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村の歴史

「規模はプルイナ村とほとんど変わらないみたいですね。温泉などの特別なものはないんですか?」

「強いて言うなら歴史がそれにあたるかな。とある石像があるから、散歩がてら一緒に見に行こうよ」

 調査の過程でステリア村にたどり着いた僕たちは、質問攻めにされるという歓迎を受けた後、村の宿へと案内されていた。


 割り当てられた部屋に荷物を置き終えたので、いまはナナと談笑をしているところだ。


「石像ですか……。どなたか偉人がいらっしゃるのでしょうか」

「ホワイトドラゴンのいまを形作った人だよ。以前、ちょっとだけ話題に出した人物でもあるね」

 疑問符を浮かべているナナを連れ、屋外へと出る。


 真っ白に染まった雪原の遥か先、黒雲に覆われた大きな山が視界に映った。

 山頂は常に雷雨が降り注いでいるらしいが、晴れる日はあるのだろうか。


 『アイラル大陸』の環境に思考を巡らせながら、村の中心とは別の方向へと歩き出す。

 道中、白髪に白角を持つ人々と、黒・金・茶色の髪を持つ人々が会話をしている姿が。


 こうして僕たちが訪れなければ、見ることができなかった光景がそこにあった。


「『戻りの大渦』が無ければ、この光景が当たり前のようにあったわけですよね……。これから、この景色が増えていくことはあるんでしょうか?」

「お互い刺激をしあえば、海を渡る意志が段々と強まっていくはずさ。いまは無理でも、いつかきっとね」

 行ったきり帰れないという考えが根付いてしまっているから、ホワイトドラゴンは海を渡らない。


 『アヴァル大陸』から何度もヒューマンが訪れるという状況を作れば、やがてホワイトドラゴンも行き来が可能という思考になっていくだろう。

 『アイラル大陸』側からも、『戻りの大渦』への対処法を考えてくれるようになり、より容易に行き来ができるようになっていく可能性もある話だ。


「そのためにも、お互いがどういった種族なのか知ってもらう必要があるんだけど……。僕たちが作っている図鑑の出番ってわけさ」

「ソラさんが思い立った通り、必要な知識となってきますね。ホワイトドラゴンたちを守るだけでなく、ヒューマンを守るため……かぁ」

 目の前の光景を見る限り、いさかいが起こるとはとても思えない。


 だが、レイカたちが『アヴァル大陸』にたどり着いてすぐに攻撃を受けた点を見るに、全ての人が目の前の人々と同じ行動を取れるわけではないのだろう。

 悲しくはあるが、こればかりはどうしようもないことでもある。


 全てを解決することはできなくとも、少しでも恐怖や不安が軟化するのであれば十分だ。


「ウォル君たち冒険者のみんなが仲良く交流できているんだ。きっとうまくいく。僕はそう思っているよ」

「ふふっ、そうですね。私も、うまくいくと思います」

 ナナの同意を得られたことを嬉しく思いつつ、目的地に向けて歩み続ける。


 やがて、僕たちの瞳に一つの石像が映りこむ。

 快晴だというのに、頭部には白い雪が積もっていた。


「子どもの石像……? 子どものホワイトドラゴンの石像なんですね」

 ナナが石像の周囲を回りつつ、全体像を確認していく。


 彼女が言う通り、これはホワイトドラゴンの子どもをモチーフにした石像だ。


「帰ってこなかった子どもの話を覚えてる? ホワイトドラゴンの文化を説明した時に言ったと思ったんだけど」

「知識も力もある子どもが、行方不明になったってお話ですか? もしかして、この石像の人物が?」

 コクリとうなずきつつ、石像が見つめている先に視線を送る。


 先ほどまで僕が見ていた、黒雲に覆われた山を見つめているようだ。


「この子が、いまのホワイトドラゴンの文化を形作った人物。大きく期待されつつも、帰ってこなかった子どもなんだ。優しそうで、可愛らしい姿だよね」

 石像は、優しい笑みを浮かべていた。


 力が強い人物という話なので、子どもながら厳めしい人物かと思いきや、むしろ心穏やかな人物と思わせるほどだ。

 ただ、男の子なのか女の子なのか、見た目からは分からない。


 子どもなので身体の成長が未成熟というのもあるのかもしれないが、中性的な見た目をしていたのだろうか。


「なぜ、この石像は作られたんでしょうか? ソラさんのお話の限りでは、あまり良い歴史ではないように思えるんですけど……」

「いまの僕の知識に当てはめて考えるのなら……。やっぱり忘れたくなかったんじゃないかな?」

 当時の人々が、帰ってこなかった子どもを想い、悲しみに暮れたであろうことは容易に想像がつく。


 子どもは帰ってこれなかったが、せめて姿だけでもと石像として残したのだろう。


「形に残せば、痛いくらい悲しくて、辛いのに……。でも、忘れたいと思えば思う程、より深い苦しみに襲われてしまう……。難しいですね……」

 ナナは、五年前の事件のことを思い返しているようだ。


 僕もあの時のことは忘れたいと願っているが、それをしてしまえばケイルムさんが最期に送ってくれた言葉すら消え去ってしまう。

 本当に、乗り越えるとは難しい。


「おや。その石像に興味がおありですか?」

 声に振り返ると、そこには一人の老婆の姿があった。


 顔には深くしわが刻み込まれているが、足腰はしっかりしているようで杖を使わずにこちらへ歩み寄ってくる。


「確かに、目的があってここに来ましたが……」

「そうですか。ヒューマンの方々にも興味を持っていただけるとは、その子も喜んでいるかもしれませんね。よろしければ、その子の逸話をお話いたしましょうか?」

 既に知っている話のはずなのに、なぜか断ろうという気持ちは湧いてこなかった。


 ナナも同様だったらしく、老婆の話を聞くつもりのようだ。


「遥か、遥か昔。とある子どもが知識の旅に出る物語――」

 当然ながら、老婆の話は僕たちが既に知っていることだった。


 それでも僕たちは耳を傾け続け、話も終わりに近づいた頃。


「子どもが、姿を変えて村に戻ってきたのです。けれど、村の人々はそれを認められず、追い出してしまいました」

 突如として、聞いたことが無い話が老婆の口から飛び出した。


 知っているものとは真逆の内容に、強い好奇心を抱きながら質問をする。


「戻って来た……? それに、追い出したって……?」

「このお話には二通りの物語がありましてね。先ほど私が話した、子どもを追い出したというお話。もう一つが帰ってくることはなかったというお話です。どちらが正しいのかは、いまの私たちでは分かりません」

 老婆の話を聞き、僕は腕を組んで考えにふけった。


 時代が経るにつれ、少しずつ物語が変化していくことはあり得る話なので、二通りの物語があることに疑問はない。

 だが、帰って来た子どもを追い出してしまったとは、一体どういうことだろうか。


「さらに言うと、この物語を知っているのは私の一族だけなのです。なんでも、その子どもの正体に唯一気がついた人物がおり、それが一族の先祖らしいのですが……。いやはや、歴史を辿るのも難儀なものですわ」

 老婆は小さく首を振りつつ、小さくため息を吐く。


 そのまま彼女は僕たちの元から離れ、どこかへと歩いて行くのだった。


「ソラさん。先ほどのお話、どう思われますか?」

「初めて聞いたお話だし、何より知っているお話とほぼ真逆の物。ハッキリ言うと、信じられないという思いの方が強いよ」

 ホワイトドラゴンですら、追い出すという行動を取ってしまったことに理解が追い付かない。


 好奇心が非常に強く、興味を抱いたものにはとことん前のめりになる彼らですら、それを放棄して恐怖を抱くなど想像もつかなかったのだ。


「……私は、ソラさんがどんな姿になっても受け入れますからね」

「え? どうしたの、急に?」

 ナナが言い出した言葉の意味が分からず、聞き返してしまう。


 すると彼女は、くるりと僕に背を向けて道を歩き出しながらこう言った。


「あなたがソラさんである限り、どんな姿でも私はあなたのそばにいます。そばに居てくれないと嫌ですから」

「そっか……。うん、ありがとう」

 石像の子どもには、ナナのような人物はいなかったのだろうか。


 仮にいたとして、かつてとは異なる姿を見て、何を想ったのだろう。

 いまの僕では、その心を想像することはできなかった。

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