プルイナ村に里帰りを果たした翌日のこと。
レジナ・ウェントゥス号が停泊する海岸にて、魔法剣士と冒険者の混合調査隊は、持ち運んだ物資を村へと輸送する準備を行っていた。
前日の内に船から降ろす作業は終わっているので、後は運び込むだけとなっている。
「うう……。おっもーい! なによこれ、全然持ち上がらないんだけど……」
「無理すんな。ほら、オイラが持ち上げてやるから、離れろ、離れろ」
大きな荷物を持ち上げようと力を込めているアニサさんを見て、ウォル君が替わりを買って出る。
彼は僕よりも体が小さいというのに、軽々とその荷物を持ち上げて台車に乗せてしまうのだった。
「魔法剣士以外の方が、この大陸を訪れるようになるとは……。微塵も考えておりませんでしたよ。皆さんなかなか、好奇心が旺盛な人物が多いようですな?」
「未開の土地に旅立つことを、生業とする者たちですからね。とはいえ、さすがにホワイトドラゴンの皆さんには負けますよ。手伝いを買って出てくれた方たちだけでなく、多くの方が船を見に来るのですから」
プルイナ村の村長と、船の指揮を執ってくれた船長さんが会話をしている。
この場にはヒューマンだけでなくホワイトドラゴンも多数おり、協力し合って作業を進めていた。
「よっこらせっと! これでこの台車は満杯だな! ソラ! プルイナ村に運んじまっていいかー!?」
「うん、お願い。道中、気を付けてね!」
「よっしゃ! 前の部隊に追いつくぜー!」
許可が出され、ウォル君は大いに張り切りだす。
勢いよく台車を引っ張って行ったため、あっという間に彼の姿は見えなくなる。
比較的平坦とはいえ雪だらけの道だというのに、元気なものだ。
「ああ、もう! 気を付けろって言われてんのに、全力だすバカがどこにいんのよ! ごめんね、私もアイツについていくから!」
「う、うん。気を付けてくださいね……」
駆けだしたウォル君の後を、アニサさんが大慌てで追いかけていく。
そんな二人を見送る僕のそばに、義父さんがやって来た。
「聞いた通り、型破りな奴だな。お前が友人と呼ぶには、少し珍しいタイプなように思えるが……」
「実際、無理矢理友達にされたようなものだしね。でも、十数日間の旅の間で、僕もウォル君のことを気に入った。彼が僕のことを気に入ってくれたようにね」
言うなれば、僕とウォル君は引き合ったのだろう。
まだ友人となって日が浅いというのに、既に数年単位の付き合いをしているような感覚に包まれているほどだ。
「ナナちゃんがお前の最愛の人となるのなら、ウォルって奴はお前の友となるべき人ってとこか。どれ、俺も彼を追いかけてみるかな」
茶化しながら去っていく義父さんに抗議を入れようかと思ったが、嬉しそうな横顔を見てその気は失せてしまった。
息子の友人と聞いて、喜びが抑えきれないのだろう。
「ソラ。最後の部隊も移送の準備が整った。お前も護衛に回ってくれないか?」
「承知しました。では、ホワイトドラゴンの皆さんと共に、村に向かいますね」
船長さんの指示通り、調査団と、手伝いに来てくれたホワイトドラゴンの皆の誘導と護衛をする。
道中、モンスターと出会うことはなく、ヒューマンとホワイドラゴンたちがいがみ合うこともなかった。
むしろお互いが好奇心をむき出しにして質問をしあっているため、友好的な関係を築きだせているようだ。
様々な会話内容を背に受けつつ雪道を進み、やがて視界内にプルイナ村の姿が映る。
その後も何事も発生することはなく、無事、村にたどり着くのだった。
「お! ソラたちも来たんだな! これで全部か?」
僕たちより先に移動をしていたウォル君が、僕のそばに寄ってくる。
彼が運んだ荷台のそばでは、アニサさんが呼吸を荒くして怒り狂っていた。
そんな彼女を、追従していた義父さんがなだめているようだ。
「うん、これで最後。ここにある荷物を全てしまい込めば作業も全部終了さ。村に残っていた人たちが改めて歓迎の準備をしてくれているみたいだから、それまでにちゃちゃっと終わらせちゃおう!」
質問をしてきたウォル君だけでなく、冒険者も魔法剣士も、ホワイトドラゴンの皆が一丸となって作業を進めていく。
持ち込んだ物資の数量を確認していると、このような会話が聞こえてきた。
「皆さんに生えている角って、邪魔になったりしないんですか?」
「そちらも頭をぶつけそうな時は無意識にかがんだりするだろう? それと同じで、邪魔になることはほぼないぞ」
僕の両親を含め、ホワイトドラゴンたちが頭部の角を何かに引っかける姿を見たことは、ほとんどない。
生まれた時から角があるのが当然の種族なので、不注意でぶつかることはあっても、何度も繰り返すようなことはしないのだ。
「私たち側から見ると、角がないのはどうなんだという気分になるな。まあ、便利というか楽なんだろうとは思うが」
「その感覚を覚えた事はありませんね……。でもまあ、それが当然だって言うことなんでしょう」
彼らの話はそれで終わってしまったが、あちらこちらで様々な話題で盛り上がっているようだ。
寿命はどうなんだとか、身長はどこまで伸びるのかなどの身体的な話題や、お互いの大陸の名物や名所などの地理的話題。
果てには恋愛事情などの話も聞こえてきたが、どの会話も楽しそうだ。
そんな中、ウォル君が僕のそばに近寄り、壁に背をつけながら声をかけてきた。
「お前から聞いたとおり、ホワイトドラゴンの奴らは好奇心が強いんだな! なんだか、冒険者同士で語り合っている時の気分を思い出すぜ」
「彼らも知識の旅をするわけだから、ウォル君たち冒険者に近いっていうのは正しいかもしれないね」
冒険者が冒険から帰ったら報告をするように、ホワイトドラゴンも出立地に帰ったら共有を行う。
ホワイトドラゴンたちが『アヴァル大陸』で職を探すとなれば、冒険者は人気の職業になるかもしれない。
「やっぱ、お互いの大陸を自由に行き来できないのはもったいないよなぁ……。もしそれができていたとしたら、もっと技術や知識も発展してたんじゃないか?」
「確実にそうなっただろうね。きっと、いくつもの船が海を行き来し、多くの人たちが冒険に出ていたはずだよ」
『戻りの大渦』というたった一つの障害だけで、『アヴァル大陸』は外界と隔絶されている。
結果的に『アイラル大陸』側も交流ができず、発展させた技術を内に留めることしかできなかったのだ。
「それがなければ、世界をもっと身近に感じることができたってことだな。確かに、もったいない話だ」
別の方向から、僕たちの会話に割り込んでくる声が聞こえてくる。
振り返ると、そこには額に浮かんだ汗を手拭いで拭く義父さんの姿があった。
「お? おっちゃんもオイラと同じようなこと言うんだな。もしかして、ソラが言っていた両親ってのは……」
「うん、彼のことだよ。義父さん、ウォル君はこの大陸に来る途中で、お互いが交流できないのはもったいないって言ってくれたんだ。義父さんと義母さんが、抱いていた想いと同じことをね」
僕の言葉を聞き、義父さんは目を丸くする。
しばらくウォル君のことを見つめていたが、やがて大きく口を開けて笑い出した。
「な、なんだよ。問題でもあんのか?」
「いやいや、とんでもない。息子が君のことを友人と言った理由が分かっただけさ。ウォルと言ったか? ソラのこと、よろしく頼むぞ」
そう言って、義父さんは笑ったままどこかへ歩いていった。
嬉しそうに揺れる背中を見つめながら、ウォル君は疑問を口にする。
「なんだったんだ?」
「さあ? でもまあ、義父さんも君を気に入ってくれたのは確かみたいだね」
でなければ、会話途中に大声で笑うことなどないだろう。
それに、僕のことをよろしく頼むなどとも言わないはず。
ウォル君のことを気に入るかもと想像していたが、予想通りだったようだ。
「みなさーん! 食事会の準備が整いました! 作業が終了次第、村の中心に移動をお願いしまーす!」
一人のホワイトドラゴンが、調査団たちに声をかける。
その指示を聞き、作業を終えて一息ついていた人たちが村の中心に向かって行く。
僕たちはまだ作業があるので向かうことはできない。
「早く行かないと、食えるもんが無くなっちまう! ソラ、全速力で作業を終わらせるぞ!」
「交流しながら食べるんだから、そんなにすぐ食べ終わることはないでしょ。僕たちが焦って作業をして、事故が起きる方が問題だよ」
大急ぎで作業をし始めたウォル君に注意をするのだが、彼は大きく首を振り、作業をする手を緩めようとはしなかった。
「交流しながら食うのが大事なんだろ! 例え追加のメシが来たとしても、他の奴らが満腹になってたら楽しめねぇじゃねぇか!」
「わかった、わかった。僕もみんなと楽しみたい気持ちはあるから。でも、事故は起こさないでね!」
やがて作業も終わり、僕たちは交流が進む人々の中に飛び込んでいく。
寒空の中、温かい食事と多様な会話を楽しみながら、村人と調査団たちは心を通わせていくのだった。