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思い出の共有

「使うべき素材に、魔力の込め方……。すごいな、僕なんかじゃとても思いつかないことまで……」

 自分の部屋にて。ゴウセツさんから受け取った資料を読み進めているのだが、改めて本職魔道具技師の知識に驚かされる。


 同時に、そんな彼らに肉薄しかけていた事実にも気付き、小さく喜ぶ。


「いくつかは僕の理論の方が有効そうな部分もあるかな。『アヴァル大陸』産の素材を使った方が、効率的に力を引き出せそうだ」

 二つの大陸の知識を重ね合わせることで、より強力な魔法陣を作り出せるかもしれない。


 だが、最も肝心な部分である、魔法陣を安定させる素材だけが分からなかった。


「ここが自分の力で考えなきゃいけない部分か……。一番知りたい部分だったんだけどな」

 ゴウセツさんは、僕なら越えられると考えてこの資料を託してくれた。


 ならば、その信頼に答えられるよう、必ず完成に至らなければ。


「ソラさーん。レイカちゃんが来てますよー」

「レイカが? いま行くよ」

 ナナの呼び声に応じ、資料を封筒にしまって自室から出る。


 居間から玄関に続く廊下に顔を出すと、そこにはナナと会話をするレイカの姿があった。


「ソラさん、こんにちは! おじいちゃんからお手伝いに行けって言われたんですけど、何かあったんですか?」

「ゴウセツさんから? 特に変わったことはないはずだけど……。あ、そういうことか」

 レイカを僕の所によこした理由を理解し、心の中でゴウセツさんに感謝する。


 恐らく彼は、僕の研究の援助として彼女を送るのと同時に、経験を深めさせようとしているのだろう。

 僕は彼女を家の中へと上げ、自室へと招待することにした。


「なるほど、おじいちゃんと会って三魔紋の資料を受け取っていたんですね。で、実験のお手伝いとして私を送ったと」

「そういうことだろうね。一緒に研究をしている君が来てくれて助かったよ」

 自室に入ると、レイカはキョロキョロと室内を見渡していた。


 特に変わった物はないはずだが、何か気になることがあるのだろうか。


「あ、いえ。幼い頃にお兄ちゃんの部屋に来たことがあって、その時の記憶と全然変わらないなって思って」

「そっか。君と僕に関係があるのなら、ここで一緒に遊んだことがあるはずだもんね。……うん、確かにこの場所で君と遊んだ記憶がある。これでまた、一つ思い出せたね」

 僕の返答に、レイカは嬉しそうな表情を浮かべてくれた。


 彼女は肩にかけた小さなカバンに手をかけ、とある物を取り出す。


「お、福餅だね。僕もゴウセツさんからごちそうになったよ」

「思い出すきっかけになるかもって、おじいちゃんが作ってくれたんです。実験を始める前に、一緒に食べませんか?」

 コクリとうなずくと同時に、レイカが持ってきた福餅が三つあることに気付く。


 どうやら、もう一人の人物用にも作ってくれたようだ。


「ナナもここに呼ぼうか。彼女にも、僕たちの思い出の味を味わってほしいからね」

「はい! ぜひ一緒に!」

 自分の部屋に戻ろうとしていたナナを呼び、小さく円を組むようにして福餅を囲む。


 中央に置かれたそれを、彼女は興味深そうに見つめていた。


「おっきなマシュマロみたいなお菓子ですね。どんなお菓子なんですか?」

「甘くてもちもちで……。まあ、手に取ってみてよ」

 コクリとうなずき、ナナは福餅を手に取る。


 もちもちとした触感に驚きつつも、彼女はそれを口に含んでいった。


「しょっぱい……。けど、中身は甘いんですね。もしかして、この黒くて固めのクリームみたいな物が餡子なんですか?」

「あれ? 餡子のこと知ってるんだ。もしかして、義母さんから教わった?」

 僕の質問に、ナナは福餅にかじりつきながらうなずいた。


 二口目に入るのが早いので、どうやら気に入ったようだ。


「お菓子の材料だけでなく、調味料としても使われているって教えていただいたので、気になっていたんです。なるほど、これが……」

「焼き菓子の中に入っていたり、炊いた米の周りに塗り固めた食べ物もあったりするよ。でも、不思議と合うんだよね?」

 僕の同意を求める質問に、レイカは大きくうなずいてくれる。


 彼女も福餅を手に取り、食べ始めていた。


「ソラさんとレイカちゃんは、このお菓子を食べて過ごしたんですね。そういえば、レン君の分はどうしたの?」

「レンもお家で食べていると思いますよ。おじいちゃんが嬉しそうに、たくさん作っていたので」

 孫が帰って来たわけなので、祖父として甘やかしたくてしょうがないのだろう。


 もし僕に子どもができたら、義父さんと義母さんも、その子を甘やかしたりするのだろうか。


「そういえば、こちらの探索はどうするんですか? ソラさん個人としての目的は魔法の完成ですけど、集団としての目的は『アイラル大陸』の調査です。ある程度の探索は必要じゃ?」

「当然、調査隊を率いて探索をするよ。この大陸の出身とはいえ、この目で見ていない土地の方が遥かに多い。探索しないなんてもったいないことはできないよ。それは、君も感じていることでしょ?」

 答えと質問を返され、レイカは頬をかきながら照れ笑いをしていた。


 僕もレイカ姉弟も、『アヴァル大陸』の旅をしてきた分、『アイラル大陸』の旅ができていない。

 調査団だけでなく、僕たちとしても有意義な旅となるはずだ。


「できれば私も参加したいと思っているんですけど……。ソラさんはどのように考えているんですか?」

「もちろん大歓迎だよ。君にも色んなものを見てほしいからね。君が望む限り、どこにでも連れ出させてもらうさ!」

 僕の宣言に、ナナは嬉しそうに微笑んでくれた。


 彼女を連れてきた理由にそばにいて欲しいという想いもあるのだが、僕たちの故郷を見てほしいという気持ちが何よりも強い。

 僕が『アヴァル大陸』を見て様々なことを感じたように、彼女にも『アイラル大陸』を見て様々な感情を抱いてほしいのだ。


「じゃあ、どんな行程で調査をするのかも決めないといけませんよね! やっぱり、都とかも行きます?」

「この大陸の主要都市だし、一回は行っておきたいけど、ここからだとかなり遠いのが難点かな。あとはブラックドラゴンたちの集落も見に行ってみたいね。調査団のみんなと、色々決めていかないと!」

 福餅を口に含みながら、僕とレイカは見て回る土地の相談をし始める。


 その様子を、ナナは優しい微笑みを浮かべながら見つめ続けていた。

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