
食事の準備は完了に至り、皆で囲炉裏を囲んで背筋を正す。
「じゃあ、鍋の蓋を取るぞ! そ~らよ!」
義母さんから布を受け取った義父さんが、鍋の蓋を取り外す。
中からは、白い湯気と共にたくさんの具材が詰まったスープが現れた。
「これはお鍋と言って、ホワイトドラゴンにとっての郷土料理だよ。たくさんの野菜や魚介類を詰め込んで煮込んであるから、色んな出汁――エキスがスープに溶けてすごくおいしいんだ」
「変わった香りですね。でも、不思議と食欲をそそられるような感じもあります」
囲炉裏でぐつぐつと音を立てている料理を、ナナは興味深そうに見つめていた。
義父さんの無言の指示もあり、彼女の取り皿を手に取って料理を盛り付ける。
「さあ、食べてみて。君の口に合わなかったら――まあ、その時はその時かな」
「それ、お義母さまに失礼じゃないですか?」
ナナにツッコミを入れられ、頬に触れながら反省をする。
彼女はそんな僕の様子に微笑んでから、盛り付けられたスープに口を付けた。
「香りはちょっと慣れないですけど……。でも、色んな味が複雑に絡み合ったこのスープ、とっても美味しいです!」
「ふふ……。それじゃあ、お米も食べてみて!」
喜びながら食事を勧める義母さんに対し、ナナはうなずいてから米を口に入れる。
もにゅもにゅと彼女の口が動く様子を、僕たちは固唾を飲んで見守った。
「甘いんですね。粘りがあって、不思議な食感です」
そう言ってから、再び米を口へと運ぶ。
美味しいという言葉が飛び出してこなかったところを見るに、あまり気に入ってはくれなかったようだ。
普段から食べ慣れているパンとは食感も味も違うので、違和感が強いのかもしれない。
「どうしたもんかな……。こっちじゃパンは作ってないどころか、材料もないからなぁ……」
「い、いえ! 味はとっても美味しいんです。ただ、食感がどうにも……。でも、ちゃんと慣れますので!」
そう言ってナナは口の中に米を含むのだが、やはりどこか微妙な顔を浮かべてしまうのだった。
主食である米が苦手となると、こちらの料理の大部分が楽しめなくなってしまう。
どうにかしてあげたいところだが、代わりになる食料が無いとなると厄介だ。
「そういえば、以前の調査隊が来た時もお米がどうにも苦手って言ってた人がいたわね……。あの時は、おにぎりを作る用くらいの硬さに炊くようにしたんだっけ?」
「そのはずだな。他にはせんべいを好んで食ってる奴もいたはずだ。ナナちゃんにも食べやすいよう、色々調理してみるか!」
楽しそうに調理法を話し合う両親を見て、ナナは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
そんな彼女の真横に移動し、空っぽになっていた彼女の取り皿に鍋の具材をよそう。
「一緒に料理をしてみようよ。こっちのレシピも知れるし、君からも教えていかないと」
「そう、ですね。私もお二人に色んなことを教えたいと思います。五年間のソラさんの様子とか!」
「お、いいねぇ! コイツが向こうで何をやってたのかは、ナナちゃんが一番理解しているわけだしな! 教えてくれ、ナナちゃん!」
「と、義父さん!? そんなに好奇心をむき出しにしなくても……!」
暴露大会となってしまったものの、食事はゆっくりと進んでいく。
嬉しそうに僕の話を聞く両親に、楽しそうに料理を口に含むナナ。
僕の心には小さく不満が溜まっていくものの、鍋が空っぽになっても続いていく家族の笑顔を見て、その感情も消し飛んでしまうのだった。