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魔道具技師と魔法陣

「無いか……。故郷なら何かヒントがあると思ったのにな……」

 ここはプルイナ村の蔵書室。僕は、古い資料が置かれているこの場所で調べ物をしていた。


 調べ物の内容は、研究中の魔法である圧縮魔について。

 だが、そのような魔法の記述が書かれている資料等はこの場になく、三つの魔法陣を重ねた新たな魔法陣、三魔紋についての情報も見つけられずにいた。


「『アヴァル大陸』だけじゃなく、こっちでも見つからないなんて……」

 机に顔から倒れこむと、そばに置いておいた資料たちが衝撃で床へと落ちていく。


 慌てて立ち上がり、それらを回収しつつ本のタイトルに目を向ける。

 本の一つには、魔道具のススメという文字が羅列されていた。


「この村に魔道具技師がいればなぁ……。話を聞けるかもしれないのに」

 疑問があれば、その筋の専門家に尋ねるのが一番だが、現存していない魔法を知っている専門家が、一体どれほどいるのだろうか。


 その知識を持つ人物にめぐり合うためには、専門家同士の繋がりをたどるのが最適ではあるが、この村に魔道具技師がいたという記憶は僕の中に存在しない。


「失礼します。あ、ソラ兄もここにいたんだ」

 扉が開く音と共に、良く知った少年の声が聞こえてくる。


 視線を向けると、想像通りの人物の姿があった。


「レンじゃないか。もしかして、君も本を読みにきたのかい?」

「うん。向こうで読んだ資料と照らし合わせてみたいと思って。邪魔じゃなければ一緒にいい?」

 コクリとうなずき、机の掃除をしながらレンを招き入れる。


 彼は蔵書室内の本棚からいくつか本を取り出すと、いそいそと僕の隣に置かれた椅子に腰を掛けた。


「歴史や伝記に……。不滅鳥伝説? これまた珍しい本を持ってきたね」

「こっちの大陸には決して滅びない鳥の伝説があるけど、『アヴァル大陸』には蘇る鳥の伝説があるらしい。何かしらの接点があるのかなと思って」

 お互い交流ができない状態だというのに、どこか似たような伝承があることに疑問を抱いたとのことだ。


 そう言った接点を調べていくことで、世界の過去を知ろうとしているのだろう。


「ソラ兄は何を調べてたの?」

「研究中の魔法についてさ。三魔紋――重ね合わせた魔法陣のことが書かれた資料がないか探してたんだけど、いまのところは外ればっかりさ」

 背もたれに体重をかける僕の姿を見て、レンはしょんぼりとした顔を見せた。


 レイカが魔道具に関する知識を持っているのに対し、彼はその方面には詳しくない。

 手伝えることが無いことを知り、気落ちしてしまったようだ。


「あれ? そういえば、レイカが誰かから魔道具の知識をつけてもらったって言ってたような……? 多分、この村の人だよね……?」

 レイカが初めて僕の実験を手伝ってくれた際に、師事していた人物の話題が出た記憶がある。


 だが、僕の記憶ではこの村に魔道具技師は存在しない。

 故郷が同じなのだから、僕が知らないことはないと思うのだが。


「僕たちのおじいちゃんに、姉さんは魔道具の技術を教えてもらっていた」

「ああ、そうだった、そうだった。あれ? でも彼は確か……」

 レンたちのおじいさんは、村の鍛冶師をしていたはずだ。


 義父さんに誘われてついていった際に、鍋や包丁などを作っている様子を見せてもらったことがあるが、魔道具を作っている様子を見たことは一度もない。


「普段は鍛冶師の仕事が中心。珍しい方の仕事だって言って、魔道具を作ることがまれにあった」

「そうだったんだ……。この村で使われている魔道具は、他の集落から取り寄せているのかと思っていたけど、なるほどね」

 レンたちのおじいさんに魔法陣のことを聞けば、何か分かるかもしれない。


 たとえ分からなかったとしても、次へと繋がる情報を得られればそれでいいのだ。


「レン。君のおじいさんに会いに行ってもいいかな?」

「今日? 多分大丈夫だとは思う。けど、姉さんがソラ兄の話をしている時は、あんまりいい顔をしてないように思えた」

 レンは不安そうな表情を浮かべ、首をすくめた。


 彼が心配するとおり、僕は彼らのおじいさんのことがどうにも苦手だ。

 話しかけても不愛想に返事をするだけであり、笑う姿を見たことは無かったはず。


 もしかしたら嫌われている可能性もあるが、この機会を逃す手はないだろう。


「たとえそうだとしても、君のおじいさんにも色々心配をかけさせちゃったはずだからね。ちゃんと謝らなきゃいけない。何も教えてくれなかったとしても、それはそれで仕方ないさ」

 孫たちが仲良くしていた人物のことが、気にならないなんてことはないはず。


 口や表情に出すことは無くとも、心配してくれていたはずだ。


「会って謝るよ。七年間心配かけたこと、君たちのことを忘れていたことも含めてね」

 全ては話をしてから。それからなのだろう。



「……」

「……」

 プルイナ村のレイカたちの家にて。僕とレイカたちのおじいさんは、正座をして向き合っていた。


 厳しそうな瞳、年相応に刻み込まれた顔のしわ。

 僕が苦手だと感じていた時と、何一つ変わっていないように思える。


「ゴウセツさん。七年間もご無沙汰しておりました。心配をおかけしてしまい、申しわけございません」

 僕の正面に座る老人――ゴウセツさんに向け、額を床につけて謝罪をするのだが、返事が聞こえてくることはなかった。


 やはり嫌われていたのだろうか。それとも、間違ったことを言ってしまったのだろうか。


「ぼ、僕のせいでお孫さんたちの心を傷つけてしまい、誠に申し訳ありませんでした!」

 より強く床に顔を擦りつけるが、やはり何も反応がない。


 これ以上の会話内容が思い浮かばず、体中から嫌な汗が噴き出してくる。

 何も行動に移せず、床に額をつけたまま待機していると。


「福餅は好きか」

「え?」

 ゴウセツさんの言葉と共に、僕の前に何かが置かれたような気配を感じた。


 頭を少し上げ、何が置かれたのかをちらりと視認する。

 そこには、黒い餡子を白いお餅で包んだ、福餅と呼ばれるお菓子が置かれていた。


「食え。甘いぞ」

「あ、ありがとうございます。いただきます……」

 姿勢を正して福餅を手に取る。


 もちもちの生地が指に張り付く感触が懐かしい。

 口を広げ、白いお菓子に噛みついた。


「どうだ?」

「とってももちもちで、甘くて美味しいです。子どもの頃、よくこれを食べたのを思い出しました」

 甘い餡子と、ほのかに生地から感じる塩味が絶妙だ。


 一体、このお菓子は誰が作ったのだろうか。

 レイカたちが遊びに来る時は、必ず持ってきていた記憶があるが。


「わしも、それを孫たちに持たせていたことを思い出してな。久しぶりに作った」

「作った? ということは、レイカたちと共に食べたのは……」

 ゴウセツさんが手作りし、差し入れに持たせたものだったのだろう。


 どうやら、彼が僕のことを嫌っているというのは、勝手な勘違いだったようだ。


「久しぶりの再会で不安なのは分かるが、そういう時には共に何かを食らうのが一番だ。ふむ、我ながらよくできているな」

 ゴウセツさんも、いつの間にか出現していた福餅を口にしていた。


 仏頂面で、とても美味しく食べているようには見えない。

 だが、瞳には優しさの光が宿っていた。


「よくぞ帰って来たな、ソラ」

「たくさん、学んできました」

 残りの福餅を頬張りつつ、ゴウセツさんとこれまでにあった出来事を語り合った。


 レイカの心が傷ついてしまったこと、なんとか正常に近い状態に戻せたこと。

 そして何より、二人のことを忘れていたことも含めて。


「あれほど引っ付いて歩いていたというのに、忘れていたというのは釈然とせんが……。とはいえ、レイカを救ってくれたこと、レンを導いてくれたこと、深く感謝するぞ」

「ありがとうございます。そして、誠に申し訳ありませんでした」

 報告が終わり、僕の本来の目的へと会話が変化していく。


 まだ子どものレイカがあれほどの技術を持っているのなら、目の前にいるゴウセツさんならきっと情報を持っているはずだ。


「古き時代の魔法を復活させようとしている……か。よし、お前とレイカが向こうで考えたという魔法陣を見せてみろ」

「はい、これなのですが」

 魔法陣を描いた紙を取り出し、ゴウセツさんに見せる。


 彼は受け取った紙を見て、眉間にしわを寄せていた。


「そうか。この魔法陣にたどり着いたか」

「その様子、もしかしてご存じなのですか?」

 ゴウセツさんは小さく息を吐きつつうなずいた。


 同時に、彼はあまり話したくなさそうな様子を浮かべ出す。


「こちらの大陸では、これは秘術の魔法陣と言われていてな。強大な力を引き出せる魔法陣のため、認められた者にしか教えないという取り決めが存在するのだ」

「秘術の魔法陣……。認められた者にしか教えられない強力な魔法陣……。つまり、危険な魔法に至る可能性があると」

 ゴウセツさんはこくりとうなずくと、魔法陣が描かれた紙を丁寧に折り畳み、床へと置く。


 そして、先ほどまで見せていた優しい瞳とは打って変わり、非常に厳しい瞳で僕のことを見つめてきた。


「お前は、この魔法陣で何をするつもりだ?」

 威圧感に、僕はひるんでしまう。


 だが、ここで怖気づいているわけにはいかない。

 きちんと説明をしなければ、大きな誤解を与えることになる。


「僕がしたいこと……。より多くを知るために使いたいと思っています」

「より多くを知る……か。ふむ、続けろ」

 ゴウセツさんは少しだけ眉を動かし、興味を持ったかのように言葉を返してきた。


 小さくうなずいてから、心に浮かび上がってくる文字たちを伝えていく。


「『アヴァル大陸』に行って、僕は様々な事象を目にすることができました。人々の暮らしや生き方、ここにいた時とは何もかもが違っていたと思います」

 こちらと向こうとでは、同じように見えて実は違う所がたくさんあった。


 日々を暮らしている人々、将来を語り合う人々。

 どちらの大陸でも同じようなことを話し、同じような笑顔を浮かべていたが、向かうべき方向は異なっていたと考えている。


「でも、二つほど同じものがあるように思えたんです」

「それはなんだ?」

「大切な人といる時の喜び。そして、大切な人を失った時の絶望です」

 それだけは、どちらの大陸でも変わらなかった。


 僕と同じように喜び、苦しんだ人たちがその思いを抱えていたのだから。


「なぜ、それらが同じになるのかは、まだ分かっていません。でも、その二つを見て、僕はこう思ったんです」

 体をゴウセツさんへ向け直し、呼吸を整えてから口を開く。


「僕は大切な人の喜びを守りたい。その喜びが絶望に変わらないようにするための力が欲しい」

 もう二度と、あんな顔をさせたくない。あんな顔を見せたくない。


「多くを知り、力をつけ、僕の大切な人、ナナの笑顔を守り続けることが僕の望みです」

 僕はナナに笑っていて欲しい。それだけだ。


「守るために知識を、力を求める。それも、たった一人の女の笑顔を守るために……か。面白い奴だ」

 ゴウセツさんは、瞼を閉じて静かに笑っていた。


 悪い印象を与えていないとは思うが、再度、彼の口が開くまで不安になりながら待ち続ける。


「良いだろう。わしが知っていることを教えてやる」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」

 座ったままの体勢で、何度も頭を下げる。


 これで圧縮魔の完成にたどり着ける。

 僕の心は、嬉しさで踊りだしそうになっていた。


「お前が求める魔法陣は、お前が知りたいと思っているもの、守りたいと思っている存在をも破壊してしまう可能性がある。それだけは忘れるな」

「は、はい!」

 言葉を心に刻みこんでいると、ゴウセツさんはゆっくりと立ちあがり、彼の物と思われる机の前に移動していく。


 そして棚に施された細工を解除し、分厚い紙の束を取りだした。


「全ての答えを教えるつもりはない。最後の完成のカギはお前が見つけることだ。いいな?」

「真に自分の物とするために、ですね?」

 僕の答えに、ゴウセツさんは大きくうなずく。


 彼から分厚い資料を受け取りつつ、彼の表情を見つめ続ける。


「魔法は願いを叶えてくれる力であり、何も願わない者に力を与えることはない。願いを希望として歩み続けろ。その力は、お前の中にある」

「はい!」

 資料と自分の想いを頼りに、歩き続けよう。

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